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兄、迷宮の記憶を思い出す

「魔書を開くと自動的に防衛術式が展開して攻撃の一切が効かなくなる上に、近付くこともできなくなるから気を付けろ。そのかわり、敵からの攻撃も不可らしいがな」

「……ユウトくんが持つ聖域の魔法陣と似た効果ですね。もちろんそれよりは劣るでしょうが、無二の術式を再現するとは中々に厄介です」

「表紙を開けない状態でなら、地獄の業火(ヘルファイア)で焼き払えないか?」


 以前、闘技場の地下でヴァルドがしたように魔書を処理できれば、それが一番手っ取り早い。そう期待して訊ねたレオに、彼は首を横に振った。


「これだけ位の高い魔族を閉じ込める魔書ですから、さすがにそこまで簡単ではありません。ここに書かれている術式自体、かなり高度なものだと思われますので」

「……ああ、そうか。おそらくこの魔書を準備したのは復讐霊だろうからな。一筋縄ではいかんか」


 世界を弱体化させるための魔書だ。その黒幕は分かっている。

 この魔書自体を復讐霊が作ったのか、誰かが対価の宝箱で生成したのかは分からないが、そこに創世主と同等の力が働いているのは間違いないのだ。簡単には処理できるまい。


「……あんたでも、どうにもならなそうか?」

「それはもう少し詳細を調べないと何とも……。レオさん、この魔書に関して分かっていることや見ていて感じたことを教えてもらってもいいですか」

「む、詳細か……」


 レオはそこで一度ちらりと腕の中のユウトを見た。邪魔をしないように考えてかずっと無言だが、当然ここまで兄とヴァルドの話を聞いている。

 となれば、これ以上自分が語るのはリスクが高い。元々死人とはいえ、ネイの父と叔父を殺したことを知ればユウトは悲しむだろうし、何よりその直後レオがネイを殺したことまでバレたら恐ろしいことになるのだ。


 ならば完全回避するに限る。

 レオは振り返ると、後ろに控えていたネイに声を掛けた。


「おい狐。ヴァルドにさっきのフロアで起こったことと魔書についての詳細を教えてやれ。魔書は元々貴様のギルドにあったものだし、俺よりずっと詳しいだろ」

「知ってる内容はレオさんとほとんど変わりませんけど」

「はあ? ふざけてんのかゴラァ! 貴様の方が詳しいだろ!? 詳しいはずだ!」

「圧がすごい」

「返事!」

「はいはい、俺の方が詳しいです」


 やれやれとばかりに肩を竦めた男にイラッとするが、とりあえずユウトにネイ殺しがバレなければ問題ない。

 レオはヴァルドにネイを押しつけると、ユウトを抱えたまま話がはっきり聞こえない程度に距離を取った。その足下には当然エルドワもついてくる。


 ちょうどいい、子供たちに少し栄養を取らせよう。

 レオは壁際まで行ってユウトを放し、ポーチを探ってチョコレート菓子と飲み物を取り出した。


「ユウト、少し糖分と水分の補給をしておけ。エルドワも人化して食うといい」

「わあ、ありがとう、レオ兄さん!」

「レオ、ありがと!」


 菓子を受け取った二人は甘い物を口にした途端、幸せそうな笑顔になった。この何の含みもない素直な笑顔に癒やされる。どっかの狐とは大違いだ。

 それにほのぼのしていると、菓子を食べ終えたエルドワがレオを見上げてきた。


「ねえ、レオ。ここ王宮のどっか?」

「……どうだろうな。何か感じるのか?」

「王宮に行った時と同じような臭いがする」


 レオもうすうす思っていたが、やはりここは王家の関係する構造物のようだ。エルドワの嗅覚は信頼に値する。

 鼻をひくひくとさせた子供は指に付いたチョコレートをぺろりと舐めると、再び周囲の臭いを嗅いでから、今度は何故かレオの匂いも嗅いだ。


「どうした、エルドワ?」

「……ん~……少し違うかな? でも……」

「あのね。エルドワはこのフロアに来てからじっと待っている間、レオ兄さんの匂いがここの奥からするって言ってたんだ」

「ここの奥から俺の匂い?」


 横から補足をしてきたユウトの言葉にレオは首を傾げた。エルドワの言う「ここの奥」というのは、迷宮の奥のことだ。さっきまで外周を回っていたレオがいるはずのない場所。

 それを聞いて、レオは何故だかまた息苦しさを感じた。

 何だろう、この感覚は。


 そうして密かに困惑するレオの向かいで、エルドワもまた眉間にしわを寄せた。


「うーん、多分レオの匂いで間違いないと思うんだけど……。それに、少しだけライネルの匂いもする」

「兄貴の匂いもか……? だとすると、俺に記憶はないが信憑性は増すな……。俺の記憶がない頃のどこか……?」


 ここまでの傾向からして、この迷宮はすでに失われた場所のはずだ。そんなところに自分とライネルの痕跡があるとは、思いもよらなかった。

 しかしここがレオの幼少期には存在した構造物だとすると、この迷宮に関する逸話を教えてくれたのは、その頃に会った誰か。もしかするとそこに、迷宮を迷わず通り抜けるヒントがあるのかもしれない。

 レオは霞の奥にある当時の記憶を何とかたぐり寄せた。


(小さい頃、俺が病に伏せっている間に面会した人間は限られている……。名前も覚えていない世話係の老婆が一人、医者が一人、それから時々忍んできたライネル……)


 他にもいた気がするが、すぐには記憶に上ってこない。今は置いておこう。

 この中で、レオにそんな無駄話をしてくれる人間は……どう考えてもライネルしかいない。当時の兄は父に黙ってレオの部屋に来ては、枕元でやかましく話をしては去って行く、敵か味方かよく分からない人間だった。


 その話の内容も朦朧としていてほとんど覚えていないのだけれど。


(……どうしてだろう。迷宮の逸話を聞いた記憶は印象が強い)


 記憶に残っているということは、何かレオにとって引っ掛かりがあったということだ。

 そう考えて、今さらのようにふと当時の映像の記憶が蘇った。


(……そう言えば、俺の部屋に来た人間はいつも必ず魔法のランプを持ってきていた……。そうだ。俺は一度それを兄貴に訊ねたことがある)


 魔法のランプは、人間の微量な魔力でも火を灯すことのできる魔道具だ。確か魔法の使えないライネルでも、簡単に扱えたはず。

 そうしてはたと。レオは兄のその時の答えを思い出した。


『これがないとここには来れないし、出て行くこともできない。お前は魔力がないから、そもそも出て行けやしないけどな』


 記憶の底から引っ張り上げた言葉に、途端にひどい目眩がして、思わず片膝をつく。

 すると驚いたユウトがとっさにレオの身体を支えた。


「レ、レオ兄さん!? どうしたの、大丈夫? 顔色悪いよ?」

「……いや、平気だ。すまん」


 多少よろけはしたものの、すぐに体勢を立て直して立ち上がる。この目眩は精神的なものだ。レオは振り払うように首を振った。

 全く、過去の記憶に心乱されるとは情けない。

 ……そう、この迷宮が、自分を閉じ込めるためのものだったと思い出したくらいで。


「……エルドワ。奥にある俺の匂いを追って、進んで行けそうか?」

「ううん、おそらく無理。空気や魔力の流れからして、何カ所か通路が遮断されてる感じがする」

「力ずくで押し通るのは不可能か……。正しくギミックを解くしかないな、クソ」


 レオはこの構造物の中にいたとはいえ、この迷宮部分に足を踏み入れたことはない。ずっと病に伏せっていて、自分が過ごす部屋の周囲がこんなことになっているなんて知らなかったのだ。

 それでもこの迷宮全体に漂う雰囲気がレオに昔を思い出させ、息苦しく感じる原因になっていたのだろう。何とも忌々しい。


 この違和感の正体に気付いた今も、その不調は消えてくれない。

 できることならとっととこのフロアをクリアして離れたいところだけれど、そう簡単にはいかなそうなのがまた腹立たしかった。


「レオ兄さん、本当に平気?」


 そうして不機嫌に顔を顰めるレオに、ユウトが触れてくる。それだけで強張りが解け、身体が楽になるのは何故だろう。

 気のせいかもしれないが、それでもいいとレオは再びユウトを腕の中に抱き込んだ。

 ……うん。やはりこうしていると、すんなりと息ができる。


 抱きしめついでに弟を吸っていれば、やがて話を終えたネイとヴァルドがこちらを見て呆れたように笑った。


「レオさん、まだやってんですか」

「まあ、ユウトくんは良い匂いがしますから気持ちは分かりますけど。……少し考察したのですが、このままお話ししても?」

「構わん。話せ」


 概要だけならユウトに聞かせても問題あるまい。とりあえずユウトを抱き込んだまま、レオはヴァルドを促した。


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