兄、グリムリーパーの事情を探る
「グリムリーパーは完全に沈黙してしまいましたねえ」
「貴様が死んでからは、魔力の放出自体も止めたようだな。何を考えているのか分からなくて不気味なんだが」
「……ひょっとすると、何も考えてないのかもしれませんよ」
「あ?」
グリムリーパーを遠巻きに眺めながらその様子を怪しんでいると、ネイが身も蓋もないことを言い放った。
「ここまでやっておいて、何も考えてないわけねえだろ」
暗殺者に魔力を与え、それを操り闇落ちさせてその魂を刈る。明らかに悪意のある所業だ。
しかしそれに対して、ネイは軽く首を振った。その頭の上に子狐が乗っているのが気になるが、今は突っ込まずにおこう。
「俺は、グリムリーパー自体も父や叔父と同じように、組み込まれた術式に沿って動いていただけではないかと思っているんです」
「……これまでのことが、グリムリーパーの意思によるものではないってことか? つまり……他の第三者に操られてのことだと?」
「そうです。そもそもグリムリーパーって魔界の中でもかなり位の高い魔族で、爵位的にはヴァルドの実家と同じ公爵だったはずなんですよ」
「公爵って……魔界に四家しかない、魔王直属の支配階級じゃねえか!」
魔界の公爵家となれば、あの世界図書館の管理人ルガルよりも上の爵位。当然その魔力は高く、魔族としての品格も兼ね備えた家柄のはずだ。いたずらに人間をなぶり殺したりするような、卑小な存在ではない。
「そんな高貴な魔族が、人間界の一ギルドを支配して操ってその魂を刈るなんて、あまりにやることが姑息じゃありません? そもそも、魂を闇落ちさせる意味が、彼らにあるとも思えない。……なぜなら、グリムリーパーはそもそも死に行く魂を救済する者だからです」
「救済……そういや、昔ユウトに読ませてた絵本にもそんなのがあったな。死神が刈り取った魂をきれいに浄化して輪廻へ戻してくれるんだったか」
「それです。そんな死神が、わざわざ魂を汚す真似を自分からしますかね? ……俺はこの一連の行動が、あのグリムリーパーを閉じ込めている魔書に書かれた術式によって、導かれているのではないかと考えています」
「なるほど、確かに」
そう言われれば、グリムリーパーの行動は全て条件に対する反応だったように思う。
暗殺者の接近に反応して本が開き、魔法陣が発動し、グリムリーパーの発現と共にネイの体内魔力への干渉。そしてそこからはずっと魔力の放出しかしていない。そこに魔物自体の意識が介在していないのだ。
そして今、反応をするべき前提条件がなくなったため、グリムリーパーは動きを止めてしまった。こんなことになるとは想定されておらず、続く指示が指定されていないからだ。
そう考えると、もう攻撃を仕掛けてくることはないだろう。
「となると、後はあの魔書をどうにかすればいいってことか」
「はい、おそらく。……ん~でも、その前にちょっとだけ気になることがあるんですよね。ほら、このゲートの魔物ってここまでみんなキメラ化して混合能力があったじゃないですか。だけど、グリムリーパーって俺が儀式の時に見た時のまんまなんですよ」
「ああ、そんなこと言ってたな」
「それで、レオさんがもうその時点でキメラだったんじゃないかって言ったでしょ。ではこのキメラ化がゲートによるものじゃないとすると、向こうの世界で誰がそんなことをしたのかって話なんですよ」
確かに、もしネイが儀式をした時点でグリムリーパーがキメラ化していたと考えた場合、人間界もしくは魔界の誰かの仕業ということになる。暗殺者になる儀式自体は暗殺ギルド時代からあったとなると、かなり昔。……その頃に、すでにキメラを作る技術があったのだろうか?
まあそもそも、レオの予想自体が間違っている可能性だってあるのだが。
「……俺のはただの推論だ。このゲートのキメラ化が絶対かどうかも分からんし、例外もあるかもしれん」
「いえ、俺はレオさんの言った通り、このグリムリーパーは何か混ぜ物があると思ってます。……これは、体内にその魔力を宿したせいもあるかもしれませんが。あれは決して、魂を浄化する者の持つ魔力ではなかった。今なら分かります」
実際その魔力に触れていたネイにはその確信があるらしく、「それに」と続けた。
「レオさん、このフロアで世界の救済アイテムとして煉獄の檻を手に入れたでしょ? その理由が、歪められたグリムリーパーの魂を浄化して輪廻に返すのが目的だと考えると、しっくりくるんです」
「……グリムリーパーを輪廻に戻すのが世界の救済に繋がるのか?」
「もちろん。そのグリムリーパーこそが、本来なら人々の魂を輪廻に戻す助けになる者なんですから。レオさんがさっき言ったでしょ。輪廻を巡る魂が増えれば、復讐霊の対抗策になるかもしれないって」
「ああ、そうか。グリムリーパーが本来の姿に戻れば輪廻に魂を流転させる助けになって、世界の力が回復するということだな」
そこまで口にして、ふとレオはあることに思い至った。
「……ん? ということはもしかして、そもそも輪廻を回る魂が減って世界の力が減退したのも、グリムリーパーが魔書に閉じ込められて魂の循環が阻害されたからなのか? そして、グリムリーパーを本来の魂の姿に戻すことができる煉獄の檻も、世界から失われた……」
「ああ……そうなると、グリムリーパーを魔書に閉じ込めたのが誰か、自ずと分かりますね」
「……復讐霊と、その息の掛かった者か」
考えてみれば、魔界の公爵であるグリムリーパーを閉じ込めるだけの力を持つ者などそうそういるわけがないのだ。
ヴァルドの祖父の力も魔書に封じられているが、あれだって魔界の創世主である魔王だからできたこと。同じだけの力を持つ者など、他に大精霊と復讐霊しかいない。当然大精霊のわけがないし、だとすれば答えは一つ。
世界の衰退を企む、復讐霊の一手に間違いなかった。
これは復讐霊による、本来であれば元の姿を取り戻す術のない悪意の所業。
しかし今なら、その企てを覆すアイテムがレオの手中にある。
「このゲートにわざわざグリムリーパーの魔書が引っ張られて来たのは、失われたはずの煉獄の檻を使って世界の輪廻にこいつを戻す、そのチャンスが与えられたということだろうな」
「ええ。これこそが世界の救済に繋がるってことでしょうね」
「……となると、こいつをとっとと檻の中にぶち込んで終わらせたいところだが」
さて、ここからが問題だ。
レオはひとまずグリムリーパーの魔法陣の近くまで寄ると、手を伸ばしてみた。すると、途中でぴたと手が止まる。魔法防壁で魔法陣の中に侵入できないのだ。
「……グリムリーパーを混ぜ物と分離するには一度倒さんといかん。魔書との切り離しも必要だし、何よりこの魔法陣を解除しないと話にならん。おい狐、どうにかしろ」
「どうにかしろと言われましても……俺もレオさんと同じで術式に関しては門外漢ですからねえ。クリスやヴァルドがいればいいんですけど」
「……この辺りはヴァルドに対処法を聞いたところで魔力がないと意味がねえだろうし……あ」
レオはそう言いつつ、ふとネイの頭の上に乗っている子狐に視線をやった。
そういえば、この獣は大精霊の魔力の塊ではないか。
「狐、もしかして貴様の息子が使えんじゃねえか」
「息子じゃないですけど。……この子、俺たちの言うこと聞いてくれるんですかね?」
「何か命令してみろ」
「何かって言われても……子狐ちゃん? あの魔法陣とか解いてくれる?」
ネイが声を掛けると、子狐は耳と尻尾をピンと立てて頭の上からジャンプをした。そして音も立てずに地面に着地をし、グリムリーパーのいる方とは全く違う方向に駆けていく。
そして二人が目で追う中、さらに奥にある扉の中に入って行ってしまった。
「見当違いの方に行ったが……一応、こっちの言葉は通じてんだよな?」
「多分。とりあえず後を追いましょ」
「あそこは何の部屋だ?」
「暗殺ギルド時代のアイテムを突っ込んだ物置です。置いてあるのは不壊属性の付いてるヤバい暗殺道具とか、呪いの掛かった武器とか。あとは暗殺ギルドに関する文献も」
「文献か……。もしかするとグリムリーパーに関連する書物があるのかもしれないな。創始者がいつどうやってあの魔書を手に入れたかで何か分かるかもしれん」
おそらく、まず情報を手に入れろということなのだろう。
レオたちは一旦グリムリーパーを置いて奥に進むと、子狐の消えていった扉を開けて、その姿を探した。




