兄、魔族のかかわりを確信する
「ペナルティーで死なないと分かったギルドメンバーの中には、ある程度仕事を受けて信頼関係を築いた後に依頼者を殺す者が出てきたようです」
「……最初から殺す目的で近付いてたんじゃ、闇化は鈍そうだな。そもそも仕事の依頼主じゃ恩のある人間としても繋がりが弱いし」
「そう考えると、暗殺ギルドで闇落ちの魂を刈るのは、俺たちが思っているほど効率的ではなかったのかもしれませんね」
確かにそうだ。
このグリムリーパーに掛けられた術式から考えても、『確固たる信頼の上に成り立つ主従関係』を培った人間を、体内に埋め込んだ魔力を使って操り、主殺しをさせて一気に闇落ちさせるのが本来の流れだったのだろう。
だがそれは、それぞれが個人主義で利己的な暗殺ギルドにはそぐわなかったに違いない。奴らは利害が一致しているから共にいただけで、仲間や主に愛着も信頼もなかったのだから。
その魔術師らしき人物とやらがこの魔書に闇落ちした魂を刈らせて何をしようとしていたのかは分からないけれど、これまでその目的が達成されていないところを見ると、計画通りには行っていないように思われる。
ならば完遂前のグリムリーパーがこのゲートに呼び込まれたのは、やはりその復讐霊の計画を無に帰すことで、世界の時流の悪化を食い止めるためなのだ。
「……闇落ちした魂を刈る目的が知りたいが、その本に載っているわけがないな。暗殺ギルドは魂を刈られるというペナルティ自体を知らなかったわけだし……。ん? そうすると、貴様はそのことをどこで知ったんだ、狐」
「……俺はグリムリーパーの魔力に操られ、主殺しをした父と叔父がその魂を刈られる場にいたんです。その際、俺も魔力の影響を受けまして……まあ、色々あって少しだけそういう知識が手に入りました」
「魂を刈られる現場にいたって?」
「はい。その時に『あとはお前で終わりだ』って身体に入ってきた魔力に言われたんで、おそらく今回俺が闇落ちして魂を刈られてたら何か起こったんでしょうね」
ネイが死神として活動し始めたのは、おそらくこの辺りに理由がありそうだ。しかしやっぱり詳しく話す気はないらしい。
まあとりあえずこの男がグリムリーパーの最後の餌になることは避けられたのだから、そこは置いておこう。
「何にせよ、目的やグリムリーパーと合成された魔物の種族が分からんことには、俺たちでは手の出しようがないな……。せめて周囲を囲う防御魔法陣だけでも消せるといいんだが」
「あれ、魔書を開くと発動するんですよ。だから本を閉じられるなら消えるんですけどね」
「本を閉じるとグリムリーパーも消えるんじゃないのか?」
「消えます」
「そしたらグリムリーパーの解放と浄化ができねえだろうが。開ければまた魔法陣が発動するし。……魔書のまま煉獄の檻で焼ければいいが、魂の状態じゃないから無理だろうしな……」
「あ! それならいっそ、本を閉じたらそのまま持って行って、次のフロアでユウトくんとヴァルドに対応してもらったらどうでしょう!」
次のフロアに移動する時は、グラドニにもらった招集の魔石に引き寄せられて、確実にユウトの元へ行ける。
なるほど、それならヴァルドに対応を任せることができるし、ユウトの魔力さえあれば魔書のまま焼き払えるのだ。後は本から抜け出た魂をレオが檻で輪廻に返せばいい。
このゲートは全ての魔物を倒さなくても次のフロアに行くことができるし、確かにそれはいい考えだ。が。
「で? どうやってあの本を閉じるんだ」
「……ですよね~。昔儀式に使ってる時は俺たちが持ち運んでて、祭壇に置いていれば終わると勝手に閉じていたんですけど」
「祭壇か。……何かヒントがあるかもしれん。とりあえずそっちを見てみるか」
「そうですね」
ネイが本を閉じて棚に戻すと、その手に乗った小鳥が再び子狐に姿を変えて、腕を伝って肩を渡り、その頭の上に陣取った。どうやらそこが定位置らしい。
「そいつが頭の上に乗ってると、術式が読めるようになったりしないのか」
「さすがにそこまで都合良くはないですね~。でも大精霊の加護はくれてるみたいです。かなり身体の調子が良いですよ」
「貴様の調子が良くても何の嬉しさもない」
「いやいや、喜んで下さいよ。俺多分今すごく幸運値上がってますからね。フロア移動する時とか宝箱見付けたりする時に重宝してるでしょ。ゲート外への排出にも当たんないし」
このゲートでの幸運値は確かに重要だ。身体の中から大精霊の魔力が抜けてしまったとはいえ、その加護が未だにぴたりとくっついてくれているのはだいぶ有用か。
以前は体内にあった闇の魔力で効果が相殺し合っていた分、今は大精霊の加護の効果がダイレクトに現れているのかもしれない。
そんな話をしながら再びグリムリーパーのいる部屋に戻ると、レオたちはまっすぐ祭壇に向かった。
「この台の上が魔書を置く場所です」
「……ずいぶん殺風景だな」
祭壇と言っても、特に祀るものがあるわけでもない。正面の壁に暗殺ギルドを表す短剣のレリーフが彫ってあるくらいだ。
台もただの大理石のような鉱石で、特に目立った特徴もなかった。
「この台に置く時の魔書は、さっきと違って人の手によって開いてました。だから、儀式が終わって今のように魔力が収束すると本が閉じる仕組みだけがここにあると思うんですよね」
「まあ同じ状態でも地面に置いてあると閉じないということは、この祭壇に何かあるということだからな。台の裏側に術式が書いてないか?」
「ええと、ちょっと待って下さいね……あ、祭壇の裏に下り階段見っけ」
「下り階段? そんな見付けづらいとこにあったのか……」
一応敵を倒さなくても下れるが、どうやら必ずフロアのキーとなる魔物と遭遇する場所に配置されるようだ。
そう考えると、階段近くにいる敵は世界を救う上で出来る限り攻略すべき理由のある魔物なのだろう。だったらなおさら、諦めて下ってしまうわけにはいかない。
レオはユウトのために、世界の脅威を払わねばいけないのだ。
「階段よりも、台の裏はどうなんだ?」
「あ、何かはめ込まれてますね。何だろう、黒い……あれ、これは……?」
「……何だ?」
ネイが台の裏から何かを外して、台の上に置いたように見える。
しかしレオの目には何も見えない。それを怪訝に思って眉を顰めると、レオを見たネイがぱちりと目を瞬いた。
「……もしかして、レオさんこれ見えない?」
「これ……? いや、何もないだろ」
「俺には見えてるんですけど。黒い水晶の中にとろとろと魔力の火が燃えてるのが」
「黒い水晶……? もしやそれは……」
「やっぱあれですよね。悪魔の水晶」
悪魔の水晶。人間には見えないし作用しない、魔界の鉱石だ。
「何で貴様には見えてるんだ……?」
「多分この子のおかげです」
ネイが頭の上の子狐を指す。
なるほど、大精霊がこの男の視神経にも能力を与えているのだ。おかげで視認できるが、人間だから水晶に込められた魔法の影響を受けない。これは地味にありがたい能力。半魔だったら確実に何か起こっているところだ。
だがそれは置いておいて、これで確実に分かったことがある。
「悪魔の水晶による術式が使われてるということは、当時からかかわっている魔族がいるということか……!」
「そうですね……。そうなると、グリムリーパーを閉じ込める魔書の高度な術式を組んだのも、魔界の者である可能性が高いなあ」
「公爵クラスの魔族を縛る、高度な術式……」
そんな術式を組める者は魔界にだってそうそういない。一体どこの誰なのか。
長命の魔族ならおそらく今も生きているはず……。
これは、どうやらその魔族も探さねばいけないようだ。




