兄、カードキーをクリスに託す
エルダールではカードキーを作る技術は存在しない。やはりエミナは魔法術式技術が進んだ国だったのだ。
レオはしばしそれを眺めると、ユウトに声を掛けた。
「ユウト、さっき手に入れた翻訳眼鏡を貸してくれ」
「うん、どうぞ」
弟に差し出された眼鏡を掛けて再びカードキーを見る。
するとその表面には、『重要機密資料室』と書かれていた。
さらに裏面を見ると、『リインデル術式研究所所長以外使用・立ち入り不可』とも書かれている。
「これは……」
「何、何? 何が書かれてるんだい?」
レオがその文字を確認していると、すぐにクリスが飛びついてきた。きらきらした瞳で必要以上にぐいぐい近付いてくるのを、鬱陶しく思い押し返す。
しかし当然そんなことで怯まないこの男は、押し返す手をガッシと掴んできた。
「私にも是非見せてくれないかな? とても興味があるんだけど」
「チッ……ほらよ」
拒んだところでどうせ引く気はないのだろう。
レオは不毛な問答をするよりも、さっさと眼鏡とキーを渡してしまう。どちらにしろクリスに相談するべき内容ではあるし、見せてしまった方が早い。
それを嬉々として受け取った男はさっそく眼鏡を掛けると、ひときわ目を輝かせた。
「重要機密資料……! なんて魅惑的な言葉だろう!」
「裏も見ろ」
「リインデル術式研究所所長以外使用・立ち入り不可……へえ」
「それ、機密資料の保管されている部屋の鍵なんですか? こういうカード型の鍵って、俺はあまり見たことがないんですけど」
「まあ、エルダールにはこの技術はまだないからな」
レオだって日本に行った経験がなければ、ぱっと見では分からなかったに違いない。
エルダール国内ではアナログな鍵か、魔法によるパスワードの鍵しか存在しないからだ。それ以外にもゲートで特殊な鍵に当たることはあるが、カード形式は見たことがなかった。
しかしクリスはその存在を知っていたようだ。カードキーを眺めながら口を開いた。
「一部の高位魔族は、カードキーを作れる者もいるらしいよ。術式の暗号化が難しいんだけど、ジードあたりなら作れるんじゃないかな」
「へえ! ジードさんってやっぱりすごいんですね。……でも、わざわざカードキーにする理由って何なんでしょう?」
「アナログな鍵は簡単に複製できるし、パスワードはそれ自体を知られれば誰にでも入られてしまうだろう? しかしこのカードキーは複製が非常に困難な上に、使用を許可された者しか使えないんだ」
「使用を許可された者……」
やはり当たり前と言えば当たり前なのだが、日本で見たカードキーとは仕様が違うようだ。あくまでそれを構成しているのは術式。
クリスの話を聞いて、レオはそのカードの裏に書いてあった文言について確認した。
「クリス、リインデル術式研究所所長以外使用・立ち入り不可、ってことは、俺が持っていても使えないってことか?」
「うん。このカードはリインデル術式研究所所長しか使えない。使用・立ち入りの『禁止』でなく『不可』っていうのは、そもそも許可した者以外にはカードが正しく反応しないんだ」
「えっ。それじゃあ、そのカードキーは僕らの手元にあっても意味がないんですか?」
クリスの説明が本当なら、もはやリインデルの研究所所長なんて存在しないのだし、万が一機密部屋を見付けても開けることはできない。
つまりせっかく見付けたカードキーだが、何の役にも立たないということだ。
それにユウトが眉尻を下げたが、しかしクリスは否定も肯定もせずににこりと笑った。
「どうかな。私としては、まだ一考の余地はあると思うんだけど」
「一考の余地ですか?」
「うん。そもそもリインデル術式研究所所長とは、何をもってして判断されるかということだよ。個人名でなく役職で指定されているということは、歴代所長に共通する判断材料があるということだ」
「歴代所長の共通点……? 単に所長バッジでも着けてたんじゃないのか?」
「重要機密を守る鍵が、そんな簡単に代替可能なものを発動条件にするわけがないじゃないか。……私は、所長を判別する条件に使われていたのは、『血』だったのではないかと思っている」
「……血? つまり、歴代所長は同じ血……同じ一族だったって事か?」
「そう。まあ、あくまで推測だけどね」
確かに組織の役職が世襲制であることは珍しくない。
しかしそれは根拠のない推論だ。答えとしてはあまりに弱い。
そう考えてレオが同意しかねていると、クリスは苦笑しつつ自身の推測の根拠を口にした。
「私はさっきリインデル術式研究所の残骸を見て、どうしてその名を次代に残したのかをずっと考えていた。そして、お爺さまがなぜ私だけを生き延びさせようと加護を与えたのかも。……それは全て、リインデルの研究を私たちに託すためと、その研究内容にアクセスするためのキーが私の中にあるからではないかと考えたんだ」
「あんたの中にキーが……? そうか、リインデルの代々の村長が術式研究所所長の末裔だとすれば……! リインデル村長がクリスを唯一生き残らせたのは、あんたの命を守りたいのももちろんだが、世界を救うキーとなる血の持ち主だったからなのか……!」
「あくまで当て推量で、確定ではないよ」
推論だとしても、これは確かに一考の余地がある。
どうせこのカードキーは他の者が持っていたところで何の役にも立たないのだし、もしもクリスにも反応しなかったとしても、構わず試すだけ試せばいいだろう。
レオはクリスの手から眼鏡だけ回収し、カードキーは彼に託すことにした。
「そのカードキーはあんたが持ってろ。おそらくゲート内でしか使えないし、あんた以外使える可能性もないからな」
「うん、ありがとう。ただ偉そうな考察をしたけど、あくまでこれはゲート内での作り物で、実際とどれだけリンクしているのか分からないけどね」
「分かっている」
それでも、だいぶ本物の過去が投影されているのは間違いない。
宝箱から出るアイテムはリアルで、フロアにあるアイテムは虚構だけれど、例えばリアルなエミナ語翻訳眼鏡で虚構のエミナの文字が読めるということは、この文字は虚構でありながら過去の投影なのだ。
だとすればおそらく今後のヒントになることは多い。
試行錯誤も無駄ではないはずなのだ。




