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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、ヴァルドに会う

 ザインの街の南の方は、農場や牧場などが多くある。

 ユウトたちはいつも北の商業地区をメインに活動しているから、ここに来るのは初めてだった。


「この辺りは広くてのどかでいいね」

「まあな。でも気を抜いてると牛の糞とか踏んじゃうから足下気を付けろ。ほらそこにも」

「うわっ、ホントだ。気付かなかった」


 この辺りは通りが舗装されていない。おそらく牛車なども多く、こんなふうに糞が放置されるから、土の方が後で片付けるにも都合が良いのだろう。辺りに何とも言えない微妙な臭いが漂っているのもそのせいか。


 そこを足下に気を付けながら歩いて行くと、ユウトは奥に大きな温室のような建物を見つけた。

 あれが魔法植物ファームだろう。建物に続く道の脇に、看板が立っていた。


「農場主は、あの手前の建物にいつもいる。ちょっと変な雰囲気の人なんだ」

「変な雰囲気?」

「んー、どこか普通っぽくないっていうか……。何十年も見た目が変わらないとか、深夜に空を飛んでるのを見たとか、そういう噂が立つ人なんだよ」

「へえ。不思議な噂だね」


 でもこうして普通にザインの街中で生活をしているのだから、問題がある人ではないのだろう。少しだけ農場の主に興味が湧く。


 ユウトとルアンは温室の手前にあるレンガでできた建物に辿り着くと、その扉を軽く叩いた。


「すみませーん」

「……はい、どなた?」


 想像したより若い声がして、中からひとりの男が顔を出す。

 ひょろっとしているけれど、身長はレオと同じくらいだろうか。長めに揃えた漆黒の髪が特徴的だ。前髪は目元を覆い隠し、瞳の色も分からない状態だった。


 その男は、ユウトの姿を確認すると、何故かそのまま固まってしまった。


「あ、あの僕、ユウトと言います。『シュロの木』のお爺さんから買い付けを頼まれて来たんですけ……え、あの、ちょ、どうしました!?」


 そしていきなり彼はボロボロと泣き始めた。一体何なんだ。

 男は滂沱の涙を流しながら、ユウトの前に膝をつく。

 もしかして具合でも悪いのだろうか。


「あの、大丈夫ですか……っ!?」


 おろおろと手を伸ばすと、その手をぎゅっと両手で握られた。

 彼は涙を流したまま、口元に笑みを浮かべる。そして、ああ、と感極まったようなため息を吐いて頭を垂れた。


「斯様な場所で、まさか救済者セイバーにお会いできるとは……! 感激至極でございます……! このヴァルドに何とぞお慈悲を……」

「せ、救済者セイバー?」

「……ユウト、ヴァルドさんと知り合いだったの?」

「ううん、初めて会ったんだけど……。あの、誰かと人違いしてませんか?」


 男はヴァルドと言うらしい。

 ユウトは困惑しながら彼に声を掛けた。だってどう考えても自分に心当たりはないし、勘違いだとしか思えない。

 そう訴えるとヴァルドははたと顔を上げて、こちらをまじまじと見た。


 前髪の隙間から見える、赤い瞳と目が合う。

 何か言葉を発しようとしたその口元に、やけに目立つ犬歯。

 ……少し、普通と違う容姿。

 しかし、何故かそれに怖れなどは感じなかった。


「記憶が分離されているのか……外因と内因が相互作用を起こしている……」

「あの、何か……?」


 ぼそりと独りごちたヴァルドは、ユウトに問いかけられて慌ててその手を放し、涙を拭って立ち上がった。


「あ、す、すみません、取り乱してしまって……。てっきり、私の待っていた人だと思ったもので。……ええと、何のご用でしたっけ?」

「オレたちは『シュロの木』の爺さんに買い付け頼まれて来た」

「そうですか」


 ルアンに普通に応対する彼は、少し気弱そうな印象だ。色白で細く、快活な感じはしない。

 ちょっと頼りなく見えてしまう。


「爺様は、どの植物が欲しいと?」

「『黒もじゃら』っていう触手植物です。2つ欲しいって言ってました」

「ああ、『黒もじゃら』ですか。ちょうど元気なのがいますよ」

「うえー……元気って、すごい勢いで逃げるってことじゃん」

「元気な方が爺様は喜ぶと思いますけど」

「爺さんはな」


 ルアンはとても嫌そうな顔をしている。おそらくユウトの分まで走らなくてはいけないと思っているからだろう。

 けれど、『黒もじゃら』は魔力で釣ることもできると言っていた。

 それならユウトでも十分役に立てる。


「あの、ヴァルドさん? お爺さんが『黒もじゃら』は魔力で釣れるって言ってたんですけど、やり方教えてもらえますか?」

「……あなたの魔力で釣りを?」


 ユウトが訊ねると、ヴァルドは少し考え込んだ。


「この魔力……私の見立てですと、ちょっとエサとしては効き目がありすぎるかも……」

「……僕の魔力じゃ駄目そうですか?」

「駄目っていうか、あなたが農場施設の中に入って魔法植物の中に魔力を垂らしたら、多分周辺のみんなが食いついて来ちゃいます」

「へえ、すごいな。ユウトの魔力が魔法植物にとってめっちゃ美味しい肥料ってこと?」

「そうです。施設にはいろんな植物が一緒に植わっているので、『黒もじゃら』だけ釣るのは難しいです」

「でも、逃げ回られるよりはマシじゃないかな」


 ユウトはそう言って顎に指を当てた。


「ルアンくん、僕が植物集めるから、その中から『黒もじゃら』捕まえられない? あ、でも素手で触ると危険だったりするのかな?」

「直接捕まえるなら、魔法を通さない特殊な手袋貸してあげますよ。それで鷲掴みすれば危険はないです」

「ええ、鷲掴み? まあ、やってみてもいいけど……でも、『黒もじゃら』って人間の気配嫌いだから、多分近付いたらすぐ逃げるぞ」

「でもルアンくん、最近気配を消す練習してるんでしょ? 行けるんじゃないかな」


 ルアンはネイからの教えを受けて、その修行をしていると言っていた。だったらきっと、その成果が見れるはず。


「……正直、あんま自信ないんだよなあ。師匠にも兄ちゃんにもすぐに気付かれるし」

「駄目だったら次を考えればいいんだし、とりあえずやってみようよ」

「……分かったよ」


 ルアンは仕方ないといった様子で肩を竦め、ヴァルドに特殊手袋を借りた。

 そのまま外に出て、裏手の温室のような農場施設の中に入る。

 外からの魔力の影響を遮るための二重の扉を潜ると、少しじっとりと暑い感じがした。


「あそこに生えているのが『黒もじゃら』ですよ」

「……あの、畑に丸まってる黒い塊ですか?」

「あの本体から地中に触手を刺して、大地のマナを吸い取って成長します。あまり近付くと逃げてしまうので、気を付けて」


 中に入ってみれば、この施設はだいぶ広い。こんなところを猛スピードで逃げ回られるのでは、確かに捕まえるのはかなり骨が折れるだろう。


「魔力であの子たちを釣るには、これを使います」

「これって……上位魔石ですか?」

「そうです。これに魔力を注ぎ、魔力の糸で釣るんです。まずはあの畑の上に魔石を飛ばしてみて下さい」


 言われた通りに上位魔石に魔力を注入し、それを魔力の糸で操って畑の上で旋回させる。すると、その付近の植物が魔石の下に集まってきた。


「畑の上だと引っこ抜くのが大変なので、そのまま魔石を通路の方まで移動して下さい。そこだと幾分楽に捕まえられます」

「じゃあ、オレもあそこに行ってくる」


 様々な形の野菜に似た植物が、ごろごろと通路にたむろした。その中に、黒い触手を足代わりに魔石の下をうろうろし、そのうちの2本を魔石に向かって伸ばす『黒もじゃら』がいる。あれ本当に植物でいいのか。


 そんなことを思っているうちに、気付けばルアンがその集団の中に入っていた。あれ、いつの間に。

 周囲の植物もその気配に気付いていないようで、逃げようとするそぶりが見えなかった。そう、『黒もじゃら』もだ。


 ルアンはそのまま『黒もじゃら』をむんずと掴むと、そつなく持ち帰り用カゴにひょいひょいと入れた。自然すぎて、ただの野菜の収穫にしか見えなかった。


「よし、収穫完了!」


 彼女がそう言った途端、周囲の植物がビクリと反応して、一斉に散っていく。今頃そこに人間がいることに気が付いたのだ。


「ルアンくん、すごい! 全然気配バレてなかった!」

「うん、何かこんなに上手くいくと思わなかった。一応成長してんだな、オレ」

「お見事でした。こんなにあっさり収穫できるなんてすばらしいです」


 ヴァルドも感心したように手を叩いた。

 そんな彼に、魔石と手袋を返す。


「これ、ありがとうございました。……えっと、『黒もじゃら』の代金を預かってきてるんですけど、これで大丈夫ですか?」


 魔工爺様に預かったのは金貨2枚。結構な値段だ。

 それを渡すと、ヴァルドは頷いた。


「これで平気ですよ。ありがとうございます」

「じゃあ、僕らはこれで帰りますので」

「あ、ちょっと待って」


 魔工爺様のところに戻ろうとすると、何故か彼に呼び止められる。

 どうしたのだろう。

 ユウトが首を傾げてヴァルドを見ると、彼は少し口を開くのを躊躇った後、もごもごとしゃべりだした。


「あの、血を……じゃなくて、ええと、契約……いや、そうだ。あなたはコウモリと猫と狼、どれが一番好きですか?」

「え? コウモリと猫と狼……?」


 いきなり突拍子もない質問に目を丸くする。あんまり同列に並べる選択肢じゃないだろう。

 でも何だかヴァルドは真剣な様子なので、ユウトは不思議に思いながらも答えをあげた。


「猫かなあ。狼とかカッコイイけどちょっと怖いし、コウモリは好き嫌いなんて考えたことないし」

「……猫ですか。うん、分かりました。ありがとうございます」


 何だかよくわからないけれど、明るい声でお礼を言われた。とりあえずこれでいいらしい。


「用事済んだなら帰ろうぜ、ユウト」

「あ、うん。じゃあヴァルドさん、お邪魔しました」

「さようなら。……良かったらまた来て下さい」


 気弱そうな挨拶に頷いて、ユウトたちは農場を後にした。


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― 新着の感想 ―
[一言] ありゃ、いつの間にかとても更新されてた! 今回も面白い!そしてついに魔女っ子になったのか( ˶ˆ꒳ˆ˵ )
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