弟、魔法石の効果に感嘆する
魔法石は、昔レオも王宮の宝物庫で見たことがある。
大体が祭祀用の魔法の杖の先に付いているか、過去の大魔法使いが使っていたという杖に付いていた。
属性は四つ。いわゆる四大、地・水・火・風があり、それを組み合わせることで更に雷・氷・爆裂など様々な派生属性を作り出せる。
基本的にかなり高価なものなので、全属性を揃えているものはそうそうないのだが。
「魔法石がはまっているからには、おそらくこのリュックはユウトくんが使うものなのかな。でも珍しいなあ、魔法石って大体杖か腕輪か指輪か……魔法使いの攻撃アイテムに付くものなんだけどね」
「そうなんですか? 色違いで四つも魔法石が付いてますけど、背負ったままじゃ攻撃に使えないですよね?」
「だよね……。せっかく全属性揃ってるのに、使い道がよく分からないんだよなあ」
そう、ユウトの持つリュックには全属性の魔法石がはまっている。
四つが横一列に並んだ状態で、一度リュックに穴を開け、そこに魔法石をはめ込んだ作りをしていた。
……まさか透明度の高い魔法石を通して中身を見ることができるという、ただの装飾だったりするまいな。だとしたら、高価なだけで役に立たない売っ払いアイテムだ。
「とりあえず持ち帰って、ウィルさんに効果を鑑定してもらおうかな。クリスさん、一応魔法石のことについてだけ教えてもらって良いですか? 僕しか使えないって言ってましたよね?」
「うん。魔法石はある程度魔力が強くないと使えないんだ。ある程度と言っても、基準はかなり高い。冒険者で言うとランクSの主力として戦える魔法使い相当かな。だから過去に魔法石の付いた武器を持っていたのは、大魔法使いと呼ばれた人ばかりなんだよ」
普通に考えればかなり厳しいが、この基準はユウトなら楽々クリアできる。
そしてこの高い最低基準を超えた者だけが、魔法石の恩恵に与れるのだ。
「魔法石は基本的に属性物質のみで安定していて、凡庸な魔力や呪いは通さずに全て遮断してしまう。そのため、魔除け石としても効果がある。でもこれはもちろんメインじゃないよ。一番の特徴は、遮断できないほど強い魔力を注ぐと、高性能の変換器と増幅器になることなんだ」
「変換器と増幅器、ですか?」
「そう。……ユウトくんはマルセンくんに魔法を習ったんだよね? だったら魔法がどうやって発動するか、そのやり方と仕組みは教わっただろう?」
「あ、はい。まずは精霊と契約をして、対価として差し出す魔力に応じた魔法を精霊に発現してもらうんですよね」
「うん。つまり、魔法の発現には周囲にいる精霊の力を借りているわけだ」
ユウトは精霊から特別扱いを受けているから、わざわざ契約をしたのは主精霊くらいだ。しかし、本来は小さな火の玉ひとつ撃つだけでも契約と詠唱が必要なのが、魔法というもの。
言うなれば、精霊ありきの力なのだ。
「逆に言うと、精霊のいない場所で魔法は発動できない。まあそこまで行かなくても、マナが希薄で精霊の少ない場所では魔法の威力がガタッと落ちるよね。でも高ランクで戦っていると、そんなことは言っていられないだろう? そこで魔法石の出番なんだ」
「魔法石があると、精霊がいなくても大丈夫ってことですか?」
「うん、そう。実は魔法石に魔力を通すと、精霊を介さなくてもその属性に応じた魔法に変換されるんだよ。魔法発動が自分ひとりだけで完結するってことだね」
「ああ、自分の魔力が、直接魔法に転化されるということですね! ということは、魔法石があれば環境に左右されず、常に安定した火力が出せるわけですか」
クリスの説明を理解したユウトは大きく頷く。
確かに精霊の祠が閉じられてマナが希薄な土地に行っていた頃は、ユウトの魔力の割には大きな魔法は発動されていなかった気がする。それは弟が一番実感していることだろう。
おそらくは魔力が強い者ほどその違和感を抱えていて、だからこそ魔法石の有用性に納得するのだ。
もちろん精霊を介するからこそ使える魔法もあるのだから、どちらも重要であることにかわりはないのだけれど。
「魔法石は、その火力を増幅してくれる効果もあるんだ。平時は純粋な魔属性物質として安定してるけど、魔力を通すと結晶が反応して活性し、注ぐ魔力が強いほど変換された魔法の威力は倍々になる」
「へえ、すごいですね! 高ランクの魔法使いが使っていたというのも納得です」
「強力な分コントロールは難しいらしいけど、属性の組み合わせで独自の派生魔法も発動できるし、とても良い物なんだ」
「そんなにすごいものだったら、やっぱり武器として欲しかったなあ……。なんでリュックなんでしょう?」
「それは謎だよねえ」
ユウトの問いに、クリスは苦笑した。
「まあ最悪、戦闘中にリュックを背中側じゃなく前側に掛けて戦ってもいいかもしれないけど」
「……めちゃめちゃ動きづらそう……。とりあえず今は背負っておきます。魔除けになるなら、一応装備しておくだけでも良さそうですし」
戦闘時に使うのは難しいと判断したのか、ユウトはリュックを背負うことにしたようだ。ショルダーベルトに腕を通す。
……なんだろう。弟用にしては肩紐が少し長いように見えるのは、気のせいだろうか。
レオにはそれがちょっと引っかかったけれど、当のユウトは気にした様子もなくこちらを見た。
「よしっ、次こそはレオ兄さんの武器が出るまで頑張ろうね」
「……いや、どう考えてもやめておいた方がいいだろ。せっかくの宝箱が無駄になる。次に首輪とリードが出たら洒落にならん」
「あ、首輪に魔法石が付いてたら攻撃に使えないかな」
「お前に首輪などさせん! 絶対だ!」
いや、何で首輪を着けることに乗り気なんだ。
レオとしては趣味を疑われるし、何より昔のことを彷彿とさせるから絶対にユウトに着けさせる気はない。
兄は即座に断じた。
「さっきも言ったが、俺は今の武器に不満はない! 次の宝箱に俺は手を出さんからな! ……話が終わったなら、さっさと行くぞ!」
強制的に話を切り上げて、皆を促す。
そうしながら、ついユウトのうなじに手が伸びた。
……昔の首輪の痕がないか、不安になって確認してしまったのだ。
……大丈夫、そんなものはもう疾うに消えている。
ユウトの記憶の中からも、消えているはず。
くすぐったそうに首を竦める弟を見て、兄はようやく安心する。
「……次は戦闘になるからな。油断するんじゃないぞ」
「ん~、敵のドロップでレオ兄さんの武器出ないかなあ」
「いらんと言ってるだろう」
レオはユウトのおでこを軽く人差し指で弾くと、今度こそ敵の方へと気持ちを切り替えた。




