兄、ネイの過去を訝しむ
獣系の魔物は真正面からぶつかって来てくれるからありがたい。
電撃虎はドラゴンの翼と尻尾を持っていたが、主立った攻撃は牙と爪で、時折来る電撃と尻尾でのなぎ払いに気を付ければどうにか対処ができた。
「ここまで見た感じ、電撃虎は二種族分の属性しか持っていないようですね」
「おそらく他の魔物と合体しなければ、これがゲートのランク相応の能力なのだろう。トレントは合成させすぎたせいで厄介な混合属性になってしまったが」
敵と対峙しながら、レオはネイとここまでの所感を確認し合う。
もちろんこの電撃虎もこれまでの敵に比べたら格段に強いのだが、さっき規格外のトレントと戦ったおかげで、それほど脅威を感じない二人だ。
状況も冷静に見えている。
これなら不覚をとることはないだろう。
「俺が正面で相手をしている間に急所を突けるか?」
「もちろんです。……と言いたいとこだけど、一応万全を期して、先に尻尾落としてもらえます? あれのせいで背面から近付きづらいんですよね。自分で落としたいけど、俺はドラゴン特攻ないし」
「……チッ、仕方ねえな」
「うごっ、レオさん!?」
レオは面倒臭いとばかりに顔を顰め、そのままネイを蹴り飛ばした。いや、蹴り飛ばしたと言うのは少し表現が弱いだろうか。蹴りで、十メートルほど横に吹っ飛ばしたのだ。
虎は本能的に動く獲物を目で追ってしまう。それが首を振るほどの距離の横移動なら、こちらを見る視線は外れる。
背中から無様にひっくり返ったネイに電撃虎が狙いを定めた隙に、レオは一息に距離を詰めて、ドラゴンの鱗で覆われた尻尾を一太刀で切り離した。
「ガアアァァァーーーーーー!!」
その衝撃と怒りに吠えた獣が、途端にネイの方に向けていた殺意をこちらに移してくる。すでに飛びかかる体勢だった虎は、すぐに方向を修正して後ろ足で地面を蹴ると、息つく間もなく襲ってきた。
レオをなぎ払おうとする前足の鋭い爪を、ぎりぎりで避ける。風圧と空を切る音を間近で肌に感じながら数度剣で反撃するけれど、さすがにランクSSS、簡単には身の入った一撃を出させてくれない。
しかし、尻尾を切ったせいで電撃虎の身体の重心がわずかに不安定になっているのを、レオは見逃さなかった。
片方の前足を上げて攻撃に来た一瞬に、レオはその身体の下に入り込み、体幹を支えていたもう片方の足に渾身の蹴りを加える。
すると堪らずぐらりと身体が揺れ、獣は倒れないよう、反射的に四肢を地につけ踏ん張った。
「レオさん、グッジョブ! 後は任せて下さい!」
敵がとっさに攻撃に移れない、その隙は一瞬。しかしさっきまで向こうでひっくり返っていたはずのネイが、示し合わせたようにすでに虎の背後に回り込んでいた。
その表情に絶対の自信を見て取って、レオは自分の仕事は終わったとばかりに敵から距離を取る。
この男は粗方の生物の壊し方を熟知している男だ。任せろと言うからには問題ないだろう。
電撃虎が即座に体表に電撃を溜め始めたが、もう遅い。
ネイは短刀を振り上げると、的確に虎の急所を貫いた。その瞬間に、ぴたりと敵の帯電が止まる。
それを確認した男は、短刀を刺したままの虎から飛び退いた。
「レオさん、もうちょっと離れて!」
「……離れろ?」
「放電します!」
ネイがそう言ったと同時に電撃虎の身体からバチバチッと電気の爆ぜる音がしたことに、レオも飛び退く。
すると次の瞬間には、大きな雷が間近に落ちたのかと思うほどの凄まじい音を立てて、虎の身体から放電が起こった。まるで爆発でもしたような風圧だ。レオは慌てて大木の陰に入った。
電気を溜めていたのはほんの短い時間だったのに、これほど大きな威力になるとは。やはりランクSSSは侮れない。
しかしその放電が終わってしまえば、敵の周囲にはすでにドロップ品が落ちていた。さっきネイが急所を突いた時には落ちていなかったから、今の放電が致命傷か。見れば電撃虎の身体からは煙が立っていた。
「……ふう、これで一匹目を倒せましたね」
別の木の陰に隠れていたネイが出てきて、平然とドロップ品を拾い始める。特にレオからの褒めや評価は期待していないようだ。
ただネイはそれよりも他に言いたいことがあるというように、わざとらしく脇腹をさすりながら、批難がましい視線をこちらに向けてきた。
「ところでレオさん、さっき俺のこと勝手に囮にしたでしょ。手加減なしで蹴るから、超痛かったんですけど」
「……猫は動くおもちゃを目で追う習性があるから、視線誘導にちょうど良かったんだよ。ガタガタぬかすな」
「仲間をおもちゃ扱いとか、ほんと、レオさんひどい」
「ひどいと言いながらニヤニヤしてんじゃねえ、変態が」
ひどいも何も、じぶんこそ余裕で受け身が取れるくせにわざわざ無様にひっくり返って見せて、進んで囮になっていたろうが。
そう反論してやろうかとも思ったが、自分がこの男の思惑を理解していると知らせるようで、胸くそ悪いから黙っておく。
レオは眉を顰めつつ、努めて話を変えた。
「そういや貴様、なんでわざわざ電撃虎に放電させた?」
「ん? そりゃあ、俺の攻撃だけじゃ致命傷を与えられなかったからですよ」
「……貴様、任せろと言ったよな?」
「その辺も加味しての任せて下さい、ですよ。ほら、この電撃虎にはドラゴン種も入ってたでしょ。急所を一カ所突いたくらいじゃ死なないだろうな~と思って」
「俺だって貴様が一撃で殺せるとは思ってなかったが……」
レオとしては、てっきりいくつかの急所を攻撃して倒す気なのだと思っていた。やけに自信満々だったが、最初からこうするつもりだったのだろうか。
そう考えて、レオははたとネイが自分に電撃虎の尻尾を切らせた意味に気が付いた。
「貴様、もしかしてこのために俺に尻尾を切らせたのか……!」
「まあそうですね~。攻撃に行くのに邪魔だったのも本当ですけど」
やはりこいつは最初から一撃で倒すことを狙っていたのだ。
電撃虎の皮膚はゴムのような絶縁体で、体内に電気を通さないように身体を護っている。つまり逆に言えば、体内は電撃に耐性がないということだ。ネイはそれを利用した。
レオに尻尾を切らせることで電撃の入り口を作り、電気を通す素材の剣で頸椎の辺りを刺すことで、体内に電撃の通り道を作ったのだ。
帯電していた電気が一気に通ることで体を内側から焼き、制御不能となった電撃が外に放散された。そのせいで、あの放電か。
電撃虎は自身の電撃で倒れたわけだ。
……まさかこんな壊し方があるとは。
「……えげつないな。だが、亜種の正しい生態が分からない以上、一つずつ急所を突くよりも確実か……」
「やっぱ元殺し屋としては、確実に殺れる方法を考えますからねえ。えげつないとかはもう、褒め言葉です」
「褒めてねえ」
そう言いつつも、ネイの能力が有用なのも確かだ。
さすが『元死神』というところか。もちろん口には出さないが。
(……だが、この男の暗殺知識は、そもそもどこから来ているんだ?)
ふと、物見櫓でのネイの話を思い出す。
さっきこの男は、隠密ギルドに所属していたと言っていた。ライネルが出資していたくらいだから、殺しを推奨する集団ではなかったはずだ。暗殺ギルドとは全く別の組織だと断言していたし、それは確かだろう。
しかしネイが『死神』として暗殺家業をしていた時、その仕事ぶりは暗殺ギルドと同じ評判だった。
極悪非道で金を積めば誰でも殺す、気に入らなければ依頼人すら手に掛ける『死神』。
(この男は、もしかして暗殺ギルドとつながりがある……?)
まあ今さら、だからどうとは言わないが、多少気にはなる。
……ネイがこのあと行きたがっている場所も、何か関係あるのだろうか。




