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弟、ネイの変化に気付く

「レオ兄さん!」

「ユウト……! 怪我はないか!?」


 しばらくすると、ようやくレオの元に辿り着いたユウトが腕の中に飛び込んできた。それを抱き留めて、体中を確認する。


「平気だよ。みんなが護ってくれたし」

「アン!」

「ごきげんよう、レオさん」


 ユウトのあとから子犬の状態のエルドワと、黒いマントを羽織ったヴァルドがやって来た。やはりキイとクウはいないようだ。このフロアに来た際にはぐれたのだろう。

 まあ、敵に遭遇する前に合流できれば問題ない。

 今はとにかくユウトだ。通信機の魔力充填も必要だが、それ以上にレオの心のエネルギー補充も必要だった。


 抱きしめた弟を吸う兄に、皆苦笑しつつも突っ込みはしない。

 当のユウトもがっちりホールドされていても気にする様子もなく、ネイに向かって微笑んだ。


「ネイさんも無事そうで良かったです」

「うん、ユウトくんも元気そうで何よりだねえ。エルドワとヴァルドも」

「我々は大丈夫ですけど……。え? ちょっと待って下さい、ネイさん、あなた、その胸の剣創……」

「アン!? アン、アン!」

「ふむ、エルドワも気付きましたか。……ネイさん、もしかして一度死……」

「あっ、いや! なーんにも問題ないよ! マジで!」


 ……さすが、ユウト以外はごまかせないか。どうやらエルドワとヴァルドはネイが一度致命傷を負ったことに気付いたらしい。

 ネイがこっそり口元に人差し指を当てているが、それを見た二人の視線がこっちに来た。レオはその視線に知らんぷりをしたものの、背中まできれいに貫通した剣創に、おそらく誰の手によるものかは気付かれただろう。


 まあ特に悪いことをしたわけでもないからどうでもいい。

 ユウトにさえバレなければ。


「あれ? ネイさん、何かありました?」


 しかし腕の中の弟が遅れて何かに気付いたようで、レオは一瞬緊張した。理由はどうあれ、仲間を一度刺し殺したなどと知られたら怒られるか、もしくはすごく悲しまれるだろう。

 そしておそらく兄をほっぽり出して、しばらくずっとネイを気遣って世話を焼くに違いないのだ。そんな光景を見せられるなんて、何たる地獄。


 絶対耐えられない恐ろしい状況を回避しようと、レオはさらにユウトを抱き込んで視界を塞いだ。


「……ユウト、狐のことなど気にするな。お前は俺のエネルギー充填をしていればいい」

「気にするなって言われても……。ネイさんの身体から、精霊さんの魔力が分離しちゃってるみたいなんだけど」


 くっ、これは視界を遮っても意味がない。魔力を感じ取られているのでは、ユウト相手にどうやっても隠しきれない。

 だが待て、剣創と違って誤魔化すことは可能か。レオは仕方なしに弟への抱擁を緩めると、密かにネイに目配せをした。『バラすんじゃねえぞ』と。


 当然、ネイもその辺は心得ている。いつの間にか頭の上から隠れるように背中の方に移動していた子狐を捕まえて、ユウトの前に差し出した。


「さすがユウトくん、よく分かったね~。実は前のフロアでうまいこと大精霊の魔力が分離できたんだよ。それで、今はユウトくんにもらった天使像に宿ってんの」

「わあ、可愛い! それに、凝縮されてすごい魔力ですね。……うん?」


 子狐を見たユウトが、小首を傾げる。

 どうしたのかと見ると、光る獣が口をぱくぱくして何かを話しているようだ。……そういえば、ユウトは精霊と話ができるのだった。

 まさかとは思うが、レオがネイを殺して自分が分離したなんて、本当のことを語ってはいるまいな。

 敢えて黙っていたことが知られたら、きっと今夜は一緒に寝てくれなくなる。


「ふうん……」

「ど、どうしたユウト? 子狐は何を言ってる?」

「ん? レオ兄さんこそどうしたの、そんなに汗かいて。……精霊さんが僕のところに来ない理由を聞いただけだよ。とりあえず、この子はしばらく僕たちと一緒にいるって」

「……大精霊がユウトのところに来ない理由?」

「うん。まだちゃんと内容は言えないみたいだけど、ディアさんも絡んで何かしてるみたい。……なあに? 大丈夫、拗ねてないよ」


 子狐に何かを言われたようで、ユウトは苦笑した。

 そう言えばこの大精霊の一部は、この弟と会うのを気まずそうにしていたっけ。どうやらそれは、精霊の祠を全解放させておきながら会いにも来ない自身の不義理を思ってのことのようだ。


 ユウトを可愛がっていた大精霊は、『精霊さんなんて知らない!』などと言われたらどうしようと心配していたのかもしれない。

 分かる、分かるぞ。そんなことを言われたら、自分も数週間は立ち直れない。間違いない。


 とりあえず弟の不興を買っていないことを知った子狐は、ユウトに向かってぶんぶんと尻尾を振った。さっきまでレオたちに振っていたのとは明らかに勢いが違う。

 獣はネイの手を蹴ってトンと床に降りると、ぴょこぴょことユウトの足下にやって来た。


「この子が子狐の姿をしているのは、ネイさんの影響かな?」

「そうだろ。でも、鳥とかモグラとかにも変化できるぞ」

「へえ、そうなんだ! すごいね」


 弟が感嘆の声を上げた途端に鳥に変化したそれが、飛び立ってユウトの腕にとまる。ユウトはその光る身体を優しく撫でた。


「こいつ、めっちゃユウトに懐くな……。まあ、今後はお前が連れ歩くことになるのか」

「ううん。この子はネイさんと一緒に行動するみたい。しばらくネイさんの中にいたから、磁場があるんだって。それに能力値の問題で……え? なあに? さっきの戦いでネイさんがどうしたの?」

「おっと待てユウト! そう言えばさっきの戦いで、俺たちでは処理できなかった魔書を持ってきていたんだった! ちょっと見てくれ! ……狐、こいつを回収しろ!」

「了解です!」


 いきなり小鳥がユウト相手に暴露を始めたのを察知して、レオは慌ててそれを遮る。くそ、精霊相手では口止めできないのが厄介だ。

 とりあえずネイに小鳥を回収させて、兄は弟の意識を逸らそうと別の話を持ち出した。


「魔書って、さっきの通信でグリムリーパーという魔族が閉じ込められてるって言ってた?」

「そう、それだ。お前とヴァルドに見て欲しい」


 話を逸らすために引き合いに出したが、もちろんこれも重要な話。だからフロア移動の際に、一度このことは話してあった。

 おかげでバラしたくないさっきの戦いの話はそのまま流されて、レオは内心でほっと息を吐く。そしてポーチに手を突っ込んだところで、不意にユウトが何かに気付いたように周囲を見回した。


「待って、レオ兄さん。ここ、ちょっと場所が狭いけど平気かな? もしも魔法とか使う場合、みんな危なくない?」

「ああ、そう言えばそうか。もっと広い場所を見付けてからの方がいいか?」

「いえ、レオさん。とりあえずここで見せて下さい」


 狭い通路では、周囲に拡散するのと違って魔法の威力が一方向に逃げる。その延長線上にいれば、味方だろうとどうしたって魔法の影響を受けてしまう。確かに危険だ。魔法が大きければなおさら。

 それを危惧するユウトにレオも納得しかけたところで、不意にヴァルドが割って入って来た。


「私がユウトくんに召喚されてからここまで、すでに四時間が経とうとしています。私がここにいられるのはあと一時間。広い場所を見付けるまでの時間が惜しいですし、可能ならここで対応してしまいましょう」

「チッ、それしか残り時間がないのか。だが……大丈夫か?」

「大丈夫かどうかは見てみないと分かりませんが、とりあえず魔書をいただいても?」

「……分かった」


 正直、魔書はヴァルドがいないとどうとも対処しようがない。ユウトは魔力はあるが複雑な術式は読み解けないし、魔眼も持っていないのだ。だとすれば、この一時間で対処法を見付けてもらうしかなかった。

 できなければ次にヴァルドを呼び出せるのは九時間後。パーティはまだゲートにいるだろうが、万が一外に排出されることがあれば魔書は消えてしまう。


 つまり世界の救済に繋がるグリムリーパー、それを輪廻に返す機会を永遠に失ってしまうことになるのだ。それは避けたい。


「……これだ。頼む」

「承りました」


 レオはポーチから取り出した魔書を、ヴァルドに手渡した。


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