弟、『黒もじゃら』を買い付けに行く
何だか、様子がおかしい。
ユウトは主のいない兄の部屋で、テーブルに座り頬杖をついた。
レオは弟の転移魔石を借りて、朝からひとりで出掛けてしまっている。『王都に行く』と言っていたから、おそらくライネルのところだろう。それならユウトも連れて行って欲しいと言ったのだが、何故が強く拒絶されてしまった。
(ここ数日、僕だけ何か蚊帳の外だし……)
レオだけでなく、ネイも彼の命令であちこちに飛び回り、ルアンすらも何かを知っている様子で動いている。
しかしその理由を訊いても、誰も答えてくれなかった。
(魔工爺様への出資話の件……じゃないよね。だったら僕に言っても何の問題もないはずだし)
今日に至っては、誰も護衛を担当できないから外出するなと言われている。そこまで自分は頼りないだろうか。
レオが帰ってきたら転移ポーチを受け取りに『もえす』に行く予定だが、それまではひたすら待つしかない。
(つまんない……部屋から出られないし。レオ兄さん、早く帰って来ないかな)
何となく心細さを感じてテーブルに突っ伏す。
その感情に、ユウトは酷く落ち着かない気分になった。
こうしてひとり不安な気分でレオを待つ、ずっと以前もこんなことがあったような気がする。
無意識にその頃の妙な息苦しさがよみがえった。
日本にいる時ではない、もっと、前の……。
ふと、ユウトは何かを思い出しかける。
けれど、そこにあるのは断片的で薄ぼんやりとした記憶ばかりで、確固たるものが表層意識に浮上してくる様子はなかった。
「よう、ユウト。どした、何かへこんでる?」
「あ。ルアンくん」
テーブルに突っ伏したまま脱力していたら、扉からルアンが入ってきた。用事が終わったのだろうか。明るい彼女の声に救われる。
「もう、すっごい暇だったの。レオ兄さんはひとりで出掛けるなって言うし」
「兄ちゃんはユウトが可愛くて心配で仕方ない人だからな。でもオレがいればいいだろ。どっか出掛けたいの? 付き合うよ」
「ほんと? だったら冒険者ギルドでクエスト受けたいんだけど、いい? 僕、もう少し冒険者ポイントが貯まれば、ランクCに上がれるんだ」
「あ、それオレもだ。よし、じゃあ今回は雑務クエストにしようぜ。ユウトに危ないことさせて怪我でもしたら、オレが兄ちゃんに怒られるし」
「何で僕、そんな箱入り娘扱いなの……」
「お前が可愛いからだろ」
ルアンに屈託なく返されて、拗ねかけたユウトは妙に恥ずかしくなってしまった。
冒険者ギルドはもう昼過ぎということもあって閑散としている。
残っているクエストは皆が敬遠したものばかりだ。ユウトはその中からランクCの依頼を探した。
「オレはあんまりこのくらいの時間に来ないから、こういう外れ依頼ばっかりの依頼ボードって変な感じだな」
「ルアンくんはあの混雑もすいすい通り抜けちゃうもんね。僕はあの喧騒を見てからは時間ずらしちゃってるから、いつもこんな感じ。でも、ちょっと難易度高めなのが残るから楽しいよ」
「確かに頭使う系が残るから、ユウトにはいいかもな」
ルアンも隣でボードを眺めている。
「あの兄ちゃんもこのレベルのクエスト受けてんだよなあ……。速攻だろ、コレ」
「ん-でも、クエストは基本的に受けるのもこなすのも僕がメインで、兄さんはあんまり手を出さないんだよね。口は出すけど」
「そっか、依頼はユウトの修行に当ててんだな。兄ちゃんに教えられてたら、めっちゃ強くなりそう」
「ネイさんだってかなり強いし、それを言ったらルアンくんもでしょ。ルアンくんは素質があるから強くなるってネイさんもレオ兄さんも言ってたし」
「マジで!? うわ、それは嬉しいなあ」
ユウトの言葉に彼女は素直に喜んだ。こういうすかしたりひねたりしていないところも2人に評価されるところだろう。素直さは修行する上で思いの外重要なファクターなのだ。
「そういうの本人からじゃなくて人づてに聞くと、余計張り切っちゃうんだよな。あーがんばろ。んでユウト、どの依頼受けんの?」
「兄さんが帰ってくるまでにはリリア亭に戻りたいから、3時間程度で終わるクエストがいいんだけど……ランクCにはちょうど良いのがないんだよね」
「オレと臨時パーティ組めばランクBまでいけるぞ。雑務クエストならそのくらい大丈夫だろ」
「あ、そうか。パーティリーダーのランクで受けられるんだもんね」
ルアンのランクはCだから、Bの依頼は受けられる。
冒険者ポイントも多く受け取れるし、これはありがたい。
ユウトはランクBのクエストにも目を通した。
その最中に、ふと知った店の名前を見つける。
「……あれ? この依頼って……」
「『魔法道具店シュロの木』……路地裏の爺さんがやってる店だな」
「うん、魔工のお爺さんのとこだ。ええと……『魔法植物ファームで黒もじゃらの買い付け』……黒もじゃら?」
「うわ、『黒もじゃら』か……。どう説明したらいいんだろ、黒くて触手のうにょうにょしたもじゃもじゃなんだよ。すごい速さで移動するし、めっちゃウゴウゴしてるのに、植物扱いなんだよな……植物の定義とは何ぞや……」
「何かよく分かんないけど、お爺さんの依頼なら受けてみようかな。緊急って書いてあるし、推奨職種も魔法使いみたいだしちょうど良い」
ユウトは躊躇いなく依頼用紙を外すと、ルアンと一緒に窓口に向かった。ガラガラなのでリサのところに行く。
「こんにちは、リサさん」
「いらっしゃい、ユウトくん。ルアンと一緒にクエスト? ……あら、この依頼は……」
「緊急みたいだし、知ってるお店だし、受けてみようと思って。何か問題ありそうですか?」
「ううん、そうじゃないの。これ、ついさっき身体に書類巻き付けた筋肉もりもりのごっつい女の人が持ってきた依頼なんだけど、緊急だから今日中に引き受けてもらえれば報酬上乗せするって言ってたのよ。本当に急いでるみたいだったからちょうど良かったわ」
どうやらミワが魔工爺様の代わりに依頼を持ってきたらしい。しかし、身体に書類を巻き付けているって、どういう状況だろう。
「母さん、オレとユウトで臨時パーティとして処理お願い」
「はいはい、パーティ登録ね。……これでOK。魔法植物ファームの場所はルアンが知ってるから大丈夫ね。とりあえずその前に、『シュロの木』で詳細を聞いてちょうだい。買い付け用の代金もそこで渡されるわ」
「分かりました」
雑務クエストは基本的に、依頼主のところで詳細を聞くのが常だ。
だからこの時点では、お使いをするのだろうということくらいしか分からない。
だが、ただのお使いではわざわざランクBにするわけがないはずで。それがちょっと心配ではあるが、やるしかないのだ。
2人は椅子から立ち上がると、リサに挨拶をして冒険者ギルドを出た。
「……まさかお前さんが来るとはな」
『シュロの木』につくと、魔工爺様がユウトを見て苦笑した。
そこには一緒にミワもいて、やはり身体に書類を巻き付けている。なんぞコレ。
「おう、弟! 可愛い少年連れてんじゃねえか。ちんまいの2人並ぶと和むな」
「この子は少年じゃないです。女の子ですよ。ルアンくんです」
「ルアン? あー、タイチが言ってた狐目の弟子か。女の子だったんかい。でもなかなか良い見た目だな、弟子。学ラン着んか、学ラン」
「学ラン?」
「ミワ、そういうのは後にしてくれ。せっかく依頼を受けて来てくれたんだ、仕事をお願いしよう」
魔工爺様がミワの前に割り込んできて、仕事の説明を始めた。
「お前さんたちには、ザインの街の南端にある魔法植物ファームに行って、『黒もじゃら』を2つ買ってきて欲しいのだ。あそこには農場主がいるから、そいつに直接交渉してくれ。おそらくウチの名前を出せば売ってくれる」
「分かりました。……ただのお使いでいいんですか? 魔法使い推奨だったから、何かあるのかと思ってたんですけど」
「あ、お前さん魔法植物の買い付けは初めてなのか。向こうで詳しく説明されると思うが、一応ざっくり説明しておこう」
そう言うと、魔工爺様は手で50センチ四方くらいの四角を象った。
「『黒もじゃら』はこのくらいの大きさの、触手植物だ。人間の気配が嫌いで、すぐに逃げてしまう。ファームでの買い付けは、そいつを捕まえることも込みなのだ」
「オレ、以前親父たちと魔法植物採取のクエストやったことあるけど、あれマジで面倒臭いんだよな。すごい反抗してくんの。後は隠れたりとか、状態異常掛けてきたりとか。『黒もじゃら』はその面倒臭い系の中でも一・二を争う厄介さだって聞いたことあるぜ」
「『黒もじゃら』は逃げ足が実に速い。狭い場所に追い込んで、5人くらいで囲んでようやく捕まるくらいなのだ。そこに至るまで、3・4時間は走り続ける羽目になる」
「3・4時間……!?」
やばい、そんな体力ない。ユウトが青ざめていると、魔工爺様は『大丈夫』と言った。
「これは、魔力のない者のやり方だ。もうひとつ、魔力を使って釣る、という方法がある」
「釣るって、『黒もじゃら』をですか?」
「魔法植物のエサというか、肥料になるのは、世界に満ちるマナと人間の魔力だ。奴らは人間嫌いだが、その魔力の相性によってはおびき寄せることができるのだ」
「あ、だから魔法使いを推奨してたんですね」
「まあ、上手くいくかは五分五分だがな。とにかく頑張ってみてくれ。細かい捕まえ方は農場主が教えてくれる」
「了解です」
ユウトは頷いて、代金を受け取った。
それを確認したミワが、魔工爺様と並んで腕を組む。
「じゃあ、弟と弟子が『黒もじゃら』を持ってくるまで、私らもアレの仕上げしとかないとな」
「そうだな、いつまでもその書類をお前の腹巻きにしているわけにもいかん。早めに完成させよう。お前たち、今日の夕方までに『黒もじゃら』を持って来れたら、冒険者ポイントにもボーナスを入れてもらうようにしておく。頼んだぞ」
「それは嬉しい! ユウト、ランクアップ目指して頑張ろうぜ!」
「そうだね」
次のランクに上がるのは、2人のモチベーションだ。
ユウトとルアンは頷き合うと、『黒もじゃら』持ち帰り用のカゴを持って魔法植物ファームへ向かった。
 




