兄、エルドワが妬ましい
グラドニはそう言うと、次に全員に渡したばかりの欠片を出すように指示をした。
そして再びユウトに視線を向ける。
「愛し子よ。この魔石に探知の『印』を付けるのじゃ。特上魔石は魔法を弾くが、一度絶縁破壊をしておるから印を引っかけるくらいはできるでの」
「はい」
ユウトは手をかざすと、それぞれの魔石に探知の『印』を付けていった。これは以前、マルセンがジアレイスの行動を追跡していた時に使っていたのと同じものだろう。
この印が付けてあると、探知の魔法を掛ければその在処が分かるようになるのだ。
「……うん、全部に印を付けました」
「よし。では次に、探知の魔法を掛けてみよ」
「分かりました。……えっと、探知の波紋」
グラドニに言われたとおりにユウトが探知を掛けると、途端に手のひらに置いていた全員の魔石の欠片が柔らかな桃色に変わる。
どうやらこの魔石は探知に引っかかると色を変えるようだ。
それが問題なく機能したのを確認して、グラドニはまた説明を始めた。
「もしも全員が離れてしまった場合じゃが、愛し子が探知でフロアを探り、うぬらがこの魔石の色を見ることで、互いに同じ階におるかどうかが確認できる。同じフロアにおるのなら集まるのは幾分容易じゃ」
「あー、なるほど。俺たちがユウトくんと同じ階にいるなら、わざわざ『招集』の魔法を発動させることありませんもんね。敵が強い分フロア内の移動には気を遣うけど、俺はそういうの得意だからいち早く駆けつけられるかも。……でも、ユウトくんからは俺たちの居場所が分かっても、俺たちからユウトくんの居場所を探すのが大変そう」
「その点については……そうじゃな、庇護者の隠密よ。少しここから離れてみよ」
自分たちからはユウトの居場所が探しづらいと言うネイに、古竜は距離を取るよう指示をする。そうして十メートルほど離れさせたところで、その魔石を確認させた。
「うぬの魔石の欠片の色は、どうなっておる?」
「あれ、何かピンクが濃くなってる? ていうか、何か暗くくすんだ色になったみたい」
「そこでぐるりと回転してみよ」
「あ、ユウトくんと反対方向に向けるとさらに暗くなる! ユウトくんの方を向くと明るくなる……!」
その変化に気付いたネイは、それを手のひらに乗せたまま再びこちらに戻ってくる。
「色が元に戻った……そうかこの欠片、ユウトくんに近付くほどに明るく透明感が出るんだ! これならユウトくんがいる方向が分かる!」
「これは、同一体である特上魔石の欠片同士が引き合う性質を利用し、探知魔法に反応させたものじゃ。上手く使うとよい」
「なるほど、これは役立つな……。だが、フロアが別だった場合は意味がないんだろ?」
皆が同フロアに降り立った場合はそれで問題ないが、困るのはユウトと別フロアに降り立った場合だ。
その際はもはや『招集』を発動するしかないのだろうか。
やはり、時間のロスは覚悟するべきなのか。
「うむ、そのフロアに出口がない場合、『招集』を発動するのはやむを得まい。じゃが階段があるならまずは降りてみるべきじゃ。次の空間移動時に欠片が引き合い、愛し子と同フロアに引っ張られる可能性が高い」
「へえ、じゃあ『招集』する前に一旦階段を探した方がいいんですね。多分私の運ではユウトくんとだいぶかけ離れたところに飛ばされるだろうから、それなら助かるなあ」
「この魔石の欠片は親と離れれば離れるほど、引き寄せられる力が強くなるようになっておる。おそらくうぬは階段さえあれば、次のフロアで確実に愛し子の元に戻れるじゃろ」
「……あー、そっか、そうですね。階段さえあれば、か……」
クリスの場合、問答無用で出口のないフロアに飛ばされそうだ。
本人もそう思ったのか、天を仰いで考え込む。
しかしすぐに、はたと何かを思い立ったように口を開いた。
「あ、だったら一度脱出アイテムでゲートの外に出ちゃうのはどうでしょう? その後にもう一回階段から入れば、ユウトくんに引き寄せられて同じ階に飛べるのでは?」
「……アイテムでゲートから出たら、あの高さを地面に向かって真っ逆さまじゃが。ちなみに中におると、排出される者としてランダムに選ばれ、強制的にゲートの外に投げ出されることがあるそうじゃ。いずれの場合も掛かってしまったら『招集』を使った方が安全じゃとわしは考えておる」
「んー、でも高所落下にさえ対応できればどうにかなりそう。これなら一度出て、アイテム補充して戻ることもできますし」
最悪の事態に見舞われることに慣れているクリスは、それを逆手にとって考えている。なんとも前向きでタフな男だ。その様子にグラドニが肩を竦めた。
「まあ、うぬはちょっとやそっとじゃ死なぬじゃろうがな……。愛し子は他の候補がいる限り、排出される者に選ばれることはまずないじゃろう。庇護者の隠密も大精霊の加護がある分、確率はぐっと低くなる。キイとクウは排出されたとて、飛べるからどうということもない」
「……問題なのは俺とクリスとエルドワか」
突出した幸運を持たず、飛ぶこともできない。装備に付ける術式にこだわりのあるレオも、さすがに落下ダメージ軽減なんて特殊な魔法は付けていなかった。
このメンバーに関しては、『招集』を使うよりほかないだろう。
けれどそう考えたレオに、エルドワが首を振った。
「レオ、エルドワは平気。ユウトの側にいれば幸運値いっぱい上がるから問題ない」
「ああ?」
賢いエルドワにしては、藪から棒な子供じみた主張だ。
怪訝に思ってその顔を見れば、何だかものすごくドヤっていた。
「……エルドワ、ここまでの話聞いてたか? フロアを移動する時にユウトとはバラバラになるかもしれないんだぞ」
「それはレオの話。エルドワはユウトに抱っこしてもらって階段を降りれば、ずっと一緒。エルドワならユウトの幸運の邪魔にならないから」
「あ、そっか。エルドワなら僕を装備することにはならないから、抱っこしてれば僕の幸運値で階を降りられるもんね」
「うん! エルドワがユウトのこと護るから安心して!」
なるほど、ユウトを一人にする羽目になるかと思っていたけれど、エルドワだけはずっと付けておけるらしい。激強子犬が弟と常に同行してくれる、これは大きな安心材料だ。
だが。
「くっそ、ずるいぞエルドワ……!」
「だってエルドワはユウトの騎士だもの! ユウトを護るのは当たり前!」
兄としてはひどく負けた気分になる。ドヤる子犬が妬ましい。
それを見て苦笑したクリスが、レオの肩を叩いた。
「でも、エルドワがユウトくんと一緒にいてくれるなら最善じゃない? 敵や宝箱、階段の場所はエルドワが把握できるし、宝箱はユウトくんが開ければ、中身固定でない限り最上級の物が出るし」
「それは分かっているが、感情的な問題だ!」
「レオさん、どうどう。一刻も早くユウトくんの元に駆けつけたいからって、離れていきなり『招集』発動したりしないで下さいね」
「その時の俺の心のユウト欠乏度による!」
「あ、やば、時と場合によっては私的に使う気だよこの人」
「レオくんはユウトくんが好きすぎるから……」
「……そのくらいにしておけ、うぬらも暇じゃなかろう」
ごねるレオを中心にやいのやいの言い合っていると、見かねたグラドニが呆れた顔で手をパンパンと叩いて場を落ち着かせた。
確かに、こんなところで時間を浪費している場合ではないのだ。色々不満はあるが、レオは渋々愚痴を飲み込んだ。
「……まあとりあえず、あんたにもらった餞別はそこそこ役に立ちそうだ。感謝する」
「うむ、使いどころを間違えるでないぞ。……じゃが、使う時は躊躇いなく使え。一瞬の判断ミスが命取りになりかねぬからの」
「ああ」
何にせよ、行くしかない。
レオは覚悟を決め、一同に出立の号令を掛けた。




