兄、ロバートと2度目の取引をする
翌日の夜、レオはネイを伴って職人ギルドを訪れていた。
自分のポーチには入りきらない素材をネイに預けているし、何より今後のためにもこの男をロバートに引き合わせておきたかったのだ。
「あなたがノシロさんですか。ランクSSSパーティの代理人だという」
「そうです。初めまして、ロバート支部長」
今のネイは、髪型も変え、眼鏡を掛け、服装も貴族のバトラー然としたピシッとしたものを着けている。いつもとは雰囲気を全く変えている、これが『ノシロ』らしい。
「王宮から各ギルドの長と各地の支部長に通達されています。ランクSSSパーティとの仲介役に『ノシロ』という方がいるので、交渉などはそちらとするようにと」
「……各ギルドに? ……全く、手回しが早いことだ」
「代理人を立てたということは、今後はノシロさんが素材の持ち込みなどにいらっしゃるんでしょうか?」
「いや、こいつを寄越すこともあるが、基本的には俺が来る。一応顔だけ覚えておいてくれ」
職人ギルドは自発的な情報収集のためにもマメに来たい。立ち回り的にも、こことのパイプを繋いでおいて損はない。
今後の密な取引のことも考えて、今日は『ノシロ』の顔見せに来たのだ。
「以後、お見知りおきを」
ネイは几帳面そうにひとつお辞儀をする。
とりあえず、『ノシロ』は真面目な堅物男のイメージらしい。
まあ、代理人がヘラヘラしていては軽んじられるし、こんなものでいいだろう。
「ところで、『ソード』さんたちがランクSのクエストを受けたと話題になっていましたね。今日はその素材の買い取りも?」
「ああ、そっちも頼む。ランクS魔物3体分だが、大丈夫か?」
「……3体分?」
自分で買い取りの話題を振っておきながら、ランクS素材3体分と聞いてロバートの動きが止まった。
「ちょ、ちょっと待って下さい。本部の金庫から出るから平気だとは思うんですが……これ、分割払いも可ですか?」
「別に構わん」
「ありがとうございます」
すごい金額になるだろうことは分かっている。急ぎ収入が必要なわけではないしと彼の提案に頷くと、支部長は小さく安堵のため息を吐いた。
「ところで、その3体の魔物とは?」
「サモナーペリカンと、電撃虎、それからハンマーテイル・アリゲーターだ。本来はサモナーペリカンの討伐依頼だったんだが、召喚により増えてしまってな」
「ああ、なるほど……。しかし、ランクS魔物を3体同時に討伐してくるとは、相変わらずとんでもないですね……」
ロバートは感嘆と共に、信じられないとばかりに肩を竦めた。
「さすがに全部の素材を持ち込もうと思うと量が多すぎるから、肉や骨は全部捨ててきた」
「すっ、捨ててきた!? ワニ肉なんて、流通すれば一切れ金貨3枚はする高価食材っ……!」
「肉はどうせ食う以外使い道ないだろう。特殊効果の出るものなら持って帰っても来るが、今回のは食通が喜ぶだけのものだしな。今頃周辺の魔物の餌にでもなっている」
「ま、魔物の餌……もったいない……っ!」
向かいのソファでロバートはすごい顔をして、昏倒しそうなほど衝撃を受けている。相変わらず素材への執着が半端ない。
そんな彼を見たレオは、以前から気になっていたことを訊ねた。
「……ロバート、俺が持ち込んだ高ランク素材というのは、特別な管理をしているのか?」
「え? ああ、もちろんです。ザイン支部の地下にある鍵付きの部屋に入れています。高級素材庫は一般の職員は入れないように厳重に管理されていますよ」
「その部屋は、まだスペースに余裕があるか?」
「それはもう。高ランク素材は仕入れたそばから売れていきますし、ほぼあなたがたからしか入荷がない状態ですから」
「そうか」
レオはロバートの回答に頷くと、おもむろに懐から眼鏡を取り出した。
これは以前から考えていたことだが、今が取引の頃合いだ。久しぶりのビジネスモードに入る。
「素材庫のスペースが有り、あなたは素材を無駄に捨てたくない。……だったら提案があります。互いに実のある取引をしませんか?」
「取引……? ほう、それはどんな? 詳しく聞かせて下さい」
初めてここを訪れた時も彼と同じようなやりとりをしていた。今さらロバートはレオの変化に困惑することはない。それよりも取引の内容に興味が行っているようだった。
「我々は今回手に入れたサモナーペリカンののど袋で、転移ポーチを作る予定なのです。特に私のものは『もえす』で4つのポケットを付けてもらうつもりでして」
「ポケットを4つも!? それはそれは、すごい金額になりそう……ですけど、でもまあ、レオさんならどうとでもなりますか」
「そのうちのポケットのひとつを、その素材庫に繋げさせて欲しいのです」
「素材庫に? ……ああ、なるほど」
話を聞いて、ロバートはすぐにレオの取引内容を把握する。
「つまり討伐で手に入れた素材を、直接ポーチから素材庫に送ってくるということですね? そうすれば量を気にせず放り込めるし、いちいちポーチから別に保管して、ここに持ち込むという手間が省ける」
「そういうことです。そうなれば、我々としても一時的に保管する場所が必要なくなるし、今回のように素材が多すぎて捨ててくるようなこともなくなります」
「なるほど、それは双方にメリットがありますね。しかし、支払いなどはどうしますか?」
「そちらに関する金銭取引は、消化仕入れ形式にして頂いて結構です」
消化仕入れとは、つまり先に売ってもらって、売れた金額分だけこちらに支払ってもらうということだ。
これなら入荷、即販売で素材庫に商品が溜まってしまうことはないはず。先に売り上げが立つから、支払いに難儀することもない。
「それはウチとしては願ったり叶ったりですけど……。そちらで何の素材をいくつ送ったか、いちいち覚えてられますか? もちろん私が管理はしますが、これだとこちらの言い値になってしまいますよ」
「あなたが支払い金額を誤魔化すような相手なら、最初から取引なんてもちかけません」
そう告げると、ロバートは数度目を瞬いて、それから気が抜けたように笑った。
「そう言われてしまいますと、誤魔化すわけにはいきませんね。……分かりました。その取引、是非とも受けさせて頂きます」
「取引成立、ありがとうございます。引き続き手持ちでの納品もさせて頂きますので、今後ともよろしくお願いします」
互いに45度のお辞儀をする。
そして顔を上げ、レオは眼鏡を外した。
ビジネスモードはここまでだ。
隣でずっと黙ったままその様子を見ていたネイが、ぼそりと「俺とキャラが被ってる」と言ったが、一緒にするなと脇腹に一撃くれてやった。
「そうだ、ところで魔工翁に出資の話はしたのか?」
今日の持ち込み素材の鑑定をするロバートに、レオはコーヒーを飲みながら訊ねた。これも確認したいことだった。
彼は素材を鑑定する手を止めぬまま返す。
「はい、一応。とりあえずレオさんの名前を出さずに話したのですが、やはりあまり乗り気ではない様子でした」
「店の規模を広げたくないんでしょうね。出資を受けると出資者の意向に逆らうことができませんし」
ネイが怪しまれない程度に口を挟む。
「魔工翁は儲けたいわけじゃありませんからね。気ままに、自分が認めた人間だけを相手に商売したいんですよ。……以前、色々あったみたいですから」
「色々、ね」
やはり根底にあるのは息子娘とのしがらみか。それを解消してやろうなどというお節介な気持ちは全くないが、創作のやりがいくらいは与えられるかもしれない。
それは巡り巡って我々への恩恵にもなるだろう。
……少しだけ、『もえす』と絡むことになるかもしれないのが億劫だが、それは仕方がない。
レオは近いうちにユウトを連れて魔工爺様のところに行こうと算段を立てた。




