弟、ネイが手に入れた大精霊の恩恵を推察する
その後も明日のゲートへ行く準備に関して言葉を交わしつつ食事を進めていると、ユウトがはたと口を開いた。
「レオ兄さん。そういえば、明日はゲートに入る前にグラドニさんのところに寄るようにって言われたんだ」
「グラドニのところに? 何かあるのか?」
「よく分からないけど、餞別をくれるって言ってた。明日のお楽しみだって」
「お楽しみ? ……まあ、ゲート突入前にわざわざ寄れって言ってるんだから、攻略に役立つものだろうが……」
「うん、そうだと思う。全員揃ってないと意味がないって言ってたし」
どうやらグラドニは、パーティ全体に効果のある何かをくれるらしい。ならば明日は一番に古竜の家を訪れることにしよう。
そう決めたレオの向かいで、会話を聞いたクリスが珍しく狼狽えた。
「うわあ、グラドニと対面しなくちゃならないのか……。魔族だと殺したくなっちゃうんだけど」
「どうせあの男は俺たちごときでは殺せん。問題ない」
「いやいや殺せなくたって、私のせいで気分屋と言われるグラドニの機嫌を損ねたら色々まずいじゃない。私だけ席を外すことできないかな」
悪い相手でないと分かっていても、魔族に属する者と対面すると殺意がわいてしまうのだ、とクリスは言う。しかしそれに対して、ユウトはふるふると首を振った。
「大丈夫です、グラドニさんはくくりとしては魔物ですし。何よりクリスさんが前に、魔物である古竜には魔族の素養も入っているって言ってましたけど、僕はグラドニさんには魔族と言うより精霊の素養が入っているように感じました」
「グラドニが、精霊の素養……? それは、ユウトくんの主観かい?」
「そうです。だから根拠があるわけじゃないんですけど……なんとなくグラドニさんからは聖属性の匂いを感じる、と言えばわかりやすいでしょうか」
「聖属性……なるほど、彼の置かれている立場からすればそういうこともあり得るか……」
古竜と一概に言っても、グラドニがかなり特殊な存在であることは確か。クリスはわずかに逡巡し、しかしすぐに結論を出した。
「分かった、ユウトくんを信じて明日は普通にグラドニに会ってみよう」
会ってみなければ分からない、となれば、躊躇いなく会う方を選択するクリスだ。そうと決めればあとはうだうだと考えない。
そうして明朝にグラドニに会う件が丸く収まったところで、今度はネイが口を開いた。
「聖属性かあ。……ユウトくん、俺からはその匂いしない?」
「えっ? ネイさんから聖属性の匂いですか? 人の魔力の匂いって薄いから、僕だとよく分かりませんけど……。あ、でもよく見るとネイさんの胸のあたりが、なんかぼんやりと光っている感じはします」
ユウトの言葉に、レオはちらりとネイの方を見る。しかし、自分の目には光るものなど確認できなかった。
「狐の胸のあたりが光ってる? 俺には見えんが」
「私にも見えないね。もしかするとユウトくんは精霊のペンダントのおかげで、魔力の塊が見えてるんじゃない?」
「あ、そういうことか。言われてみれば、俺も自分の胸んとこが何だか光ってるの分かるわ」
「えっと……ネイさん? 何かあったんですか?」
ネイの質問や会話の意図が分からず、ユウトが首を傾げる。
それに対して、レオが横から説明をした。
「……こいつ、大精霊の魔力の一部を掠めとったらしい」
「えっ……」
「ちょ、レオさん、言い方! あのね、ユウトくん。これは不可抗力だから。ほら、以前ユグルダで俺が大精霊に身体を貸して、動けなくなって帰ってきたことあったでしょ。あの時に色々あって、俺の中に大精霊の力が残っちゃったらしいんだよね」
「あっ、あの時の? 全然気付きませんでした」
「おそらくこんなふうに魔力が目立つようになったのは、大精霊が力を取り戻してからのことだからねえ」
ユグルダで大精霊の行方が知れなくなった時は、だいぶ魔力を削られていたのだろう。だからユウトも気付かなかったのだ。しかし今の大精霊は全ての能力を取り戻している。
魔力の何割かをネイに奪われているが、それでもこれだけの影響力があるということか。
「それでね、大精霊が言うにはこの魔力が俺たちにとってメリットがあるそうなんだけど。ユウトくんはその恩恵が何か分かる?」
「精霊さんの恩恵、ですか」
問われたユウトは、首をひねる。どうやら一発で分かるような突出した効果はないようだ。
しばし頭を巡らせた弟は、やがて何かを思いついたように『あっ』と声を上げた。
「そういえばグラドニさんから聞いた話ですけど、精霊さんのような精神体は言霊に反応をするのだそうです」
「言霊? 言葉に宿る霊力のことだよね」
「はい。さっき復讐……アレの名前をあまり口にしない方がいいと言ったのは、この言霊が本人に届きやすいからなんです。同様に、精霊さんへの声も届きやすいはず。言霊の回数が多かったり、霊力が強かったりすると、認知される可能性は高まっていくらしいです」
つまりは、世界をがやがやとした人混みの中に喩えると、何度も呼ぶ声やデカい声だと相手に気付かれやすいということか。
「この言霊が、ネイさんの中にある魔力を通して精霊さんに直接伝わり、認知されるのかもしれません。もしくは、ネイさんが呼びかければ、精霊さんの同位体として認知され、下位の精霊を呼び出せるとか」
「それってつまり、大精霊に向かって呼びかければ、すぐに気付いてもらえるってこと?」
「はい」
「それか、大精霊のふりして配下の精霊を呼び出せる……だまし討ちっぽいなあ」
「同じ霊力で声を届けられると言うだけで、精霊さんのふりをするわけじゃないと思いますけど」
「うーん、でも何にしろ、微妙な感じだな……」
ネイの言うとおり、どちらにしろ、もしくはどっちもにしろ、メリットとしては弱い。
少し拍子抜けだ。世界の創造主の力の片鱗を受けたのだから、レオとしても多少の期待をしていたのだけれど。
そうして二人が気抜けする一方で、しかしクリスは目を輝かせて身を乗り出した。
「それって、もしかしてすごくありがたい恩恵なんじゃない?」




