兄、ランクS魔物を倒しきる
電撃虎の体毛が帯電して逆立ち、パチパチと僅かな放電が空気を鳴らした。
その電気を咆吼ひとつで自由に操り、こちらに落雷のように降らせてくる。
それをネイは出席簿を模した合板で防いでいた。
「うは、すごいなこの出席簿。オリハルコン面で魔法攻撃ほぼ思い通りに流せるわ。アダマンタイト面では物理攻撃、っと」
雷攻撃の合間に飛び掛かって来た大きな電撃虎を、足を踏ん張り、手にした板で弾き返す。それだけで魔物ははね飛ばされ、大きく後退した。
「向こうの攻撃に上手くタイミングを合わせれば、最低限の力で衝撃の反射も可能、か。面の狭さとタイミングはシビアだが、めっちゃ使えるなこれ。……『もゆる』ちゃん、今の攻撃平気だった?」
「はい、大丈夫です。ちょうど近付いてくれたので、ロープも掛けられましたし」
ユウトは護りを完全にネイに任せ、いつの間にか魔法のロープを電撃虎の首に掛けていた。
自身の魔法を炸裂させていた隙に掛けられたそれに、電撃虎は気付いていない。それを操る魔力が微少であり、視認できない首元であり、特に締め付けてもいないからだ。
こちらを睨めつけている虎は、そのロープの端が背後に伸びていることに注意が向かない。
「……やっぱり面白い戦い方考えてるね、『もゆる』ちゃん」
ネイはユウトの狙いに勘付いて忍び笑いを浮かべた。
電撃虎の向こう側には、スーツを着たレオと戦う尾槌鰐がいる。
ワニはこちらに背を向けながら、その尻尾の槌を上下左右に振り回して攻撃していた。
ユウトは、その尻尾にロープの逆端を結ぶつもりなのだ。
ランクSの力自慢の魔物同士、引き合った瞬間に間違いなく双方の動きに制限が掛かる。
「ロープ、切れちゃわないかな」
「大丈夫だよ。魔法のロープは魔物に噛み切られることはあるけど、単純な引っ張り合いでは切れないんだ。そもそも、魔力によって伸縮自在のロープだしね。結び目も、『もゆる』ちゃんが解かない限り崩れない」
「そっか。じゃあやってみます」
白いドレスグローブをはめた指先が、くるりと円を描いて魔法のロープを操る。
ユウトの姿は暗視の眼鏡を通してレオにも見えているのだろう。彼は輪っかになったロープの端が近付いてくるのに合わせて、自分に振り下ろされた尻尾をワニの後方へと弾き飛ばした。
「『ソード』さん、ナイスアシスト」
「よし、掛かりました!」
その尻尾にロープが通り、電撃虎とハンマーテイル・アリゲーターが繋がれる。
ユウトは同時に、2匹の魔物の間で緩んでいたロープにテンションを掛けた。
こちらに飛び掛かろうとした電撃虎と、レオに攻撃をしようと尻尾を振り上げかけたワニが、引っ張り合った互いの動きのせいで体勢を崩す。
「……グガアアアアアア!」
若干力で劣った電撃虎が、ワニの尻尾の動きに引き摺られ、反動で地面にひっくり返った。
それに屈辱を感じたのか、途端に酷く激昂する。
ネイとユウトに完全に背中を向けて、虎は尾槌鰐に対して背中の毛を逆立てた。
「上手いことやるなあ、『もゆる』ちゃん。もう魔法のロープ回収して大丈夫だよ。噛み切られる前にね」
「平気ですか? まだワニが兄さんの方見てて、虎の方に向かっていく様子がないですけど。互いの動きを制限させることで仲違いさせて、魔物同士で戦わせたかったんだけどな」
「逆にこれでいいんだよ。後は『ソード』さんにお任せ」
ランクSの魔物は滅多に他の魔物と連まない。それぞれが自分の強さに自負があり、プライドが高いからだ。
虎だけが反応したのは、自分の力がワニに劣ったことに誇りを傷付けられたから。ワニを倒さないと、自分のアイデンティティが脅かされるのだ。
積極的に攻撃する様子のないこちらより、ワニを相手にしようとするのは当然のこと。
「ハンマーテイル・アリゲーターの弱点は雷属性。おそらく、電撃虎は最大級のサンダーボルトを撃つはずだ。あれを食らうと数秒の筋肉硬直が起きる。そしたらワニは即『ソード』さんに首を落とされて終わるよ」
「それって……電撃虎は自分の力でワニを倒せなくて、怒らないんですか?」
「今も怒ってるしさらに怒るけど、問題ないよ、大丈夫。一度大きなサンダーボルトを放つと、電撃虎はしばらく帯電に時間が掛かる。その間はただの怪力の虎だ。『ソード』さんの敵じゃないよ」
ネイがユウトに説明しているうちに、果たして電撃虎は身体に溜まった電気を全てひとつに集約して、ワニに向かって放った。
当然ハンマーテイル・アリゲーターも気が付いたが、絶対的な強者であるレオを相手にしながらでは避けきれない。
稲妻のように上空から降り注ぐ電撃。それは、空気を裂くようなバリバリと激しい音でワニを貫き、その身体を硬直させた。
瞬時に抜き身の剣を両手で構えたスーツ姿のレオが、月光の下、切っ先を一閃させる。
ドッ、と肉と骨を断つ音がして、声を上げる事もなくワニの頭が胴体から切り離された。
「グオオオオォォン!」
今にもハンマーテイル・アリゲーターに飛び掛かろうとしていた電撃虎が、突然目の前で怒りの矛先を失ったことに激怒する。虎は威嚇するように、周囲を竦み上がらせる咆吼を上げた。
それに掛かってビクッと竦んだユウトの背中を、ネイは落ち着けるように撫でる。
「平気だよ。すぐに終わる」
ネイが言った通り、そこからはあっという間だった。
レオが背広の裾を揺らして大きくジャンプをする。そして、襲い来る牙と爪をもろとも弾き返した。
噛み付こうと迫るその鼻先を踏み台にして、再びジャンプ。レオはその後頭部に足を掛け、あっさりとその首を落とした。
地響きと共に、巨体が地に伏せる。
そして静寂。
「相変わらず、お見事だよねえ」
「すごい、兄さん!」
3匹のランクSの魔物を倒しきり、剣を鞘に収めたレオの元に、ユウトが走って行く。ツインテールとスカートと、腰に付いている大きなリボンが揺れて可愛らしい。
うん、和む。
ネイもその後ろを歩きながら付いていく。
2人はまた無自覚にいちゃいちゃしているけれど、あんまり突っ込むと後でレオに仕置きされるので黙っておこう。
「ランクSの魔物をひとりで3匹も倒すなんてすごい! やっぱり兄さんカッコイイ!」
「お前の補助があったから楽だったんだよ。よく考えた。偉いぞ。こんなに可愛い上に賢いなんて、さすが俺の弟だ」
ユウトの頭を撫でるレオは、かなりご機嫌なようだ。
「今回は『もゆる』ちゃんのおかげで電撃虎の相手が楽でしたね」
「そうだな、あれは大きい。いつもはあいつにかなり手こずるからな」
「あの虎に? すごく簡単に倒してたみたいだったけど……」
「もちろん負けるようなことはないが、普段だと時間が掛かるんだ。あの虎は電気を操って、剣の動きを狂わせるんだよ。金属はどうしても電気を通すからな。あれで芯をずらされて、時間も体力も消費する」
「電撃虎って対人間相手だと、金属武器を持ってるの分かってるからなかなか完全放電ってしてくれないんだよねえ。『もゆる』ちゃんがその矛先を魔物に変えて煽ってくれたおかげで、電気を完全に取っ払うことができたわけ」
「そうなんだ……。でも僕としては意図した展開とちょっと違ったから……、えっと、もっと精進するね」
偶然の功労を褒められて、ユウトはちょっとだけバツが悪そうにスカートの裾をつまんでもじもじしながらも、頬を赤くした。
その様子をレオがガン見している。
「褒められても驕らぬ『もゆる』が萌ゆる。もじもじ可愛い」
「そういうの、真顔で口にすると怖いですよ『ソード』さん。……さて、散ってた野次馬たちが戻ってこないうちに素材剥いで帰りましょう。そっちのポーチだけじゃ入りきらないでしょ? 俺のにも入れますよ」
「……『先生』のポーチも圧縮ポーチなんですか?」
「いや、俺のは転移ポーチ。とりあえず片っ端から俺の家に送れるよ」
「転移ポーチ……! すごい、あの高いやつですよね。僕もいつか欲しいと思ってて……」
「ん? そのための今回の討伐でしょ?」
ネイが問い返すと、ユウトは何のことかと首を傾げた。
どうやらレオは今回の討伐の目的を話してあげていないらしい。彼を見ると、今さらネイに代わって説明をした。
「……今回のサモナーペリカンののど袋が、転移ポーチのメイン素材なんだ。これでお前のポーチも作れる」
「え、そうなの!?」
「……できあがるまで内緒にして、驚かせてやろうと思っていたんだが」
じとりとレオに睨まれた。
あ、やばい、しくじった。後で路地裏に呼び出されるかも。
そう覚悟をしかけたが、しかしユウトが天使の笑顔を浮かべてくれた。
「そういうサプライズもいいけど、できあがるまでワクワクして待ってるのも楽しいよ。僕のためにいつもありがと」
「……ああ、うん。そうか」
一瞬でレオの機嫌が直る。てきめんだ。助かった。
「じゃあ、素材を捌くか。……おい貴様、そっちのワニの素材を剥げ。肉はいらん。取るのは皮と牙、それから尻尾もな」
「僕は?」
「『もゆる』はそこにいるだけでいい」
「……解体用ナイフ持ってるのに……」
「あ、『もゆる』ちゃん、だったら俺に力アップ掛けて。ワニの皮って固いんだよね。力欲しい」
「……貴様、何勝手に『もゆる』を使ってんだクソが。殺すぞ」
「兄さん、そういうこと言わない! 僕だって役に立ちたいもん。はい、『先生』に力アップ!」
「ありがとー、『もゆる』ちゃんは良い子だねえ」
ユウトに叱られてへこむレオが面白い。
ついニヤニヤとしていると、不意に殺気を感じて固まった。
「……貴様、今日の深夜、路地裏に来い」
あ、やばい、しくじった。




