弟、兄に宝箱を開けさせたい
宝箱を開けるごとに魔物が合体していく。
どうやらそれがこのゲートの仕様らしい。
敵の数が減ってくれること自体はありがたいが、その分個体がバカ強くなっていくことを考えると素直には喜べない。
高ランク魔物の亜種、それのさらに合成種。一体どれほどの戦闘力なのか。
「うーん、宝箱を開けていきたい私たちからすると、なかなか厄介な仕様だね」
「……罠はないと思っていたのに、そんなからくりがあるなんて知りませんでした」
話を聞いたクリスとユウトは困ったように眉を顰める。
しかし一方で、レオとネイはさっきまで作っていた眉間のしわを解いた。
「やはり、何もないなんてことはなかったな。そうそううまい話などあるわけがない。俺の予感は当たっていた」
「ですよね~! そんな簡単に進めるわけがないと思ってたんですよ。きっと裏があると信じてました!」
「……レオ兄さんたち、なんで状況が悪化したのに嬉しそうなの?」
なぜと言われれば、高ランクゲートのくせに罠のないフロア、鍵のない宝箱への違和感に対する、言いようのない気持ち悪さが消えたからだ。
宝箱を容易に開けさせておいて、知らぬうちにフロアの魔物が殺傷力を上げていく鬼畜仕様。
なんて性格が悪い、だがこうでなくては。
そうしてようやく精神的な余裕が生まれたレオとネイの向かいで、クリスが苦笑をしつつ話を進めた。
「レオくんたちがいつもの調子を取り戻したようで何よりだけど……さて、ここからどうする? 宝箱を開けるごとに魔物が合体するということは、まだ開けてない宝箱があるのかもしれない」
「アン」
「エルドワはあるって言ってます」
「ということは、先に魔物を別々で倒してから宝箱を開けるか、宝箱を開けて魔物を一つにまとめてから倒すかの二択ってことか」
ここにいるのは未知の敵であるし、強さの上限も不明な魔物。普通に考えれば一体ずつ各個撃破するべきだ。
しかし向こうの索敵範囲が分からないし、二体が近くにいる可能性もあった。一体をおびき出したところで、戦っている最中に気付かれる可能性は高く、同時に二体相手をするのはかなり分が悪い。
それよりは敵が強くなるのを覚悟して、一体にまとめてから相手した方が対応はしやすいかもしれない。
このフロアでは幸い仲間全員が揃っているのだし、今後の行動の指針とするためにも、早めに敵の強さを共有しておく方が良いだろう。
レオの決断は早かった。
「先に宝箱を開けに行く。キイとクウは再び上空から、敵の様子をうかがっていろ」
「かしこまりました」
「エルドワは早速俺たちを宝箱のところに案内してくれ」
「アン」
「お前らは隊形を崩さんように、ユウトを護れよ」
「もちろん、任せて」
「りょーかいです」
それぞれに指示をして、では進もうとレオは前を向く。
すると、その袖をちょいちょいと引っ張られた。
こちらの注意を引く控えめなアピール。それに目を向ければ、弟がうかがうように兄を見上げていた。
「ねえ、僕は?」
「可愛い」
「もう、そういうのじゃなくて!」
おそらく自分にだけ指示がなかったのが不服だったのだろう。見当違いの賛辞を送られた途端、じとりとした上目遣いで頬を膨らますのが大変可愛らしい。そんな表情もレオにとってはご褒美である。
「問題ない。お前は可愛いのが仕事みたいなものだ。まあ、息をしているだけで可愛いのだからもう完璧だな」
「そうだね。ユウトくんはレオくんの側にいることが何より大事な仕事だから、それでいいんだよ」
「ま、ユウトくんにはすでに『リガードの加護』を掛けてもらってるんだし、何かしなくちゃなんて気負わなくていいじゃない?」
「むう、納得いかない……」
ユウトは口を尖らせているけれど、実際この可愛い弟が自分の側にいなければ、こんなゲートの攻略などやっていられない。
我々はユウトが繋いでいてくれるからこそ、世界を救うという同じ目的を持った仲間でいられるのだ。
「どうせ敵との戦闘になれば、お前の魔法をあてにすることになる。それまでは普通に可愛くしてろ」
「もう、レオ兄さんはそればっかり! 僕は可愛くなんてしないもん! 行こ、エルドワ!」
そうしてぷりぷりしているのがまた可愛いのだが、本人はそれが可愛くなんてない怖い顔だと思っているようなので突っ込みはしない。
どうせ弟は怒りが持続しない質だし、すぐに戻るだろう。
拗ねてエルドワについて歩き出したユウトに、大人たちはついほっこりと口元が緩む。
「ふふ、自分だけ指示がもらえなくて拗ねるなんて可愛いなあ、ユウトくん。自分の重要性が分かってないんだろうね」
「事実、ユウトくんがここにいてくれること自体が要なんですけどねえ」
「ユウトの可愛さは、立ってるだけで世界に幸せをもたらす威力があるからな。異論は認めん」
言いつつレオが大股でユウトの右隣に付くと、すぐにクリスとネイも定位置に付いた。
さっき飛んでいったキイとクウがだいぶ遠くの上空にいるからこの付近に敵はいるまいが、だからと言ってあまり気を抜いてはいられないのだ。想定外というものは、いつだって起こりうる。
レオは周囲に気を配りながら、エルドワの後に続いた。
やがて都市の奥にある王城に近付いてくると、敵の殺気が漂い始める。レオたちは互いに目配せをして、気配を殺した。
ユウトは当然のように気付いていないが、弟は元々殺気自体を出せないので感知されにくいから問題ない。鼻も感覚も鋭いエルドワはこちらより先に敵の殺気に気付いていて、すでに気配を消している。
後は魔物の索敵能力がどのくらいかで、いつ戦闘になるかが決まるだろう。
「アン」
そんな状況の中、エルドワが少々控えめに一つ鳴いた。
三つめの宝箱を見付けたのだ。
それは城壁沿いにある、衛兵の詰め所らしきものの跡地にあった。
「赤に金の金具の宝箱……。今度はアイテムクリエイトだな。ユウト、開けてくれ」
ここにたどり着くまでで、思った通りユウトの怒りはすでに消え失せている。
兄の言葉に、弟は素直に頷いた。
「うん。……でも、ここって場所的に武器か何かが出そうじゃない? レオ兄さんが開けた方が必要な物が出るかも」
しかし一度請け合ったものの、周りの状況を見たユウトがレオに宝箱を開けることを提案をしてくる。周囲に朽ちた武器棚や防具立てがあるせいか。
だが兄は、それを受け入れる気にはなれなかった。
「……俺の平凡な幸運値を知っているだろう。せっかくの宝箱で凡庸な物が出たらもったいないぞ」
そう、レオが開けると宝箱からは普通の物しか出ないのだ。一応ゲートのランク相応の物は出るけれど、すでに持っている物だったり特筆すべき能力の無い物だったりする。
それはあまりにもったいない。
しかしユウトは言葉を連ねた。
「僕が開けると、僕が使える物ばかりになっちゃうんだよ。それよりもみんなの役に立つ物が出したいんだ。……その中でも、レオ兄さんは特攻武器以外新しい物手に入れてないから」
「あー確かにクリスさんはヘイトアクス持ってるし、俺は自分の運で武器のアップグレードできてるし、エルドワだってグラドニの血を受けて強化されてるもんね。レオさんだけ基本はだいぶ前に作ったもえす武器でしょ?」
「……こう言っちゃなんだが、あの変態どもが作った武器を上回る性能のユニーク武器はそうそうないぞ」
「もえすの武器が強いのは私も同意だけど。でも武器じゃなくても、何かレオくんにとってプラスになる物が出ればいいんじゃない?」
「……だから、俺の幸運値では無理だと言ってる」
何を言われたところで、結局レオの幸運値が平凡だから仕方が無いのだ。それにもえす武器だって性能に文句は全くない。
そう言うのだが、ユウトは自分ばかりアイテムを手に入れるのが不本意なのか、引き下がらなかった。
「レオ兄さんが僕を装備すれば幸運値が上がるでしょ。その状態で開ければ良いじゃない」
「あー、いいんじゃない? ユウトくんほどの幸運にはならないけど、レオさんにかなりの幸運値が加算されるはずだし」
「そうだね。普段よりはずっと良い物がでるんじゃないかな? レオくん、開けてみなよ」
「アン」
「変な物が出たらもったいないと思わないのか、お前ら……」
「その時はその時だよ。はい、レオ兄さん。手を繋いで一緒に開けよう」
全員に後押しされて、最後にユウトに手を差し出されたら、兄としては握り返さないわけにはいくまい。
結局弟と手を繋ぐと、宝箱に近付きその蓋に手を掛けた。
「どんな物が出るかな? レオ兄さん、欲しいものを思い浮かべてみたら?」
「欲しいものなあ……」
とりあえずユウトを護るための力を得るアイテムが良い。
特に素早さと幸運を上げられると回避率をだいぶ上げることができるから、何かそんな感じのちょうど良いやつ。
そんなふうに漠然と頭に思い浮かべていると、ユウトが「よしっ」と意気込んだ。
「じゃあ開けよう、レオ兄さん。せーのっ」
「ん」
弟のかけ声に合わせて蓋を開ける。
すると宝箱の中には、武器ではないアイテムが入っていた。
……あれ。何だか個人的に見たことがあるんだが。
隣で一緒に中をのぞき込んでいるユウトも、微妙な顔をしている。
多分自分も同じような顔をしてしまっているだろう。
「どう? 何か良い物入ってた?」
「えーと……これです」
わくわくと訊ねてくるネイに、弟はそのアイテムを取り上げて見せた。
途端に、その場になんとも言えない空気が流れる。
そのまま数瞬の沈黙がよぎった後、クリスが困惑したように呟いた。
「……え? 何で犬耳?」
そう、宝箱の中から出てきたのは、犬耳のカチューシャだったのだ。




