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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、フロアの中心で弟可愛いを叫ぶ

 トレントに向かって行くと、周囲の根と枝のほとんどがレオに照準を合わせたのが分かった。

 いや、正確に言うとレオではなく、後ろに背負ったユウトを狙っているのだ。


 子犬を目掛けた枝と根が、すぐにさっきまでのレオのスピードに合わせたタイミングで襲ってくる。しかし今のレオのスピードには、まるで追いついてこれない。データにない速さによる誤差だけではなく、動きが予測できたところで反応速度が間に合わないのだ。


 さらに集中すれば、レオには襲ってくる地中からの根の一本一本の殺気まで感じ取れる。トレントの、木魂の、次の軌道が見える。

 何かの限界を突き抜けたような奇妙な高揚感に支配されながら、レオはトレントの正面に迫ると足を止めた。

 そのまま流れるような動きで抜剣する。

 同時に、背中でエルドワがリュックから飛び出したのが分かった。


「はぁっ!」

「アン!」


 ぐっと地を踏みしめて、白刃一閃。

 絶対の自信を持って横に振り抜いた剣は、トレントを一刀のもとに両断した。


「キュン」


 その次の瞬間には、凝縮された地獄の業火のような激しい炎が、切り離された魔物の身体を一瞬で焼き尽くす。こんな小さな子犬の姿でも、魔法石を介したユウトの魔力は凄まじいようだ。

 トレントが消し炭を通り越して灰になるのを、レオは感嘆と共に眺めた。


 足下では着地したエルドワが、バリンバリンと音を立てながら何かを食っている。霊魂とは咀嚼できるものなのか、と思いつつも、周囲から一切の殺気が消えたことで、全ては上手くいったのだとレオは理解した。ようやく、ひとつ息を吐く。


「……やった! 勝ったあ、レオさん! 一時はどうなることかと!」

「三人とも、お疲れ様! これでようやく次の階に進めるね」


 鋭さを消して剣を収めるレオの元に、ネイとクリスが駆け付けてきた。上空を飛んでいたキイとクウも降りてくる。

 皆一様に人心地ついた顔だ。まあ当然か。

 しかし周囲を見回したネイが、すぐに何かに気付いて緩んだ表情をわずかに引き締めた。


「あー……レオさん、まだユウトくんのこと地面に下ろさない方がいいかも」

「……何だ?」

「戦利品のアイテムドロップがないです」

「ん? ……言われてみれば……」


 確かに、アイテムどころか魔石も落ちていない。

 このゲートの成り立ちは世界の理に沿っていないから、そもそもアイテムドロップがない仕様なのかもしれないが、魔物の魔力の構成要素である魔石も落ちないのは不自然だ。

 ではなぜ落ちていないのかと考えれば。


「……まだ戦闘は終わっていない?」

「かも、です」


 つまり、トレントは生きている。

 レオは未だその場に形を残したままの下半分、すぐ近くにある根と切り株を見下ろした。

 もはやぴくりとも動かないし、殺気も全くないのだが。


「魔物の核はエルドワが噛み砕いたはずだぞ」

「まあ、そうなんですけどね。植物系の魔物って生命力が強くて、根っこが残ってるとそこから新たな魔物が再生成されることがあるんですよ。……こういう話はクリスさんの方が詳しいと思いますけど」


 ネイに水を向けられたクリスは、切り株に近付いてふむ、とひとつ頷いた。


「ネイくんの言う通りかも。植物系は魔物の核を失っても、根に多少の魔力が残っていれば現状を維持したまま周囲から養分を集めて、やがて新芽を出し、核を再生成することがあるんだ。おそらくこのトレントも魔物としての体裁は失ってしまったけど、まだ生きている」

「逆に言えば今は一応生きているというだけで、もう魔物ではないと考えていいんだな? その辺の草木と同じなら、俺たちが魔物の気配を感じ取れないのも頷ける」

「うん、今は魔物じゃないね。核がなければ攻撃意思は生まれないし、敵味方の別もない。感覚としては一般木と同じだ。……ただネイくん同様、私もユウトくんをまだ地面に下ろしてはいけないと思うよ。ユウトくんは魔性植物にとって、一瞬で新芽を芽吹かせるほどのごちそう魔力の持ち主だからね。栄養分として地中に引き込まれる可能性がある」


 そう言いつつ、クリスは憎悪の大斧を取り出す。

 そしておもむろにそれを振りかぶり、何も言わずに切り株に打ち下ろした。


「あっ、おい、何を……!?」


 レオが制止する間もなく、斧の刃が薪割りのような小気味の良い音を立てて、切り株を両断する。その割れ目は地中に埋まる主根にも到達し、そのまま地下まで突き抜けた。

 どうやらクリスは、トレントに引導を渡したようだ。

 切り株は斧の切り口から放射状にひびが入り、やがて枯れ木のように干からびた。

 そしてここに来て、ようやく周囲にアイテムがドロップされる。

 これで間違いなくトレントを倒したということなのだろう。


「うぐっ……!」


 一方で魔物討伐の完遂と同時に、クリスが勝手にダメージを受けて膝をつく。

 彼の見立て通り、この一撃で憎悪の大斧のヘイトが上限値を超えたらしい。自分の与えた痛手と同じダメージを食らったらしく、ごっそりと体力を持って行かれたようだ。


 しかし本人は項垂れながらも特に下手を打ったつもりもないようで、ふむふむと何かを納得しながら笑みすら浮かべていた。


「……おい、クリス。何わざわざ憎悪の大斧を使って勝手にダメージ食ってんだよ」


 特に気遣う声を掛ける気はない。だってこの男は、こうなることが分かっていてわざと斧を使ったのだから。

 それでも一応上級回復薬を渡してやると、クリスは礼を言ってそれを受け取り、一気に飲み干した。


「再生に必要な魔力は主根に溜められているんだよ。その地中の貯蔵場所まで攻撃を届かせるなら、特攻のある斧が最適じゃない? 剣よりも深くまで重い衝撃が届くからね」

「別にキイとクウの力で引っこ抜いて、エルドワに食わせても良かったんだぞ」

「まあそうなんだけど」


 体力が回復したクリスが立ち上がり、悪びれなくにこりと笑う。


「憎悪の大斧の返りダメージを実際に体感しておくのに、ちょうど良かったんだよねえ。戦闘中だと難しいタイミングもあるし、君たちが見ててくれれば何かあってもどうとでもなるでしょ」

「やっぱりそういう理由か……」


 事前にレオに了解を取ろうとすると止められるから、勝手に決行したのだろう。全く、柔和で物わかりの良さそうな顔をしながら、本当に何かと言うことを聞かない男だ。


「とりあえず、体力を持って行かれるだけで外傷はないみたいだ、ありがたいね。どこかに肉体的損傷があると、回復薬だけでは復帰できないこともあるし」

「与えたダメージと全く同じ種類のダメージを食う仕様だったら、あんた頭から真っ二つだったぞ。危ねえな」

「そうだねえ。でもわずかな体力は残ることになってるから、死にはしないでしょ」

「あんたの楽観主義はどこまでゆるゆるなんだよ……」

「キュン! キュンキュン!」

「ほら見ろ、ユウトも怒ってる」

「うん。怒ってるユウトくんも可愛い」

「何!? 俺も見たい!」

「はい、どうぞ」


 上手いことクリスに話を逸らされてしまったけれど、それは置いておこう。ずっと背中に背負ったままで、さっきからユウトの可愛いを見ていないのだ。

 子犬を落とさないようにクリスにリュックを支えてもらって、ショルダーストラップから腕を引き抜くと、レオはようやく弟を振り返った。

 同時にユウトもクリスによってこちらに正面を向けられる。

 子犬のつぶらな瞳とかち合って、レオは腹の底から雄叫んだ。


「可愛い!!!!!!!!!!」

「ユウトくん、もう怒ってないけどね」

「とりあえずさっき叱られた時に見たから良しとする! ユウト、キリッとした顔してくれ!」

「キュン」

「可愛い!!!!!!!!!!」

「レオさん声でっか。テンション上がってんね~」


 ネイがドロップアイテムを拾いながらニヤニヤと揶揄してくるが、気にしない。

 レオはさらに足下にいるエルドワを抱き上げると、ユウトの入っているリュックに一緒に入れた。

 二人が入るには少し小さいリュック、そこにみっちりと詰まったころころもふもふ。入りきらない前足がこぼれているのがまたたまらない。


「クッソ可愛い!!!!!!!!!! クリス、そのまま動かすな!」

「はいはい」


 レオはカメラを取り出すと、可愛いを思う存分写真に収めた。ゲート攻略のために厳選した所持品の数々、そこからカメラを外さなくて正解だったと昨日の自分を褒めたい。

 よし、帰ったら子犬ユウト専用のアルバムも作ろう。そうしよう。


 しばらくそのまま撮影会が続いていたけれど、やがてレオがユウトの可愛いを写真に収めることに満足すると、それに付き合っていたクリスが苦笑した。


「レオくん、トレントを倒した時より達成感のある顔してるんだけど」

「ユウトくん、そろそろ犬耳取ったら? このままだと埒があかないし、レオさんも一応は満足したみたいだし」

「キュン。……はい、ようやくこれでこのフロアから移動できますね」

「少しぶりに見るユウト可愛い!!!!!!!!!!」

「レオさん、テンション戻して」


 人間に戻ったユウトももちろん可愛い。思わずぎゅうぎゅうと抱きしめるとネイに突っ込まれた。


「とりあえず、トレントのドロップ品を渡しますね。トレントの樹液が二つと、特上魔石が二個です。数は少ないけど、ランクに見合った戦利品かな」

「へえ、トレントの樹液か! 従来のトレントが落とすものより強力だろうね。効能は損壊した細胞組織の修復かな。身体のあらゆる欠損を治してくれるからこの先きっと役に立つよ」

「特上魔石も二個か。もう少し転移魔石が欲しかったからありがたい」


 トレントがドロップしたものは、当然稀少アイテムだ。

 特に樹液は、体力回復では追いつかない外傷の時に役に立つ修復アイテム。このランクSSSゲートにおいては、お守り薬として持っておいて損はない。

 ネイはそれを魔石と共にレオに手渡した。ドロップアイテムはこれで全部だ。

 しかしそう言ったのはこの男だったはずなのに、ネイは更にもうひとつのアイテムをレオの手のひらの上に置いた。


「……それから、ドロップ品とは別にトレントの切り株の隙間からこんなものが見付かりました。おそらく何かのキーアイテムかと」

「これは……カードキーか?」


 レオの手に乗せられたのは、エミナの言葉で何かが書かれたカードキーだった。


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