兄、魔書解放の仕方を聞く
「ネイさんに話をお聞きした感じ、おそらくグリムリーパーは死霊術士とリッチ系の魔物を合成されているのだと思います」
「……死霊術士はまあ死体を使役していたから分かるが、リッチもか?」
「リッチは他人の能力や経験値をいじる能力が高いのです。それに加えて、高位になれば相手の精神を自身の魔力によって汚染することもできます」
「ああ、なるほど。考えてみりゃレベルやスキル、果ては年齢のドレインまでできるような奴だもんな」
ヴァルドの推察に、レオは納得して頷いた。
暗殺ギルドの儀式によって、暗殺者たちはリッチの魔力を身体に取り込み、能力アップと引き替えに闇の力に汚染されていったのだ。
奴らの最終的な目的は、そうして魔力汚染した人間を操って、闇落ちした魂を作ること。
それをグリムリーパーが刈り取ることで、おそらく何かが起きるはずだったのだろう。
「ヴァルド、奴らが何をしようとしていたか、見当はつくか?」
「……そうですね。あくまで私の推論ですが」
ヴァルドはそう断って、思案するように自身のあごに手を添えた。
「人間にも魔族にも属さない、輪廻から独立した三つ目の軍勢を作ろうとしていたのかもしれません」
「輪廻から独立した……?」
「大精霊や魔王の手から離れた、世界の秩序から外れた者たちのことです。敵はそうして作った軍勢でこの世界を破壊し、新たな世界を再生した上で支配者になろうとしているのではないかと」
三つ目の軍勢。これまでのことを考えると、それらは無理矢理合成された魔物であったり半魔であったりのことだろう。
考えてみればこの魔尖塔になりそこねたゲートにいる魔物も全て合成魔。本来なら世界を滅ぼすために外から送り込まれる第三の軍勢とは、これらのことなのだ。
しかしその軍勢は未だこの世界を破滅に至らしめることはなく、だからこそ復讐霊は自身の力でもって、その第三の軍勢を作り出そうとしている。そう思い至れば、ヴァルドの推察も信憑性を帯びた。
「その原理や輪廻に関しては話すと長くなりますので、ここでは割愛しましょう。今はまず、この魔書を処理することが肝要。特に死神……この方を、現状閉じ込められたままにしておくのは頂けません」
「……死神一族はあんたのとこと同じ公爵位だったな。知り合いか?」
「いえ、このグリムリーパー本人との面識はありません。ただ、おそらくここに閉じ込められているのは、過去に行方知れずになった一族の嫡子ではないかと思っています。刈り取った魂の選別と治癒ができる、一族の中でも稀有な能力の持ち主だったはずです。彼を解放して輪廻に戻すことができれば、状況はだいぶ良くなります」
「解放、できそうか?」
「ネイさんから話を聞いた限りだと私一人では無理そうですが、ユウトくんの力を借りればどうにかなるかもしれません」
先ほどネイから魔書に掛かった術式について詳細を聞いていたヴァルドは、そう言ってレオの腕の中にいるユウトに視線を向けた。
「ユウトくん、聖なる領域の魔法は使えますか?」
「聖なる領域? 聞いたことないです。聖域の魔法陣とは違うものですか?」
「名前は似てますが、聖なる領域は範囲内にいる敵を一定時間、強力な魔法封じ状態にする魔法です。効果は聖属性な上に魔力準拠のため、使えるのはユウトくんしかいないのですが」
「……すみません。聖属性の魔法って教えてくれる人がいないし、魔導書もほとんどないからあんまりよく分からなくて」
「……気にするな、ユウト。知らないものは仕方がない」
しゅんと気落ちする弟を宥めながら、レオはつい視線を逸らした。
実際問題として聖属性の文献や魔導書が少ないのは確かだけれど、その類いの書物をユウトの前から事前に隠してしまっているのは紛れもなくこの兄だったからだ。
五年前、目の前でユウトが命を燃料にして発動した聖魔法、ホーリィ。レオはあの魔法の存在を弟に知られてしまうことが、未だに怖い。聖魔法を極めればユウトがもっと強くなるのは分かっているが、そうなれば対峙する危険も大きくなっていくと考えれば、もうこれ以上力を付けなくてもいいのではないかとすら思っている。
しかしそんな兄の内心など気付かずに、ユウトははたとネイを振り返った。正確には、ネイの頭の上にいる子狐をだ。レオたちには当然分からなかったが、どうやらこの獣に声を掛けられたらしい。
弟は子狐がぱくぱくと口を動かすのをふんふんと聞き、やがてぱあっと表情を明るくした。
「ヴァルドさん、子狐さんが聖なる領域の魔法を教えてくれるそうです!」
「そうですか。それはとても助かります」
どうやら、子狐がユウトのサポートをしてくれるらしい。
ヴァルドはそれを歓迎したが、対してレオは聞こえぬように小さく舌打ちした。
そういえばこの大精霊の魔力を持つ光る獣は、聖属性の塊なのだった。巷にあるどんな聖属性の魔導書よりも正確で詳細な知識を持つ。
……まさか安易にホーリィの魔法を伝授したりはするまいが、あまり近付けないように気を付けておいた方が良さそうだ。
そう考えて眉根を寄せていると、ヴァルドが再びレオに目線を戻した。
「レオさん。魔書の術式を書き換えている間、私とユウトくんは動けません。私がグリムリーパーを束縛している術式を解呪するとすぐに実体が現れますので、その瞬間を逃さずあなたが首を落として下さい」
「実体は本を広げた途端にでてくるが?」
「それはこの魔書が術を発動するために見せた幻影です。実体は解呪するまで本の中に封じられていますから、その前に攻撃したところでダメージは行きませんよ」
「……そうなのか? じゃああの防衛術式は、本を護るためのものだったのか」
「おそらく、この魔書にはグリムリーパーの実体を自在に操るほどの術式は書かれていないのです。束縛し、その能力の一部を引き出しているのみでしょう。一定の行動の後レオさんたちに対して何の攻撃もしなかったのは、術式自体にそこまでの支配力がなかったからです」
ヴァルドの話では、この魔書はとてもぎりぎりのラインで術式を成り立たせているのではないかという。だからこそ、何かの衝撃があれば本文に不具合が起きる可能性があり、防衛術式が必須なのだと。
「……復讐霊が作ったとしてはずいぶんお粗末じゃないか?」
「基本的に創造主に値する者は、直接事象を引き起こすことはタブーとされていますから。魔書を作るよう仕向けたのは復讐霊でしょうが、実際術式を手掛けた者はまた別でしょう」
「タブーねえ……。侵略者が、そんな決まりごとを護るのか?」
「私も正確に知っているわけではありませんが、これは世界樹にある全ての世界で共通の決めごとらしいですよ。タブーを冒せば大きなペナルティがあるそうです」
「ああ……そういや、大精霊もそれでペナルティ食ったんだっけ」
そう言えばそれ以前にも大精霊はそんなことを言っていた。だからこそ復讐霊もそのルールに逆らわず、わざわざ対価の宝箱などを使って人を操り、自分の野望を叶えようとしているのか。
なるほど、創世主に匹敵する力を持つ相手、そこに付け入る隙があるならここなのだ。
「分かった。とにかくグリムリーパーが実体化したら首を落とせばいいんだな」
「はい。よろしくお願いします」
「……あれ、でも首を落としたところで倒せないでしょ? 以前ヴァルドの指南で俺とレオさんがリッチとかレヴァナントと戦った時、めっちゃ面倒だったじゃん」
横で話を聞いていたネイが、不意に疑問を挟んできた。
以前ヴァンパイアロードのゲートに行った時に、首を落としても死なない不死者と戦った覚えがあったからだろう。確かにあの時は、倒すのにだいぶ手間が掛かったはずだが。
しかしそれにヴァルドが答える前に、ユウトの隣にいたエルドワが胸を張った。
「ネイ、落とした首はエルドワが食べるから問題ない!」
「……エルドワが食べる?」
「エルドワが食べた部分は再生できない! それだけじゃ死なないけど、後はすぐに倒せる!」
自信満々に言う子供に、ヴァルドも頷いて微笑む。
「不死者を倒すには身体を構成する核を見付けなくてはいけません。しかし、幸い……というのも変な話ですが、合成された魔族三体ともが頭部に視覚と思考力をゆだねる種族。首を刎ねてエルドワに食べさせてしまえば魔法を唱えることができなくなりますから、後は私が消えても皆さんで処理は可能でしょう」
「なるほど、そういうことか。まあ、その状態になれば俺たちも今は不死者特効の武器があるしな」
ヴァルドがここに留まれる時間は残り少ない。だから自分は術式の書き換えに専念して、討伐自体はレオたちに任せようということなのだろう。
「ただ、魔書を処分したら今日の探索はここまでにしておくべきです。すでに外の世界ならだいぶ遅い時間ですし、聖なる領域を使った後はユウトくんの魔力の回復も必要ですから」
「そうだな。しばらく待っていればキイクウやクリスも合流してくるかもしれん。そうする」
狭い通路だが、周囲に敵の気配はない。ずっと戦いと探索を続けていたし、そろそろ休んでもいいだろう。
心配なのはランダムにゲートから排出される可能性だが、毎日起こることではないようだし、排出されるならクリスだろうし、それほど心配はいるまい。
「できればあんたには『煉獄の檻』の詳しい話も聞きたかったんだがな」
「それはまた後日にしましょう。まずはグリムリーパーの解放からです。……ではユウトくん、こちらへ」
ヴァルドはそう言うと、おもむろにユウトの手を取って、レオの腕から連れ出した。




