グラドニ、クリスの加護と呪いを語る
「リインデルの後継として私を生き残らせるための加護……?」
つまりリインデルでクリスが生き残ったのは偶然ではなく、必然であったということだろう。
クリスは確実な意図の下で生かされたのだ。
「うぬには幸運値を全振りした『死なずの加護』が掛かっておる」
「死なずの加護……」
聞いたことのない加護だ。それがつまり、クリスのためのオーダーメイドということ。祖父がわざわざルガルに頼んで作らせた術式だということ。
そうまでして、一体何のためにクリスを生かしたのか。
もちろんだがその答えを知るものはここにはおらず、祖父も亡くなっている今、訊ける相手は一人しかいない。
(……ルガルは、私が生かされた意味を知っているのだろうか)
その理由が訊きたい。
だが、相手は正真正銘の純魔族だ。自分がルガルと相対して、冷静にその言葉を受け止められるとは思えなかった。
まずは魔族に対するこの憎悪を、どうにか抑える方法を見つけねばなるまい。
(まあ何にせよ、今はそちらに時間を割いている暇はないしね)
喫緊なのは、とにかくこの世界を護ることだ。
クリスは一旦推測で考えるのを止めにして、グラドニからもたらされる事実だけを受け取ることにした。
「グラドニさん、『死なずの加護』とはどのようなものなのでしょう?」
「特定のステータスを一極集中させることによって、多大な恩恵を受ける均衡術式のひとつじゃ。うぬの場合、幸運値を全て『生存』に全振りしておるため、普段は幸運ゼロ状態になっておる」
「それは……つまり今現在、私の幸運は全て『生存』することだけに使われているということでしょうか?」
「そうじゃ。不運によりどれほど危機的状況に陥っても、死だけはほぼ確実に回避する。もちろん老衰や病死は免れんがな」
幸運値を代償に、死なないという加護が付く。こうして力のバランス……均衡を保っている術式ということだ。
これまで不運でありながら、どれだけリスクを冒しても決定的な命の危険が無かったのは、この加護のおかげだったのか。
「この加護のすごいところは、力は大きいものの、世界の理に沿っておるため安定していて効果にブレがないことじゃ。さすが、世界の理を遵守する施術士ルガルによって組み上げられた術式じゃな」
「確かに……。中途半端に理に背いて幸運値にブレが出るようだったら、私の思惑が外れることもあったかもしれない。きっちり安定した加護だからこそ、私は不運を逆手にとって動くことも出来ていた……」
これが例えば魔研が使う禁忌術式のように、世界の理を無視した不安定なものだったとしたら、一歩間違えば破綻していたに違いない。
そう考えれば、この安定した不運もやはり祖父が与えてくれた加護であったのだ。30年の時を超えて知った事実に、クリスは胸が熱くなった。
お爺さまは、今も私を護ってくれていたのだ。
「……なるほど、ありがとうございます。グラドニさん。その話を聞いたおかげで、今後のリスクの判断基準が明確になりました。死を恐れる必要がなければ、もっと果敢に突っ込めます」
「む? それはいかんな」
『生存』がほぼ確約されているならと、クリスはさらなるリスク上等思考に進もうとした。しかし、それは『死なずの加護』を教えてくれたグラドニ本人によって、即座に否定されてしまう。
その予想外の反応に、クリスはおや、と目を丸くした。
「……突っ込むのがいかんというのは?」
「問題はそちらではない、死を恐れぬことの方じゃ。それはいかん。うぬがきちんと死を恐れぬと、加護は正しく発動せぬ」
「どういうことでしょうか?」
首を傾げたクリスに、グラドニは「つまりじゃな」と続ける。
「おそらくうぬの身体のどこかに術式が刻まれておると思うのじゃが、その術式がうぬの『死への恐れ』を察知することで加護が発動し、それを回避する構造になっておるからじゃ。そもそもうぬが『死への恐れ』を感じなければ、術式がどうやってその危機を察知できようか」
「ああ、確かに……」
最初から自分が死なないと思い込んでいては、術式が命の危機を『回避すべき事案』と認識してくれないのだ。『死への恐れ』を捨ててはいけない。
「それから忠告しておくが、100%死ぬ事案は回避することができぬ。たとえ少ない確率でも、あくまで助かる見込みがある場合にのみ適用されるのじゃ。覚えておけ」
「なるほど。そうなるとスタンスとしては、今まで通りの方がいいということですね」
元々リスク上等のクリスだ。考え方は変わらない。
ただそれでも、死を回避できることへの信頼性が上がることで、今までより断然動きやすくなることも確かだ。この加護を根拠にレオたちを説得するのも容易になる。
これまでずっと不確定だった自分の不運と、それでもリスクを取れる根拠のない自信。その根底にあったものが言葉として詳らかにされて、クリスは目の前が晴れたようだった。
現実的な力が何か変わったわけでもないけれど、これをゲートに入る前に知れて良かったと思う。心の変化、知識の増加、それだけでも人は強くなれるのだ。
「……ありがとうございます、グラドニさん。私の中の不確実なものが明瞭になって、やるべきことが見えてきた気がします」
「うむ、それは良いことじゃ。うぬらが力を付け、正しく道を進めばわしらが楽をできるからの。精進するが良い」
そう言ってカラカラと笑ったグラドニは、「もう一つ、ついでの忠告じゃ」と言葉を続けた。
「……うぬに掛かる呪いの方じゃがな」
「あ、魔族を前にすると殺したくなる呪いですか?」
「それじゃ。言っておくが、それを携えたままルガルのところに向かってはいかんぞ」
「……ルガルが魔族だから、ということですか? それは理解していますが」
当然、魔界図書館の管理人であるルガルが純魔族であることは、クリスだって重々承知している。
それをわざわざ名指しで忠告してきたグラドニに、どういうことだろうとクリスは首を傾げた。もちろん、そのうちルガルには話を聞きに行きたいとは思っているけれど、なぜ今、彼限定なのか。
そうして不思議がっていると、古竜はその理由を告げた。
「ルガルが魔族じゃから、ではない。逆なのじゃ。そもそもその呪い自体が、ルガルに殺意を向けるためのものじゃからな」
「……は?」
「うぬがそのまま呪いを持ってルガルの元へ行くと、必ず殺し合いになるということじゃ。……うぬの魔族憎しの感情は、その呪いから漏れ出た片鱗にすぎぬ」




