兄、非公認ギルドの存在を知る
「……昔貴様が住んでいた?」
「まあ簡単に言えば、元々暗殺ギルドがあった場所です」
「暗殺ギルド……。エルダール王国非公認の独立した闇組織だな。だがそれはかなり前に壊滅したはずだが」
「ええ、暗殺ギルド自体が壊滅したのは数十年前です。ただ、十数年前までは同じ場所に、隠密ギルドが存在していました。俺が所属していたのはこっちですね」
「隠密ギルド……それも王国非公認だな? 少なくとも俺は聞いたことがない」
「非公認ですけど、一応知る人ぞ知る真っ当なギルドだったんですよ。まだ殿下だった頃のライネル陛下もその存在をご存じで、ギルドへの出資者の一人でした」
「兄貴が?」
数十年前に壊滅した暗殺ギルドは、極悪非道で金さえ積めば誰でも殺る、最悪のならず者組織だったと聞いている。
ネイの話だとその暗殺ギルドが壊滅した跡地に、何者かが隠密ギルドを立ち上げたということのようだ。
もちろん暗殺ギルドの理念を引き継いだわけではなく、おそらくは人目を忍ぶのに適した地形や施設を、そのまま流用したということなのだろう。
実際名前だけを聞くと暗殺ギルドの後継組織なのかと誤解しそうだが、ライネルが出資をしていたというならその可能性はない。
ならば王国公認にすればいいところなのだが、それをしなかったのは、公に知られて国王や狸貴族に悪用されることを防ぐためだったに違いない。つまりこの隠密ギルドは、正しい理念によって運営されていた組織だったのだ。
「その隠密ギルドは、今は?」
「ありません。さっきも言いましたけど、隠密ギルドが存在したのは十数年前までです。……ちょっと、ごたごたがありまして、完全に消滅しました」
どうやらネイは、あまり詳しい話はしたくないようだ。
まあその部分は本題と関係ないし、レオも無理に突っ込む気はなかった。
……おそらくこの男が『死神』として活動をしていたことと関係しているのだろうけれど。
「もう存在しない隠密ギルドの跡地か……。どうやらこのゲートのフロアはすでに滅びた場所を模して再現しているようだな」
「そういうことだと思います。リインデルのように残存する場所でなく、エミナや隠密ギルドのように完全に失われた場所に限られるのかもしれませんが」
「失われた場所か……」
このランクSSSゲート自体が、失われたものを再生成して次の世界へ持ち出すための場所だ。そう考えれば、フロア自体が失われた風景を再現することも不思議ではない。
ということは、ユウトたちが飛ばされた坑道のフロアも、すでに崩れた古い廃坑の一つだったのだろう。
「……もしかして宝箱だけでなく、わざわざこの風景を見せるのも重要なファクターの一つなのか?」
「ありえますね。ユウトくんがエミナ語の翻訳眼鏡を手に入れたのだって、フロアにある何かを見るためのものですし。宝箱を開けるだけなら、必要ないものでしょう?」
「確かにそうだな」
あの眼鏡はおそらく、エミナのフロアに点在する研究書類を見るためのものだ。フロアにある書類はゲートから持ち出せない風景の一つだが、頗る重要。
ということは同じように、このフロアにも何か重要なものが隠れているのかもしれない。
「狐、貴様行きたいところがあると言ったな。それがこのフロアの重要なファクターに当たるところか?」
「ん~、どうでしょう。俺的にはだいぶ重要なとこなんですけど、世界の存亡に係わるかというとどうかなあ。まあ敵を全部片付けちゃえば後は見て回るだけですから、そこを考えるのは後回しにしましょ」
ネイはそう言うと、見晴台から周囲を見回した。
ここは一番小高い山の上、敵の居場所や様子がよく見える。
レオも同じようにぐるりと視線を巡らせて、しかしまずは敵よりも別のことが気になった。
「……ギルドの施設はどこにあるんだ?」
「やだなあ、レオさん。隠密ギルドがすぐに見付かるような場所にあるわけがないじゃないですか。……施設はここですよ」
笑ったネイが、自分の足下を指差す。
下……つまり地下ということか。
「この山、実は人工的に作られたんです。先に建物を作って、そこに土を盛って山に見せかけてます」
「人工的に作った山!? ずいぶんと大掛かりな……」
「暗殺なんてたくさん恨みを買いますからね、この場所を知られるわけにはいかなかったんですよ。だからできるだけ外界との接点も減らそうと、施設の中でほとんどまかなえるように、小さな街を作ることにしたらしくて。そうすると建物も自ずと大きくなってしまうから、それを隠すために建物自体を山に模したのだそうです」
なんとも派手なことをする。
まあ、暗殺ギルドはその仕事内容ゆえ莫大な金を稼いでいたそうだから、そんな無茶も通ったのだろう。
それだけ大きな施設なら、暗殺ギルドが壊滅した後に流用しようと考えたのも当然だ。
そこまで考えて、レオはまた別のことが気になった。
「今のこの足下の施設は、暗殺ギルドなのか? それとも隠密ギルドなのか?」
「多分隠密ギルドです。そこに一本焼けた杉の木があるでしょう。それ、チャラ男くんが魔法練習の時に燃やしちゃったやつなので」
「なるほど……。このフロアの時間軸としてはその後ってことだな」
どうやらチャラ男も以前はこの施設にいたようだ。
……そう言えば、オネエが言っていた。
このネイがオネエやコレコレの生活の世話をし、捨てられていたチャラ男や真面目を引き取って育てていたと。
つまりこの男は、隠密ギルドの主軸近くにいた人間なのだ。
当時の年齢からしてまさかギルドマスターではなかったろうが、この隔絶された隠密ギルドである程度自由に人を引っ張れるなら、かなりの信頼を得ていたはず。
その真っ当だった人間が、なぜ『死神』になり、さらにはドSかつドMの変態になったのか。
少しだけ気になるが、今はフロア攻略が先決だ。
今度こそレオもネイと同じように魔物の方に意識を向けた。
「倒すべき魔物は二匹か?」
「ここから見える感じだとそうですね。宝箱はおそらく敵の合体回数とリンクしてますから、一つは確実にありそうです」
「逆に宝箱が二個見付かったら、敵がもう一匹いるということだな」
「そうなります。……あ~、こういう時エルドワのありがたみを感じますね~。あの子犬がいれば宝箱の数も敵の数も出口の方向も分かるのに」
「本来はこれが普通なんだ、文句を言うな」
「それは分かってますけどね~」
エルドワが欲しい気持ちは分かるが、それだけ有能だからこそユウトに付けておいた方がレオは安心する。
弟の安全のためなら、自分たちが多少の不便を被るのは仕方のないことだ。それに言葉通り、本来ならこれが普通。久しぶりに自分の勘を頼りに行くしかあるまい。
「一番近い敵は電撃虎系だな。また亜種かもしれんが」
「デカいっすね~。あれ、何か羽生えてません? あいつドラゴン交ざってるかも」
「問題ない。どっちでも特攻がある」
「わあ、レオさん頼もしーい。俺も獣系は得意だからがんばろっと」
「じゃあ、さっそく行くぞ」
とりあえず合体前の魔物なら、トレントよりも手こずることはない。それでもしっかりと気は引き締めて、レオは最初の敵を倒すべく、物見櫓を下った。




