取り上げられた羽の行方
リガードとの契約を終えたユウトは、ネイの視線の先でその背中の羽をたたんで、外から見えないように収めた。
おそらくそれを視認できる人間は、ネイとディアくらいのものだろう。けれど、その存在の特異性を万が一他の者に気付かれても面倒なことになるだけだし、収納しておくに越したことはない。
すっかり元通りになり主精霊と別れの挨拶を済ませたユウトは、リガードが消えると機嫌良さげにこちらを振り向いた。
「お待たせしました! 無事主精霊さんたちとの契約が終わりました。これで明日、少しは役に立てるかと思います」
少しどころか、彼がその気になれば大活躍してくれそうだ。もちろんそんなことは過保護なレオが許さないが。
ユウト以外の三人はそう思ったけれど、口には出さなかった。だって程度の差こそあれ、自分たちもまた、ユウトに対しては過保護なのだ。あまり前線に立たせたくないと思うのは仕方あるまい。
そんな内心はおくびにも出さず、クリスがにこりと微笑んだ。
「お疲れ様、ユウトくん。リガードからはどんな力を借りられることになったんだい?」
「えっと、リガードさんは護りを司る主精霊さんなので、防御の力を借りられることになりました。物理攻撃限定だけど、パーティの受けた初撃のダメージをゼロにできるらしいです」
「えっ、何それ、めちゃくちゃ便利じゃん! ユウトくん限定じゃなくて、レオさんでもエルドワでも、パーティの中の誰でもってこと?」
「はい。個人でも全体でも、とにかくパーティに対する初撃の物理攻撃を防いでくれるみたいです」
なるほど、あの厳つく頑強そうな見た目は伊達じゃなかった。
『物理攻撃の防御』というのがかなりありがたい。
火力は最大級を自負する我々のパーティにおける唯一の心懸かりは、ユウトへの物理的な致命傷だからだ。
魔法攻撃なら歯牙にも掛けないユウトだが、とにかく物理防御力と体力が低い。
不意打ちの最初の一撃でも食らえばただでは済まず、もしそうなればレオも使い物にならなくなってしまう。それを回避できるのは大きい。
「でも、この力を借りるには色々制約があって」
「制約って……発動に条件があるってことかい?」
「そうなんです。これ、100%ダメージを無効化するっていう強力な防御だから、一回発動するとリガードさんの魔力がごっそりなくなっちゃうんですって。だからしばらく眠ってマナを集めて回復しないと、次の発動ができないらしいです」
「あー、リガードが常態で寝てるのって、マナを集めて回復するためだってこと? つうか、毎戦闘で使えるわけじゃないのか~残念……」
ネイが少し大仰に落胆して見せる一方で、エルドワが前向きに食いついた。
「でもきっとボス戦とか、初めて戦う敵とかが相手の時にすごく助かる。ユウト、それって一回発動すると、次に使えるまでどのくらい?」
「僕の魔力もある程度渡す条件だと一日一回。完全にリガードさんの魔力で賄ってもらうと三日に一回だって」
「ボス戦用に温存しておくと考えれば、それほど悪いサイクルじゃないね。そもそもその力を常駐させてると私たちの緊張感も緩んでしまいそうだし、そうやって時々力を借りる程度で良いんじゃないかな」
「まあ、そうだけど……はあ、どうせ文句言っても仕方ないか。俺も前向きに考えとこ」
ここで愚痴ったところで何が変わるわけでもない。ネイも肩を竦めて受け入れた。
それよりも今はもう一つ、ユウトに確認しておきたいことがあったからだ。
「ところでユウトくん。世界の理に背いたペナルティで、君の羽が取り上げられたって?」
「えっ……あ、はい。そうか、ネイさんは僕とリガードさんの話聞こえるんでしたね。……えっと、レオ兄さんには内緒に……」
「うん、分かってる。それから、ユウトくんが記憶を取り戻しつつあることも聞いたよ」
「は、え? ちょ、レオ兄さんに言ったり……!?」
「大丈夫、これも言わないから。そんなこと教えたらレオさん発狂して、精神的に弱々になるもん。俺は主人には最強でいてもらわないと嫌なんだよね」
そう、ネイはユウトのためでもレオのためでもなく、自分のために動いている。何でもかんでも主人に報告するような、従順な駒ではないのだ。
ユウトにはレオの忠実な部下に見えているのだろうけれど、主人に請われたからといって全てを吐くほど素直でも柔でもない。
そう告げると、ユウトは一応の納得をして、少し落ち着いたようだった。その身体にエルドワが抱きつく。
「ごめんユウト、エルドワが話した。ネイはレオとライネルの間でも動くから、色々知っててもらった方がいいと思って」
「うん、大丈夫だよ。……確かに、ネイさんはライネル兄様だけじゃなくていろんな人と情報交換するから、知っててもらった方がいいかもしれない」
「俺としては言ってもらって良かったよ。レオさんにバレそうになっても俺がフォローできるし、……あの頃の知識が君の中にあるというのはこっちとしても実に頼もしいしね」
過去の記憶があるならば、今のユウトは闇魔法も問題なく使えるはずだ。闇魔法は聖属性魔法に比べて攻撃系の火力が高い上に、四属性全てに優位。今後重宝するだろう。
……そして何より、ユウトは魔研の儀式や研究に、被検体として立ち会った経験がある。
ジアレイスたちの目的を探る上でも重要な情報源だった。できれば細々と聞きたいところだ。
……しかし残念ながら、今はそこに言及している時間はない。
代わりにクリスがさっきの話に引き戻した。
「ユウトくんのペナルティで取り上げられた羽って、どこ行っちゃったんだろうね?」
「昔魔研にもぎ取られた時と違って痛みも痕もないので、特に不便はしてないんですけど……」
「でも俺たちが取り戻さないとでしょ。ユウトくんの羽がまた魔研の手に渡ったら、問題ありそうだし。昔も何か変な実験か儀式をするために、ユウトくんとその羽を使おうとしてたもんね」
「ふうん……ユウトくんの羽には、何か特殊な力があるのかな? 世界の理に背いた対価として取り上げられるほど、影響力のあるような何かが」
「そういうことかもねえ。それに取り上げただけで失われていないってことは、いつか戻してしかるべきものということでしょ?」
ユウトの羽は高い魔力が内包しているのはもちろんだろうが、何かを成すのに重要な要素なのかもしれない。
そう考えていると、ユウトにくっついていたエルドワが『じゃあ』と口を開いた。
「ユウトの羽が世界に影響があるほどのものなら、世界から失われないようにランクSSSゲートの宝箱に収納されているかも」
「ランクSSS……明日行くゲートにってこと?」
「そう」
その言葉に目を瞠ったクリスが、なるほどとばかりに手を叩く。
「それは盲点だった……! 十分あり得る話だね。エルドワ、君はやっぱり賢い子だなぁ」
「確かに、ユウトくんの羽が世界にとって何か重要な位置づけがあるなら、可能性はあるよね」
「えええ? 僕の羽ごときが、そんな稀少アイテム扱いじゃないと思いますけど……」
「まあどうせ宝箱は全部開けていくんだし、あったらラッキーくらいでいいじゃない? 私は俄然楽しみになったよ」
「俺も。やっぱ自分たちの目的がないと、ゲート攻略楽しくないもんね~」
「エルドワもやる気出た!」
グラドニとの約束を果たすための明日のゲート攻略だったが、思いの外自分たちにとっても有用な探索になりそうだ。
ならば今日は早々に休むことにしよう。
四人は立ち話をそこで切り上げると、レオの待つ部屋に戻ることにした。




