兄、ヴァルドを困惑させる
金剛猿の素材を取り終えると、ネイはレオをさらにトンネルの奥に案内した。
「……この奥に何があるって?」
「宝箱です。今度は青い方の。走り回っている時に見付けました」
「こんなところにか。二つ目の宝箱……ってことは、確実にもう一体は敵がいるということだな」
魔物が合成する回数分宝箱があると考えると、二つあるなら三体の魔物がいるということだ。地上ではここまで倒した二匹しかいなかったから、おそらく次の一体は隠密ギルドの中にいるのだろう。
「宝箱を開けていくかどうするか、レオさんに判断してもらおうと思って」
「ふむ、そうだな……残りが一体なら、もう宝箱を開けても合成する魔物がいないから問題ないが……」
大事を取って魔物全てを倒しきるまで置いておくか、回収に来る時間を節約して次に進むため開けてしまうか。
万が一隠密ギルドの中に敵が二体以上いた場合、宝箱を開ければ当然合成させてしまう羽目になるけれど。
「開けていこう。ここまでのフロアの中で、一体の魔物がカバーするフィールドが他の魔物と被ることはなかった。隠密ギルドの中を二体の魔物で護っていることはないだろう」
「あー、確かに。一体と結構派手に戦っている時でも、もう一体が乱入してくることなかったですもんね。完全に個々で護るエリアが決まっているのかも」
「それに、おそらく次のフロアへの階段を護っているのも、隠密ギルドにいる魔物だ。そいつを倒してからここまで宝箱を取りに戻るのは時間の無駄になる」
「とっとと移動してユウトくんと合流したいと」
「愚問だ」
「ですよね~。あ、レオさん次の分かれ道を左です」
ネイに案内されるままに進むと、小部屋のような少し広い空間に出た。その奥にある金属が、カンテラの明かりを反射する。
青地に銀色の金具の大きな箱。間違いない、固定宝箱だ。
「これか。やはり鍵は掛かってないな」
「一体何がはいっているんでしょうね?」
「まあ、超重要アイテムなのは間違いないだろ。すでに失われていて俺たちが知る由もないアイテムか、知っていても神話級のアイテムか……」
「まあ、次の世界に引き継ぐべきアイテムですもんね~。……レオさん、俺が開けても?」
「構わん」
「じゃあ、さっそく」
ネイはそろそろと近付くと、宝箱の前に膝をついて、手袋を戦闘用から隠密用にはめ替えた。そしてすぐに開けることはなく、罠がないかチェックしている。うん、職業病だ。
「さっさと開けろ。罠がないのは分かってんだろ」
「頭では分かってますが、身体が受け入れないんですよ。レオさんだってこのランクの宝箱を自分が開けるの嫌でしょ」
「まあ、油断してると命取りになりかねないからな」
「そもそも、罠がないというのもここまでの経験則によるもので、誰かによって確定されているわけじゃないですからね。正直、罠がないと思い込まされての、油断からの例外が一番怖い」
「その例外に当たるのはどうせクリスだ」
「だとは思うんですけど~。隠密は心配性なんです~!」
結局ネイはじっくりと宝箱をチェックしてから、ようやく蓋に手を掛けた。
やはり罠はなかったようだ。
そのまま蓋を開けると、中に入っているものを見た男は、不思議そうに首を傾げた。
「ん~? 何でしょうね、これ。鳥かごみたいな……」
「鳥かご?」
「これです」
ネイは宝箱に手を突っ込むと、そのアイテムを引っ張り出した。
見れば白銀のような金属でできた四角い箱で、小さな檻のようだ。二十センチ四方ほどのサイズのそれは、鳥かごと言うには少々無骨かもしれなかった。
「鳥かごというより、小動物を飼う檻だな」
「あー、そうかも。……よく見ると、表面にびっしり呪文みたいなのが書いてありますね。魔界古語……なのかな? 俺にはよく分からないですね」
「魔界古語?」
ネイに手渡されて、その小さな檻をくるくる回しながら観察する。
どうやら前後左右、全てに記号とも文字ともつかない何かが刻まれているようだ。当然レオにも、それが魔界古語かどうか判別はつかない。
「……とりあえず、俺が今まで見た本や資料の中で、これに該当するアイテムは思い当たらないな」
「俺もです。これも、人間界ではすでに失われたアイテムなのかもしれませんね」
「そうだな。……まあ、一応このまま地上に持ち出そう。ここでは暗くて細かいところまでよく見えん」
「ですね~。他には何もなさそうだし、一旦戻りますか」
カンテラの明かりだけではやはり視界が悪い。
レオは手にそのアイテムを持ったまま、再びネイに先導されて元来た道を戻り始めた。
来る時はちぎったトリモチを拾いながらだったせいで少々時間が掛かったが、帰りは早い。
トンネルを進んでいくと、やがてすぐに、さっき素材を剥ぎ取ったばかりの金剛猿の死骸にたどり着いた。
その横を、ただ通り抜けようとして。
「……!? 何だ!?」
「うわ、レオさん、何それ大丈夫!?」
レオが持っていた小さな檻が一瞬煌めいたかと思うと、その中に光の玉が現れて、突然めらめらと燃え始めた。
檻全体を包むように炎は勢いを増し、あっという間にそれを持つレオの腕も飲み込まれてしまう。一体何だ、これは。
「レオさん、放さないとやけどしますよ!」
「いや、それは問題ない。よく分からんが、この炎は全然熱くない仕様のようだ」
「……熱くない? 普通の炎と違うってことですか?」
そう言ったネイが炎に手をかざそうとして、しかしすぐに引っ込めた。
「あっっつ! レオさん、めっちゃ熱いんですけど! 何で平気なの!? 装備のせい!?」
「熱いか? ……まあ何でもいいが、どうすれば良いんだ、これは。どこかに置くにも、指先が動かせないんだが」
「どうするも何も……このアイテムが何なのかも分かんないですからね……。クリスあたりはどうにか知ってる可能性もあるけど、連絡取れないしなあ……あ!」
連絡を取る、という言葉で、はたとレオとネイは別の人物に思い当たって顔を見合わせた。
そうだ、もう一人いる。頼りになる博学が。
「ユウトくんと一緒にいるヴァルドなら、何か知ってるかも!」
「そうだな。あいつなら魔界古語も読めるし、こういうアイテムに関する文献を読んだことがあるかもしれない」
「じゃあさっそく連絡を……あーでも、ユウトくんたちが戦闘中とかじゃなければ良いんですけど」
「さっき連絡が来た時も順調そうだったし、戦闘しててもユウトは後方で護られている可能性が高い。どうにかなるだろう。繋がって戦闘中だったら、終わってから向こうから連絡をもらえば良い」
レオはアイテムを持っていない方の手で胸ポケットから通信機を取り出すと、片手だけで器用に操作し、通話ボタンを押した。
そのまま通信機を耳に押し当てて、弟の声を待つ。
するとやはり一コールで応答があった。
『もしもし、レオ兄さん?』
「ユウト。今は大丈夫か?」
『うん、平気。そっちはどうなの? 何かあった?』
「何かあったというか、特に命に関わるとかではないんだが、ちょっとな……。すまんが、ヴァルドと替われるか?」
『ヴァルドさん? うん、ちょっと待って』
本当ならこのまま可愛い弟の声を聞いていたいが、そうも言っていられない。そのまましばし待っていると、ユウトから通信機を受け取ったヴァルドが、怪訝そうな声で応答してきた。
『レオさん? 私にご用ですか、珍しい』
「ヴァルドか。ちょっとあんたに訊きたいことがあるんだ」
『訊きたいこと?』
ユウト相手と違って、レオはヴァルドと余計な会話をする気はない。単刀直入に話を切り出す。
「この世界から失われたもので、小さな檻のようなものが存在したのを知らないか?」
『小さな檻、ですか? ふむ……それは今、お手元に?』
「ああ、俺が手に持ってる。子ネズミを入れるような檻だ」
『……もう少し詳しくお願いします』
何かに思い当たったのだろうか。男はただ詳細を求めた。
「二十センチ四方の白銀の檻で、その全面に、魔界古語なのかは分からないがびっしり呪文らしきものが書いてある」
『呪文がびっしり……。その檻には扉は付いていますか?』
「あ、そういや扉はないな。天井や底が開く仕組みでもなさそうだし。……この玉、どうやって入ったんだ?」
『……玉?』
「ああ、何か光の玉が檻の中に勝手に入って、がんがん燃えてる」
そう告げると、通信機の向こうのヴァルドが明らかに動揺したようだった。
『燃えている……!? レオさん、今それを手に持っていると言いましたよね!? 大丈夫なんですか!?』
「俺は平気だ、別に全然熱くねえ」
『熱く、ない……ですって?』
平然とそう答えたレオに、何だかヴァルドが困惑している。
この様子、とりあえずレオの持つ檻が何なのか、見当は付いているようだ。
しかしそれを明かすのをもったいぶっているわけではなかろうが、そのまま黙り込んでしまってなかなか答えをよこさない男に、レオは少し強めに言葉を促した。
「ヴァルド、これが何か知ってるなら教えろ。確定じゃなくて構わん。おそらくこれだろうというものでいい」
何を戸惑っているのか知らないが、自分はとっととこれの正体を知りたいのだ。
そう告げると、通信機の向こうで大きく息を吐いたヴァルドがようやっと口を開いた。
『……それはおそらくですが、「煉獄の檻」です』




