兄弟、グラドニの元へ飛ぶ
「来たな、待っておったぞ」
「おはようございます、グラドニさん」
翌朝バラン鉱山の頂上に着くと、すでにグラドニが家の外で待ち構えていた。
レオにキイの背中から下ろしてもらったユウトは、古竜の前に出て丁寧に頭を下げて挨拶をする。一緒に降りたエルドワも、その隣でちょこんと頭を下げた。
「グラドニ、昨日は力をくれてありがとう。帰りにお礼を言えなかったから、今言う」
「おお、律儀じゃのう、子犬。ふむ、わしの力をすっかり取り込んだ様子じゃな。頼もしいことじゃ。愛し子をしっかり護るのじゃぞ」
「うん、もちろん」
グラドニからユウトの護りを託されて、エルドワは胸を張る。力を手に入れたおかげで、気力も自信も充ち満ちているようだ。
その様子をにこにこと眺めた古竜は、次いでレオに目を向けた。
「愛し子の庇護者よ、今日は頼んだぞ。冷静に慎重に進むのじゃ。ゲートを消すのはもちろん重要じゃが、うぬらが死んだら元も子もないからの」
「ああ、分かっている」
「それから……新顔の人間が二人おるのう。うむ、なかなかに良い気を持っておる。それに、双方面白い力に憑かれているようじゃ」
「憑かれている?」
そう言われて、レオとネイとクリスが顔を見合わせる。
一体何のことだろう。
グラドニの言葉の意図をはかりかねるが、それはそれとして、とまずはネイが頭を下げた。
「お初にお目に掛かります、グラドニさん。俺はネイ。レオさんの隠密をやってます。今後もレオさんの連絡係としてお会いすることもあるかも知れませんので、お見知りおきを」
「庇護者の隠密か。なるほど、覚えておこう。……うぬには大精霊の力が憑いておるようじゃな」
「あ、憑いてるってそのこと? 確かに今は大精霊の魔力が俺の中にありますけど……」
憑いているというから何かと思えば、とネイが肩を竦める。
だがそれに対し、グラドニは軽く首を振った。
「それとは別に、今のうぬには大精霊の欠片が憑いておる。一時的なものじゃろうが、精霊の加護で護られておるのじゃな」
「あっ、もしかして、ここに来る前に竜穴で大精霊に何か力貸してくれって呼びかけてきたせい? 力をくれたっぽいけど返事が来ないから、何が起こったのか分からなかったんですよね」
どうやらネイはまだレオたちが眠っている間に、一度精霊の祠に行ってきたらしい。そこで大精霊に助力をねだり、その欠片とやらを引き連れてきたようだ。
「一時的ってことは、ゲート攻略の間だけってことか。まあ、それでも俺にはありがたいな。精霊の加護は全耐性が上がるし」
「チッ……結局加護は狐にしか適用されないのか。使えねぇ……」
「いやいや、部下の能力アップを素直に喜んで下さいよ、レオさん」
「ユウトを差し置いて加護を受けた貴様に腹が立ちこそすれ、何を喜べと?」
レオがネイと冷ややかなやりとりを始めると、グラドニはそちらからクリスに興味を移したようだった。
ネイに向けたよりもさらに興味深げな好奇心に満ちた目で、クリスを眺める。
それに気付いたユウトがクリスの隣に寄っていって、その反応を確かめるべく顔をのぞき込んだ。
「……クリスさん、大丈夫そう?」
何が、と聞き返すまでもない。
グラドニに対して、クリス特有の魔族相手の悪感情が湧いていないかということだ。
心配そうに見上げてくるユウトに、クリスは落ち着いた様子で苦笑して、その頭を撫でた。
「うん、ユウトくんが言った通り、大丈夫みたいだ。……初めまして、グラドニさん。私はクリスティアーノ・エレンバッハ。皆にはクリスと呼ばれています。レオくんとユウトくんのパーティの一員です。以後、よしなに」
クリスは年長らしい恭しいお辞儀をする。
その様子を、グラドニは面白そうに見ていた。
「ふむ、クリスか。うぬはまた、興味深いものを憑けているのう」
「……グラドニさんには、何が見えておいでですか?」
「うぬに憑いている加護と呪いじゃ」
「私に加護が付いていると?」
古竜の言葉が意外だったのだろう、クリスは目を丸くする。
呪いが憑いている自覚はあっても、加護が付いているとは露ほども思っていなかったのだ。
実際クリスとしては、自身が加護を受けている要素をまるで感じられていない。怪訝に思って首を傾げると、グラドニは「さもありなん」と頷いた。
「まあ、加護じゃと気付かないのも無理はなかろう。一見したらバッドステータスとしか思えぬからの。……じゃがこれは世界の理とバランスを取りながら、うぬのために練られた護りの術式……。このお堅い構文、おそらく作ったのは彼奴じゃろうな」
「……私のために練られた術式? それはつまり、オーダーメイドということでしょうか?」
「そういうことになるのう」
その答えに、クリスはさらに困惑する。いつの間にそんなものを?
自分の持つ呪いと思われる影響と言えば、多大なる不運と、魔族への尋常ならざる殺意の二つだ。ただ呪いの重ねがけは不可能だから、どちらかは自身の元からある素養かと思っていたのだが。
それがまさか、片方は加護だったというのか。
しかしいずれにせよ、その目的が分からない。クリスのために作られた術式だと言うのなら、それを掛けたのはおそらく祖父か、その命を受けた者に違いないけれど。
一体なぜ、そんなものを自分に?
眉根を寄せてその理由をあれこれと考えていると、同じように何かを推察しようとするグラドニから、不意に出自を確認をされた。
「クリスよ。うぬはもしやリインデルの生き残りの者か?」
「……!? なぜそれを……?」
「なるほど、そういうことじゃな」
クリスの反応はそれを肯定したも同然。
その出自を言い当てたグラドニはふむふむと頷くと、自身のあごを擦って種明かしを始めた。
「おそらくじゃが、依頼者はリインデルの後継としてうぬを生き残らせるために、彼奴に……ルガルに術式を作らせたのじゃろう。あの者が人間界で係わるのは他でもない、リインデルだけじゃからな」




