兄、暗殺ギルド壊滅の経緯を聞く
「暗殺ギルドの遺物や文献? それは暗殺ギルトが潰された時に処分されなかったのか?」
「もちろんそのほとんどは処分されたのですが、秘伝書などは『不壊』属性や呪いが付けられていまして、焼くことも破くこともできなかったんです。かと言って、内容も内容なので人の目に触れる場所に置いておくわけにもいかず、この最下層に封印することになりました」
「……王宮の書庫に厳重保管しておいた方が安全じゃないのか?」
「冗談でしょ、レオさん。暗殺の秘伝書が当時のエルダール王家に渡ったら、どうなると思います?」
「……ああ、そうか」
肩を竦めるネイの様子で、レオはすぐに自分の認識違いに気が付いた。
暗殺ギルドを潰したのはてっきり当時の王家だと思っていたが、おそらく別なのだ。
確かに王家なら、制御できない暗殺ギルドを一度潰した後、その秘伝書を使って自分たちの下に再び暗殺部隊を作ったはず。当時から続く邪魔な者、逆らう者は消すという支配スタンス、それに打って付けだからだ。
今そうなっていないということは、当時の暗殺ギルドの壊滅は王家のあずかり知らぬところで行われたということ。
そもそも、もし王家がここに暗殺ギルドがあったことを知っていたなら、権力におもねらぬ隠密ギルドがその跡地を使っているわけもないのだ。
「暗殺ギルドが潰された頃……数十年前の王というと、俺の爺さんか曾爺さんの頃か? 当時の爺さんは凡愚、曾爺さんは暴君と言われてたが……どっちにしろ暗殺ギルドの秘伝を知って、悪用しないタイプではないな」
「その前の王はエルダール王家の歴史の中でも、数少ない名君だったんですけどね。暗殺ギルドは、その名君から次の暴君に切り替わった頃に潰れました」
「名君……曾爺さんの兄貴だな。確か、暗殺されたんだったか」
「そうです」
これだけで、王家のどろどろとした内情が窺い知れるというもの。
ライネルほど酷くはないものの、レオも自分の中に流れるエルダール王家の血に嫌悪感を覚える。
おそらく王家は、暗殺ギルドの制御はできないまでも、密かにそれを利用はしていたのだろう。
金さえ払えば誰でも殺す、ならず者ギルドだ。当時の王を手に掛けていても何の不思議もない。依頼者が次代の王ならなおさらだ。
きっとその頃のギルドは、大手を振って国中で仕事をしていたに違いない。
「……で? 結局暗殺ギルドを潰したのは誰なんだ? 時期的に考えると暴君だった曾爺さんが口封じに討伐を命じた感じだが、その戦利品を引き上げてないってことは違うんだろ?」
「ええ、違いますね。それどころか当時の王は、裏で暗殺ギルドに高額の報酬を支払って、全員と契約を結んでいた書類が残っています」
「……最悪だな」
「まあ、契約して程なく暗殺ギルドが潰れたので、それほど利用してはいなかったでしょうけど」
「利用云々より契約してる時点で最悪なんだよ、クソが。血が繋がってると思うとムカムカするわ」
レオはいらいらとしつつ、話を戻した。
「そうなると暗殺ギルドを潰すことは、曾爺さんに逆らう行為だったわけだろ。当時もまた、ずいぶん奇特な奴がいたもんだな……ん?」
そこまで言って、つい今し方に全く同じ内容を言っていたことを思い出す。
父王に隠れてライネルに隠密ギルドを紹介した、貴族に対して言った言葉だ。
そこではたと気付く。
「……もしかして、暗殺ギルドを潰したのは当時のルウドルトの一族か!? そのままこの場所に隠密ギルドを立ち上げて、これまでずっとその一族がバックアップしていた……?」
「まあ、ほぼ正解です、さすがレオさん。もちろん隠密ギルドのことは一族の当主しか知らない、極秘事項でしたけどね」
「極秘事項と言っても、暗殺ギルドを壊滅させるとなると相当の兵力が必要だったろう。よくこの場所や隠密ギルドを立ち上げたことが外に漏れなかったな」
引き連れていく人数が多ければ多いほど、秘密が漏れるリスクは高くなる。一族のみならず外部の人間も入っていれば、完全に封じることはほとんど不可能だ。
それを、どうやってここまで厳重に隠してこれたのだろうか。
そう首を傾げたレオに、ネイは思いがけぬ答えをよこした。
「まあ、兵力は一人だけでしたから」
「……一人? まさか、一族の当主だけで乗り込んだのか!? ルウドルトの一族なら剣の覚えはあったろうが、さすがに暗殺者を相手には無謀だろう」
「もちろんそれは無謀です。当時は二十人ほどの暗殺者がギルドにいたそうですし。正攻法で対峙しようとしたらすぐに殺されますよ」
「ならばどうやって……」
「目には目を、歯には歯を、暗殺者には暗殺者を、ですよ」
そう言ってにやりと笑った男に、レオは目を丸くした。
それは、つまり。
ギルドにいる全暗殺者の討伐を、一人の暗殺者に依頼したということか。
「金で一番腕の良い暗殺者を雇って他の暗殺者を全部倒した後に、その暗殺者も殺したってことか? ギルドを潰した功労は認めるが、そうなるとだいぶイメージが変わるな……」
「いや、その一人の暗殺者は金で雇ったわけではないし、その後も殺してませんよ。実際、その暗殺者が隠密ギルドの創始者だし」
「隠密ギルドの創始者?」
「だって普通の貴族に隠密のノウハウなんてあるわけないでしょ。その辺の技能はその暗殺者が教えて、貴族は金で支援してただけです」
何だか、展開が思っていたのとだいぶ違うようだ。
しかし何にせよ、その暗殺者が貴族と手を組んでギルドを壊滅させたことは間違いないらしい。
「……その暗殺者が改心して貴族側に付いたということか?」
「改心っていうかな……ちょっと、この話をするのは俺的に少々気恥ずかしいんですが」
「何で貴様が恥ずかしがるんだ」
「……俺と思考展開が似てるんですよ、その創始者。……まあ、俺の曾祖父なんで似るのも仕方ないかもしれないんですけどね」
「……は? 隠密ギルドの創始者が貴様の曾爺さんだと!?」
「まあ、一応」
苦笑するネイに驚いてみたものの、しかし考えてみれば合点が行った。
オネエたちの世話をしたり、真面目たちを拾ってギルドに住まわせたり、そんなことをできる権限を持つ中枢の者。それが創始者の血縁だったというなら納得だ。
それに、この男の持つ暗殺者としての技能と身体能力についてもそうだ。これはおそらく創始者直系の者だけに継ぐことが許された能力なのだろう。
幼い頃からそれをたたき込まれていたのなら、この手練も当然のこと。
ネイは隠密ギルドの精神を受け継ぎながら、暗殺ギルドの技術を併せ持った人間なのだ。
それが一時的にとはいえ、その精神まで暗殺ギルドに毒されたのにはきっと何かわけがあったに違いないが、今は置いておく。
「曾爺さんが貴様に似てるということはドMか」
「いや待って、俺も曾爺さんもドSですけど。……あ~、でも主人相手にはドMかなあ~」
「主人? 貴様の曾爺さんは、もしかしてその貴族に仕えていたのか?」
「そのようです。元々貴族は暗殺のターゲットだったみたいなんですけど、その時に一撃食らって吹っ飛んだことで気に入っちゃったらしいです」
「何だ。状況は同じだが、貴様ほどのドMじゃないな」
「まあ、確かに俺ほどのドMじゃないですね。……でも考えは同じなんですよ。分かるかなあ、クズどもから来る依頼でどうでもいい殺しをして、大金稼いでるだけの何の刺激も無いつまらない毎日って、生きてる意味が分かんなくなるんですよ」
「そこに一撃食らったくらいで良い刺激になんのか?」
「俺の場合、死にかけるくらいすごい刺激でしたけどね。曾爺さんも何かハートを打ち抜かれたんでしょ、知らんけど」
すごく適当なことを言っている。
ただ、創始者もネイも、暗殺者としての技能が卓越していたがゆえに、敵になるような相手がいなかったのだろう。そして、特に金儲けや殺しが好きだったわけでもなさそうだ。
だからこそ、無為な毎日に風穴を開けられたことで目が覚めた。
「一撃食らったとはいえ、おそらく総合的な戦力は貴様の曾爺さんの方が上だよな。なのに対等な契約でもなく、よくその下に付く気になったな」
「そりゃあもちろん、配下であれば主人を護る大義名分ができるからですよ。せっかく見付けたお気に入り、他の誰かに殺されたら大変でしょ。特にルウドルトの先祖だけあって、その貴族は正義感が強くて周囲の狸貴族どもに嫌われてたみたいですからね」
「ああそうか、他の暗殺者が狸貴族から依頼を受けて、その主人を殺しに来る可能性もあるからな」
「一応暗殺ギルドにも最低限の規約があって、暗殺者同士の殺しは御法度だったらしいんです。だから曾爺さんはギルドを抜け、その貴族の下に付いた。当時曾爺さんより強い暗殺者はいなかったんで、それだけで貴族の暗殺に対する牽制はできていたようです。しばらくはそれで安泰だったんですが……」
いくら金を積まれても、敵わないことが分かっている相手にちょっかいを出してくる浅はかな暗殺者はいない。
しかし、やがて状況が変わったようだった。




