弟、筋肉をうらやむ
「レオさん、ユウトくんに感謝するのはいいですけど、まだ戦闘中ですよ。向こう側は爆炎爆雷の嵐ですから」
「おそらくこれだけの出力をした後では、すぐにまた大きな攻撃を仕掛けてくることはないと思うけどね。でも、再び力を溜め込まれる前にどうにかしなくちゃだよ、レオくん」
ネイとクリスに窘められて、レオは渋々ユウトを放した。
結局記憶の中からは何も引っ張り上げることができなかったけれど、今は確かにそれどころではない。
最後に名残惜しく思いながら弟の頭を撫でて、レオはクリスたちに向き直った。
とりあえず全員、ダメージを受けた様子はなく安堵する。
特にクリスは、危惧した割に何の影響もないようだった。
「クリス、あんたよく落とし穴に落とされなかったな?」
「うん。君たちと違って、これまで私だけ戦闘中に地面の上を移動していなかったからね。とっさの時のステップの癖を読まれていなかったんだと思う」
「やっぱりかあ~。途中の煮え切らない攻撃から、トレントが俺たちの動きの詳細なデータを取ってる予感がしてたんだよなあ。だから意図的に歩調を変えてたんだけど。あっちのが俺たちより上手だったってことか」
「地面に着地した私の足下にだけ落とし穴が現れなかったことで確信したよ。君たちは狙って落とし穴の上に移動させられたんだ。実際、沈下無効がなければ全員串刺しだったもんね。……私の場合、癖を読まれたというよりは予測から、回避して二つ隣の足場に移ると考えられていたみたい。だから地面に降りたのはトレントの予想外で、落とし穴も準備されてなかったんだ」
そう言ったクリスは苦笑しつつ肩を竦めた。
「まあ地面に降りたのは、散らした木の葉を踏んで偶然足を滑らせたせいで、足場に移ってたら木の枝に刺されるとこだったんだけど。……こういうのが、お爺さまのくれた加護なのかもね」
「……なるほど。あんたが無事だった理由は分かった。だが癖を読まれていたのが本当なら、俺たちの動きは全て先読みされてしまうことになるな。狐の動きも察知しているとなると、今後はフェィクも効かないと考えて間違いないだろう」
「そうなると、全員ユウトくんの置いてくれる足場を使って移動するしかない感じですか?」
地面を移動するとどうしてもトレントに察知される。それを危惧したネイが訊ねると、ユウトが首を振った。
「ネイさん。残念ながら、僕の足場は今あそこで全部粉々にされてます。代わりになるものは何個かあるけど、形はまちまちですし、足場に向かないですよ」
「うわー、そっか。今ザクザクやられてるもんね。……こうなると、攻略は更に難しくなるなあ」
「キイくんとクウくんの背中に乗って空から行くとか? ……いや、無理か。人を乗せていては二人の動きが遅くなる上に、私たちは近距離攻撃が主体だから逆に彼らを危険にさらしてしまうもんね」
「……攻撃をするのが難しいのは確かだが、どうにか方法を見付けて、やるしかない。ユウトの魔法障壁が護ってくれている間に次の手を考えるぞ。何でもいい、戦っていて気付いたことはないか」
障壁の向こうでは、未だ嵐が吹き荒ぶ。つまりはそれだけトレントの含有魔力量が馬鹿でかいということだろう。
その攻撃にさらされているならとんでもないが、今はその魔力を出し尽くすまで時間があるのがありがたい。その限られた時間で、どうにか打開策を見出したいところだ。
「エルドワ。キイ、クウも。何か思うところがあったら言ってくれ」
レオがそう請うと、獣化していたエルドワたちが人語を話せる姿に変化した。
久しぶりに見る大人の人化エルドワは、以前よりさらに大きくなって、男らしい精悍な顔立ちをしている。レオを見下ろす身長は二メートルほどありそうだ。その体格のたくましさに、ユウトが目を輝かせた。
「わあ、エルドワ前よりすごい筋肉! いいなあ」
「ユウト、なんか小さくなった?」
「なってない! 大人になったエルドワが以前より大きくなったの! ……ああ、僕もこんながっしりした腕になりたい……」
ぷりぷり怒りつつも、それ以上に筋肉への羨望があるようだ。ぺたぺたと熱心にエルドワの腕を触っている。
それに思わずジェラシーを感じるレオだが、もちろん今はそんな場合ではない。
肩に手を回してユウトを自分の方に引き寄せながら、レオは再び皆に問いかけた。
「小さなことでもいい。何か対トレントのことで気付いたことはないか?」
すると、小竜に変化したキイとクウが口を開いた。
「レオ様。この戦闘エリアについてなのですが」
「クウたちが飛び回ってみたところ、この空間は完全に球体のようです」
「球体?」
「はい。トレントを中心に、全ての境界の場所が等距離だということです」
「もちろん地下まで確認したわけではありませんが、おそらく間違いないかと」
「あ、もしかしてそれって、エリア自体がトレントの根や枝が届く限界距離ってことかい? 全ての場所が射程内ってことだよね?」
「枝は根に比べるとだいぶ射程が短いようですが、おおむねそう考えて良いと思われます」
すぐに察したクリスが訊ねると、キイとクウは一言添えて頷く。
「逆に言えば、根はこれ以上の長さにはならないということです。例えば、今レオ様方がいるこのエリアの端まで攻撃を届かせようとすれば、こちらに向かってまっすぐ切っ先を伸ばしてくるしかやりようがない。複雑な動きをするには長さが足りないからです」
「そうなると移動する対象を追撃する余裕もなく、命中率が著しく低下します。だからこそ最初も、ある程度の距離に皆様が近付いて命中精度が上がるまで、攻撃を仕掛けて来なかったのではないでしょうか」
「おそらく本体の側で受けたあのような複雑で連携のある攻撃は、それなりに根や枝の動きに余裕のできる近距離でしかできないのだと思われます」
竜人二人の説明は、確かに理に適っていた。
そもそも、トレントが根の届く目一杯までエリアを広げたのは、攻撃範囲を考えてというよりは、できるだけレオたちのデータを収集するためだったのだろう。もっと力のみのごり押しで行くつもりなら、最初からエリアを狭めて作ればいいはずなのだ。
しかしおそらくトレントは周到にこちらを観察し、幾重にもフェーズを設け、罠を仕掛けて、レオたちが近距離にいる間に確実に仕留められる算段をしていたのに違いない。その知能を使って。
それが、今になってあだとなったのだ。
レオたちがこうして退避できるスペースを許す羽目になった。
そう考えると、トレントが下手に知能が高く用心深かったことが、こちらにとっては勿怪の幸いだったということだ。
……まあ、かなりヤバい状況であることにかわりはないのだが。
その思いは皆一緒で、ネイが眉間にしわを寄せながら唸った。
「うーん、距離を大きく取れば攻撃の回避が可能なのはありがたいんだけど……。問題は、俺たちも近距離じゃないとダメージを与えられないってことなんだよねえ」
「だよね。結局私たちはトレントに近付くしかない」
さて、ここからどうするか。




