兄、ネイの叔父の印象が変わる
ネイの父親の部屋は、とても普通だった。
ギルド長の部屋らしく簡単な応接セットと机があるが、あとは書棚くらいしか目立つ家具はない。おそらくベッドなどは奥に見える扉の向こうに置いているのだろう。
ぱっと見た雰囲気は、ザインのロバートの執務室に似ている。まあとにかく、特別感のない一般的な部屋だということだ。
「貴様の部屋もそうだったが、叔父貴の部屋と違って親父の部屋は贅沢品が何もないな」
「昔から狸貴族と敵対してたせいで、俺たちはああいう金に物を言わせた装飾品自体に嫌悪感があったんですよね~。普通にギルド内の職人の方が安くて質の良いもの作ってくれるし、置く必要ないでしょ」
「叔父貴だけ価値観が違ったのか?」
「まあ、叔父上はそうですね……自分の仕事に自信を持っていた分、多額の報酬をもらうべきだと思ってたし、贅沢してしかるべきだと考える人だったので」
実際彼らの仕事はかなり重要だったのだから、それ自体は悪い考えではない。
ネイは叔父が傍若無人だったと言うが、それでも殺しの対象は敵対する悪徳貴族だけだったようだし、善良な一般人から盗みを働いたわけでもないようだ。
レオとしてはギラギラとして悪趣味だと思うだけで、特に批難する要素はなかった。
そんな話をしながら、ネイは奥の扉に向かう。
おそらくその扉の先の寝室にクローゼットがあるのだろう。
扉を開けると、思った通りそこには大きめなベッドとクローゼットが置いてあった。
しかし、ネイがまず向かったのは、クローゼットではなくベッドの隣に置いてあった小さな金庫のような物のところだ。もしかすると、ここにこの男の目的の物が入っているのかもしれない。
「レオさん、ちょっと時間もらっていいですか? これを開けたいので」
「構わんが……開くのか?」
「大丈夫です。ダイヤル式で最後に個人認証が必要ですが、俺は登録されてるはずですから」
父親の寝室にある金庫の中身の情報を共有されていたということは、ネイとその父の関係はだいぶ良好だったのだろう。隠密ギルドが潰れてさえいなければ、この男は今ギルド長か、その補佐をしていたはずだ。
……いや、叔父がいる限りはそう簡単にいかないか。
「そういや貴様の叔父貴は、殺しの実力的には親父より上だったんだろう? 不満を持ちながら、よく親父の下に留まっていたな。親父を殺してギルド長に成り代わろうとしたりしなかったのか?」
「ああ、それはなかったです。不満はたらたらでしたけど、そもそも兄弟仲は良かったので」
「……マジか?」
それは予想外だ。てっきり隠密ギルドの壊滅は、兄弟の確執あたりが関係しているのではないかと考えていたのだが。
「叔父上は実力こそ自分が上、ギルド長としてふさわしいと考えていたようですが、だからと言って自分の力だけで隠密ギルドをまとめられると思うほど浅はかな男ではなかったですしね。父を信頼もしていましたし、自分たちは選ばれた一族という選民主義も持っていたせいで、父ほど気を許せる相手もいませんでしたから」
「……貴様と叔父貴は?」
「普通に仲の良い叔父甥の関係でしたよ。俺に実地で暗殺術教えてくれたのは叔父上ですし。自分勝手で趣味が悪くて無慈悲で殺しが好きで、敵からしたらとんでもなくいかれた殺人鬼でしたけど、父や俺の話はちゃんと聞いてくれましたし」
何だか、聞けば聞くほど隠密ギルドは円満に思えてくる。
ギルドにいたオネエたちからも、ここで酷い目にあったという話は聞いたことがない。選民主義で傍若無人だったという叔父が、きちんとギルド長に制御されていた証拠だろう。
隠密ギルド出身の彼らは未だにネイを慕っているし、当時はだいぶ良い組織作りがされていたことが窺える。
では、なぜこの円満なギルドは壊滅してしまったのか。
これだけぺらぺらと昔のことを語るネイが、頑なにそのことにだけ言及したがらないのが気になった。
「……えーっと、最後に俺の指紋で認証っと……。お、開いた」
レオが考え込んでいる間に、ダイヤルを合わせ終えたネイが認証を済ませ、金庫の鍵を開けたようだ。
その錠の外れる金属音でレオは一度考えることを止め、そちらに意識を向けた。
「何が入ってるんだ?」
「これです」
「……鍵束?」
金庫の扉を開けてネイが取り出したのは、いくつもの魔法鍵がひもに括られた鍵束だった。
そういえば、もうひとつの部屋が重要アイテムを置く倉庫だと言っていたか。おそらくそこにあるアイテムを取り出すための鍵だろう。
「ここの階層に降りてくる人間はほとんどいないって話だったのに、アイテム一つ取り出すにもずいぶん厳重で回りくどいな」
「まあ、一応優秀な隠密ばかりがいるギルドですからね~。さらに念には念を入れて、この鍵束三十本あるんですけど、二十九本はダミーなんですよ」
「……これ、魔法鍵だよな? ダミーを使うと魔法ダメージが入るのか?」
「はい。即死魔法でコロリです」
「徹底してんな」
つまりアイテム倉庫にはそれだけ重要な物、もしくは危険な物が入っているということだ。
一体それは何なのか。そしてなぜこの男はそれを今取り出そうとするのか。
……どれほど重要な物だろうが、このゲートから持ち出すこともできないというのに。
鍵束を手にしたネイは、その足でクローゼットに向かい、さっきと同じように中にある仕掛けを動かした。
これで下層への階段が現れるのかと思ったが、どうやら反応は他の二つの時と同じようだ。次の部屋……アイテム倉庫に最後の仕掛けがあるのかもしれない。
「よしっと。じゃあレオさん、隣の倉庫に行きましょう」
「……そこに貴様の目的の物があるんだな?」
「そうですね。……ちゃんとそこにあったら、ですけど」
「……ない可能性もあるのか?」
「うーん、どうかな……。あって欲しいけど、ない気がします。そうでなければ、この在りし日の隠密ギルドのフロアが生成されるわけがない……。そもそもそれを確認するために、ここに来たかったんですから」
ネイが言う台詞は、抽象的でレオにはよく分からなかった。
しかしこの男は、このフロアが生成された理由について思い当たることがあるようだ。
次の世界へ引き継ぐべきだった何か、転じてこの世界を救う鍵となる何か。そこに繋がるものが。
「まあ、見に行けば分かることだな。行くぞ」
とりあえずネイの確認したいアイテムが分かれば、多少の謎は解けるだろう。ここで問答しているよりはその方が早いと、レオは先に部屋を出てアイテム倉庫へと向かった。
 




