兄、弟わんこの可愛さに片膝をつく
「これ、レオくんの趣味?」
「そうです」
「勝手に肯定すんなクソ狐。言っておくが俺はちゃんとユウトを護る力を得るためのアイテムで、何かいい感じのやつと願った」
「……いや、レオくん、それアバウトすぎない?」
「えー、だからレオさんはこの犬耳装備したユウトくんを見ると力がみなぎるって事でしょ?」
「今の可愛いユウトを見てるだけで十分みなぎってるわクソが!」
犬耳のカチューシャの出現で、レオの趣味を疑われているのが不本意だ。
もちろん犬だろうが猫だろうがユウトなら何でも可愛い兄だが、断じてこれを願ったわけではない。
生温かい視線を送ってくるクリスと、にやにやしているネイが殴りたいほど腹立たしい。
「まあとりあえず、一度ユウトくんに装備してもらったらどうかな。何か特別な効果があるかもしれないし」
「そうですね~。昔似たアイテムを手に入れたことがあった気がしますけど。ねえレオさん。ユウトくんに装備して欲しいでしょ?」
「黙れクソ狐」
以前犬耳を手に入れたのは、ユウトが記憶を失う前の頃のことだ。レオはそれをにおわすネイをじろりと睨みつけた。
あの時の犬耳だって、別にレオが欲しくて手に入れたわけじゃない。……まあ、十分役に立ったし、チビわんこは超可愛かったけれど。
と、そんなやりとりをしていると、犬耳を手にしていたユウトが勝手に指名されたことに反論した。
「ちょっと待って下さい。別に犬耳装備するのは僕じゃなくてもいいのでは……?」
どうやらさっきまで可愛い可愛い言われまくって拗ねていたユウトは、あまり乗り気でなさそうだ。が。
「何を言う! 俺のために宝箱から出たアイテムなんだから、お前が装備する物に決まってるだろう! 決定! 以上!」
「レオくんの圧がすごい」
「結局レオさんだってユウトくんに装備して欲しいんじゃん~」
当たり前だ。どうせ見るなら可愛い弟わんこがいい。
以前のチビわんこを思い出したせいで、すっかりそういう気分なのだ。
「えー……。レオ兄さんが装備するためのアイテムかもしれないじゃない」
「俺が犬になってなんの利点があるんだ。明らかにお前用だろう。きっと犬になったユウトを膝の上に乗せて癒やされることで、俺の能力が上がる仕様に違いない。間違いない」
「あ、レオくん相手ならすごくありそう」
「まあエルドワもそうだけど、そもそも子犬見てると癒やされますもんね。俺たちの歳じゃ可愛い子犬には絶対ならないし」
「僕だって、もう18なんですけど!」
「問題ない。ユウトなら子犬じゃなくても可愛い」
「も~こういうことには頑固なんだから……仕方ないなあ」
どうやら、何を言っても聞き入れてもらえないと諦めたらしい。
ひとつため息をこぼしたユウトは、渋々と犬耳を装備した。
途端にその身体が縮み、ほとんどエルドワと変わらない大きさになる。半魔だからか、18になってもユウトは子犬仕様のようだ。ただ昔よりだいぶ毛艶が良くなって、誰もが触りたくなる魅惑のころころもふもふだった。
「キュン」
その鳴き声も昔と同じで、激烈に可愛い。
それを聞いた大人たちは三人三様の変な声が出た。
「くっ、かっ、かっわ……知っていたが俺の弟はわんこでも可愛すぎる!」
「うわあユウトくんすっごい可愛い声……私この子犬の鳴き声に庇護欲くすぐられちゃうんだよねえ。エルドワは強いの分かってるけど、ユウトくんは護りたいツボ抉られすぎてやばい」
「これもう、ユウトくんとエルドワのセット最強じゃないですか……!? あー俺猫派だけどダブルでモフりたい!」
「アン!」
「キュン」
エルドワがユウトの側に行き、じゃれついている。子犬が2匹で尻尾ぴるぴるしてる姿は一生見ていられる愛らしさだ。
なんたる可愛いの暴力。レオは思わず片膝をついた。
「こ、これはもしや、敵を可愛いで葬るという最終兵器では……!?」
「いや、さすがにそれはないと思うけど」
「対レオさん兵器としては最大威力だけどね」
せっかく宝箱から手に入れた犬耳が、レオを倒すアイテムのわけはない。だが確かに、可愛い以外の効果はあまりなさそうだった。
もしかして、長いゲート攻略の時に受ける大きな精神的ストレスを一瞬で癒やしてくれるような、マインドケアアイテムだったりするのだろうか。
「アンアン!」
「キュゥン」
「アン? アン、ワウ」
「キュンキュン!」
「アン」
「あれ、犬同士だとユウトくんはエルドワの言葉分かるのかな? 何か話してるみたいだね」
「キュン。……よいしょっと」
エルドワと話を終えたらしいユウトが、犬耳を取ってレオたちの目の前でみるみる元の姿に戻った。こちらのユウトも当然のように可愛い。一粒で二度美味しいとはこのことか。
そんなことを考えている兄に、弟は外した犬耳を手にしたまま、犬同士で交わした会話を報告した。
「レオ兄さん、エルドワがこのフロアの宝箱はこれで終わりだって。王城の方に魔力が流れてるから下り階段はそこだろうけど、敵も同じとこにいるって言ってる」
「そうか。今なら爆上がりしたテンションでどんな敵も倒せる気がしている」
「レオさんめっちゃ元気になってる」
「ふふ、良いことじゃない。……ところでユウトくん、その犬耳で何か特別な効果は感じられた?」
ユウト可愛いのテンションでちょっとおかしくなっているレオに代わり、クリスが犬耳について確認をする。
するとユウトは考えるように小さく唸り、首を傾げた。
「んー……一応変身魔法のアイテムらしいんですけど、特に能力値が上がったりはしてないですね」
「あれ、変身魔法? 視覚誤認じゃないんだ」
「はい。本当に子犬になっちゃうんで、利点と言えば狭いところに身を隠しやすいことと、エルドワと話せること、あとは持ち運びしやすいことくらいかな……? 魔法が唱えられなくなっちゃうから、あんまり役に立たない気がします」
「そうなの? 君とレオくんのためのアイテムだし、もっと良い効果がありそうなのになあ」
「まあ役に立つかは置いておいて、レオさんのためのアイテムなのは間違いないですけど」
「ああ、それは確かに、ね」
クリスとネイがくすりと笑う。
それに納得いかなそうに首をひねっていたユウトだったが、はたと宝箱に入っていたアイテムのことを思い出したようで、ぱちんと手を叩いた。
「そうだ! 宝箱にもうひとつアイテムが入ってたんです! 犬耳が衝撃だったんでそっちにばかり目が行ってましたけど」
「もうひとつ?」
「へえ、ボス宝箱とかイベント宝箱だとアイテムがいくつか入っていることもあるけど、こういうフロアでもあるんだね。ユウトくんの幸運の成せる業なのかな」
「もしくは犬耳とセットの物かもですね~。首輪とリードとかだったらレオさんぶち切れそう」
「あは、そこは喜ばずにぶち切れてくれる方が私も安心するね」
軽口を叩くクリスとネイを置いて、ユウトは再び宝箱に近付き手を伸ばす。そして底の方にあるアイテムを取り上げて、よいしょと上体を起こした。
その手にあったのは袋状の何かで、どうやら首輪やリードではないようだ。
「ユウトくん、アイテムは何だったんだい?」
「えっと……リュックみたいです」
「リュック? 俺たちが持ってる大容量ポーチみたいな特殊なやつ?」
「いえ、中は普通の袋ですね。この大きさ以上の物は入らなそうです」
「えええ? それはちょっと役に立たなすぎでは……? ユウトくんの幸運値をもってしても、レオさんの平凡運は変えられなかった……?」
「……うるせえクソ狐、殺すぞ」
そう言いつつちょっと自分の凡運に凹んでいるレオである。
ランクSSSの宝箱なのだし、もう少しマシな物が出ても良いと思うのだが。
しかし凹むレオを横目に、クリスがその材質に目を付けた。
「これは……ユウトくん、そのリュックを良く見せてくれない?」
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
請われるままにユウトがリュックを差し出すと、クリスはそれを受け取って裏地や縫い目をチェックする。
レオたちが見ると王都の雑貨屋で売っているただのリュックと変わりないのだが、何か違うのだろうか。
リュックの表裏をしっかり観察したクリスは、最後にふむふむと頷いた。
「とりあえず、これは凡庸なアイテムというわけじゃないね。使われている素材はおそらくかなり上位の魔物から取った糸や皮。魔耐性と強度に優れた物だ。いくつか魔法石もはめ込まれているね。……これは、大事な物を入れておくのに役立つものだよ」
「……つまり、貴重品保存袋みたいな感じですか?」
「そうだね。使い方としては例えば、別空間に繋がるポーチに入れてしまうと所持効果のなくなってしまうものを、リュックに入れておくことで常時効果を得られるようにする、とかかな」
「純粋に大事な物を入れておくだけでもいいんですよね?」
「もちろん。ポーチと違って、重みとして自分の側に大事なものがあるって、結構心持ちが変わるしね」
まあ、そうは言っても結局はただの貴重品袋だ。
レオとしてはあまり興味がない。
戦闘力が上がるでなし、多少持てるものが増えるくらいのこと。ありがたみも感じない。
「この魔法石っていうのはなんなんでしょう? 魔石とは違うものなんですよね?」
「うん。魔石は魔力がこもった石だけど、魔法石は属性のこもった石なんだ。稀に、属性を持った魔石から流れ出た魔属性物質が、長い年月を経て結晶化することがある。それが魔法石だよ。とても貴重だけど、高ランクの魔法使いなどが使っていたという記録はいくつもあるんだ」
「へえ! すごい威力があるんですか?」
「いや、魔法石自体には魔力がこもっていないから、私たちが使おうと思っても全く役に立たないね。……使えるとしたらユウトくんだけだ」




