ネイ、ユウトの置かれた状況への危機感を覚える
「リガードさん、早速で申し訳ないんですけど、僕と契約をして頂けますか?」
『もちろんでございます、ユウト様』
もはや当然といった態でリガードが頷く。
これで主精霊が揃うわけだ。本来の契約には呼び出し詠唱の取り決めなどがあるらしいが、完全服従であればその限りではないという。
易々と進む話にネイは薄ら寒い気持ちになった。
(レオさんが安全な場所に置いていたつもりのユウトくんが、今一番危ないところにいるんじゃないのか、これは……)
力が、ユウトに集まりすぎている。
この細く小さな身体に、多大な負荷が掛けられている。
まるで来たる厄災への切り札として、どんどん火薬を詰め込まれているようだ。
だがもちろん力を供与する彼らには善意しかなくて、ネイはこの不安の落としどころに戸惑う。
当然力はあった方が良いのだし、ユウトも納得して自分から受け入れているのだ。取り越し苦労にも思える自分の懸念を伝えたところで、受け流されてしまうだろう。……いや、ユウトの場合、分かっていて受け入れている可能性すらあった。
……これはレオに報告すべきか。
そう一瞬頭をよぎったが、しかしネイはすぐにその自問を胸の底に沈める。
この不安は自身の主観的な見地から来るものであるし、何より伝えたとしても主人の不安を煽るだけで、どうとも対応しようがないからだ。
ネイは、ユウトが思いの外強情なことを知っている。誰かを護ろうとする時は、特に。
事前にその力を使ってはいけないと禁じたところで、大切な者を救うためなら容易く自分を犠牲にするだろう。そうして自分を犠牲にすることで他を救えるだけの力を、おそらく彼はすでに手に入れてしまっている。
……今更レオに報告したところで手遅れなのだ。
そう冷静に結論づけ、ネイは利己的に報告内容を取捨選択をすることにした。
ネイはレオに忠実であるが、それはあくまで自分のため。この報告によって主人の内面に好ましくない変化をきたすくらいなら、このまま黙っている方を選ぶ。
レオには強く、雄々しく、不敵でいてもらわなくては困るのだ。この、思いの外気に入っている善人ごっこを続けるためにも。
ユウトを失うことを恐れ、戦意もなく閉じこもるような情けない男になってしまったら、ネイは失望にレオを殺すかもしれない。それは避けなければならないのだ。
ある一点においてひどく脆いレオの心を護るためには、何よりもユウトを護ることが必須。
となればネイは主人に代わって、ユウトの秘められた力を確認しておく必要があった。
まずは目の前で交わされる主精霊『リガード』との契約を、つぶさに見るところからだ。大きすぎる力の危うさを、ネイは嫌と言うほど知っている。それを見逃してはならない。
緊張するネイとは対照的に、特に警戒心のないユウトは、リガードの近くまで行くとその頭を撫でた。おそらく今し方呼び出した対価として、光る犬に魔力を差し出したのだろう。それだけで主精霊の身体がことさら強く発光した。
『ユウト様の魔力は大変に甘露であらせられる。着実な聖魔融合が成されている証拠ですね』
「聖魔……? それは何ですか?」
『あなた様の中で聖と闇がひとつになっているということです』
「はあ……?」
説明を聞いてもユウトはピンとこないらしく、首を傾げる。しかしリガードはそれ以上説明をする気はないようだ。
彼はただ馨しい花の匂いでも嗅ぐように、ユウトに鼻先を擦りつけた。
(聖魔融合……?)
その様子を見、声が聞こえるネイは、奇妙な単語にふいと視線をクリスに向ける。もしかしてこの男なら、その言葉の意味を知っているかと思ったのだ。
当然ながらユウトと主精霊のやりとりが見えていないクリスとエルドワは、ネイからの視線にぱちりと目を瞬かせた。
「……ネイくん、どうしたの?」
「ネイ、ユウトに何かあった?」
二人はすぐにネイのところに寄ってくる。ユウトが主精霊と何かのやりとりをしているのは分かっているから、こちらに近付くのは問題ないと判断したのだろう。実際、リガードを呼び出してからはネイ自体も蚊帳の外だった。
「今、ユウトくんとリガードが話をしてるんだけど」
「うん、それは見れば分かる。ユウトくんの言葉しか聞けないから、どんな会話をしているのか今ひとつ分からないけどね」
「ユウトが主精霊に何か言われてた?」
「それがさ、ちょっと聞き慣れない単語が出て来て……。クリスさん、『聖魔融合』って分かる?」
「聖魔融合?」
ネイはユウトたちに聞こえないように、こそこそと訊ねてみた。
しかしきょとんと返されて、さてはクリスも知らない言葉なのかと多少の落胆を含みつつ、さらに説明を連ねる。
「ユウトくんの中で、それが成されていってるって。リガードが言うには、聖と闇がひとつになること、らしいんだけど」
「聖と闇がひとつに……? それって……」
すると、目の前の二人の顔色が変わった。
「……すでにユウトくんが、世界の代替になり得るひとつの小宇宙として確立されてきてるってこと……!?」
「ユウトは聖なる犠牲にはさせない!」
「は? 世界の代替? 聖なる犠牲? ちょ、待って何の話? いきなり話が飛んだんだけど」
唐突に表情を険しくするクリスといきり立つエルドワに、ネイはわけが分からず困惑する。
どうやら何か、ユウトに関して自分が知らない認識があるようだ。
ただ、レオからの情報はほぼつうつうでこちらに入ってきているという自信がある。
ということはつまり、彼らがレオには伝えていない重大な情報があるということ。
なるほど、ネイに情報を入れるとレオに筒抜けになると考えて、自分が外されている話があるらしい。
すぐさまそう理解したネイは、薄く笑って即座に二人の言葉を捕まえた。
「聖なる犠牲って、穏やかじゃない言葉だね。もしかして、世界の代替として犠牲になるってこと? ……もう少し、詳しい話を知りたいなあ」
「あっ」
エルドワが、今更自身の上せた言葉に気が付いてばふっと口を両手で押さえたが、もう遅い。単品ではそこまで意味を限定されなかったはずのクリスの言葉も、エルドワの一言で紐付けされて、逃げ道を失った。
当然ネイの科白でそのことを察したクリスは、失言に固まったエルドワの頭を撫でつつ、苦く笑う。困ったふうを装いながら。
「……参ったなあ。レオくんには内緒の話だったんだけど」
「俺、こう見えて、内緒の話を隠し通すの得意だよ? 大人だからねえ」
全く参っていない様子で肩を竦めたクリスが、こちらの出方を窺っているのが分かる。どうやら煙に巻いて逃げるよりも、ネイを引き込む方が得策だと判断したようだ。
こうやってすぐさま損得で割り切ってくれる、淡泊な大人同士の交渉はやりやすくてありがたい。
「俺のモットーは、ご主人様に嘘を吐かないことだから」
「だから隠し事は許容範囲、って? ふふ、君のそういう食えない感じ、好きだなあ」
困ったふりもやめたクリスが楽しげに笑うその傍らで、性根のまっすぐなエルドワが複雑そうな顔をしているが、見逃してもらおう。
どちらにしろ、悠長に歓談していられる状況でもない。
三人はユウトと主精霊が話をしている間にと、レオに話していないことについての情報を交わすことにした。




