兄、弟をグラドニの元に送り出す
「あ、お帰りレオ兄さん」
ラダの村に戻ると、すでにユウトとクリスがエルドワやキイクウと落ち合って、アシュレイの家の庭で話し込んでいた。
しかし弟は兄の帰還に気付いた途端、そこから抜け出して笑顔でそばに寄ってくる。
レオはその細い身体をすぐに腕の中に閉じ込めて髪の毛に鼻先を突っ込むと、すうーっと甘い匂いを吸い込んだ。ああ、弟を吸うと気持ちが落ち着く。
それを微笑ましそうににこにこと眺めていたクリスだが、一分経ってもレオがユウトから離れないのを見て、邪魔をしない程度に軽く首尾の如何を訊ねてきた。
「レオくん、グラドニとはいい話ができた?」
「ああ、まあな。一応、俺たちの頼みを何でも一度だけ聞いてもらえる約束をしてきた。……もちろん、ただではないんだが」
「ふうん? ただではないというと、何かと取引ってことかい?」
「代わりにランクSSSゲートを攻略することになった」
そう告げると、そこにいた全ての視線が驚きに見開かれてレオを見た。まあ、当然の反応だ。
腕の中のユウトも、こちらを見上げて目玉がこぼれ落ちそうなくらい驚いている。
「ランクSSSって、王都の近くの……?」
「いや、違う。今バラン鉱山の山頂を見てきたんだが、その上空に新しいランクSSSゲートができていてな。それを潰して欲しいらしいんだ」
「バラン鉱山の上空に?」
それからグラドニとしてきた詳しい話をすると、ユウトたちは一応の納得をしてくれたようだった。古竜と別世界の関係についての話をした時に、ユウトとクリスが何か目配せをしあったが、今は無視しておく。
ユウトの話を聞くのは、グラドニと会わせた後だ。
そうしてあらかた話し終えると、クリスが首を傾げた。
「それにしても、ランクSSSとはね。最下層まで何階あるか分からないし、どれくらいの速さで攻略できるか……。建国祭に間に合うかな? レオくんはその辺どう考えてるの?」
「間に合うか、じゃなく間に合わすんだよ。とりあえず、エルドワの鼻を頼りに最短距離を進めばどうにかなる」
「ひたすらボスを目指す強行軍か。まあ、それでグラドニの助力を得られるのなら、やる価値はあるね」
ランクSSSという未知のゲートだというのに、クリスは怖じ気づく様子がない。そのリスクを負ってでも手に入る報酬に、納得のいく十分な価値を感じているのなら、この選択は彼の性に合っているのだろう。
「それで、ゲートには誰を連れて行くんだい? もちろん私は行くけど」
「僕も行くよ、レオ兄さん」
「ああ。ユウトとクリスはあてにしてるからな。それから、エルドワも当然連れて行く」
「当たり前! ユウトを護るのはエルドワの仕事!」
「キイとクウもお連れ下さい。召喚ですと出現していられる時間が限られますので、この身のまま行きます」
「そうだな、お前たちも来てくれ」
ゲートに入れるのは六人まで。通常フルメンバーで突入することなどないレオだが、今回ばかりは戦力を上げすぎて悪いことはない。
後は要所でユウトにヴァルドを呼び出してもらおうと考えて、レオはパーティを決め終えた。
のだが。
「レオ様、狐はお連れにならないのですか?」
「狐を?」
不意にキイに訊ねられて、レオは怪訝に思い片眉を上げた。
「もうパーティは六人でいっぱいだぞ。入りようがないだろ」
「いいえ、もう一人入れます。クウたちはひとつの心臓を二人で分けている存在なので、二人で一人扱いなのです」
「……ああ、グレータードラゴンの完全体で一人と数えるのか」
なるほど。だとすればパーティはまだ五人。もう一人入れられる。
そうなると、適任なのは当然ネイだ。
実力的に言えばルウドルトあたりでもいいのだが、あの男がライネルの側から離れるわけがないし、剣使いばかり揃えるのもバランスが悪い。
ネイならパーティ唯一のスピード特化型、幸運とクリティカル率の高さもあり、もえす装備も揃えている。
ただ問題は、ウィルの護りがアシュレイ任せになることだ。
その戦闘力は十分だとしても、彼はその身体の大きさから外部の人間との接触が難しい。
もしゲート攻略に日数が掛かれば、彼らの食料の買い出しも困難になるのだ。
それをどうしようかとしばし頭を捻っていると、察したクリスがレオに提案をした。
「ウィルくんの護衛、あの子に頼んだらどうかな? ダグラスくんの娘の、ルアンくん」
「ああ、ルアンか。それはいいかもな」
ルアンはしばらくダグラスたちと高ランクゲートで修行をしていたはずだが、建国祭を前にそろそろ王都に戻っている可能性が高い。
それに、すでにその実力は師匠のネイも、レオもクリスも認めるところだ。
当然ウィルとも面識があるし、隠密として口は硬いし、コミュ力も高く、ネイの代わりに打って付けと言えよう。
「よし、じゃあ早速書簡ボックスで狐を呼び寄せよう。ゲート攻略するなら王都での買い出しも必要だな。買い物リストも送るか」
ラダではゲート攻略用の薬や補助アイテムは手に入らない。それをネイに買ってこさせる算段を立てる。
準備に多少時間が掛かるだろうが、それは仕方がない。
どちらにしろ、ゲートに向かう前にこちらもすることがあった。
「……狐が来るまでの間だが、ユウト」
「あ、うん。レオ兄さんはクリスさんとお話するんでしょ? 僕はここで……」
まだ何も言っていないのに、ユウトは自ら距離を取る。
それに少々胸がザワザワと落ち着かない気持ちになったけれど、自業自得でもあるのだからと、レオは努めて平静を装った。
「クリスの報告は受けるが、別の話だ。ユウト、お前はグラドニと会ってこい」
「えっ」
告げた言葉に、レオ以外の全員が目を丸くする。何だ、この反応。
レオは怪訝に思いつつ、ユウトが口を開くのを待つ。
すると数秒ぽかんとした弟が、はっと気を取り直して首を傾げた。
「えっと、グラドニさんと会っていいの……?」
「ああ。……あいつがお前に会いたいと言っているんだ。キイかクウに背中に乗せてもらえば山頂まではひとっ飛びだし、挨拶がてら行ってこい」
「グラドニさんが僕に会いたがってる……? よく分かんないけど、分かった。行ってくる」
「……帰ってきたら、何の話をしたのか報告してくれ」
「うん!」
快活に報告の約束をするユウトに、レオはほっとする。
そうか、情報を得ることを禁じなければ、弟にはこうしてきちんと兄に報告をくれる意思があるのだ。
……今までそれを禁じていたことで、レオに隠れて得た情報はどれほどあるのだろう。
もはや把握できないそれを考えて、今さらながら兄のエゴで弟を事態の中枢から遠ざけてきたことが、この乖離を招いたのだと改めて理解した。
「……お前がグラドニと会っている間、クリスからジードとした話の報告を受けておく。戻る頃には狐も来ているだろうし、これからのことについてみんなで話をしよう」
そう告げると、間近からレオを見上げていたユウトは、ぱちりと目を瞬いた。
その瞳の奥に一瞬だけ複雑な色を見た気がするけれど、すぐにぱあと嬉しそうに破顔されて、どうでもよくなる。
レオは笑顔のユウトに、きゅっと抱きつかれた。
「僕も話に加わっていいの?」
「もちろんだ。一緒に平和な世界を取り戻すために必要だからな」
「そっか。……じゃあ、僕も頑張らなきゃ」
にこにこと話す弟は大変可愛らしい。
ユウトは甘えるようにひとしきり兄にじゃれると、ようやく身体を離した。
「それじゃ、まずはグラドニさんのところに行ってくるね!」
「ああ。気を付けてな」
「任せろレオ! エルドワもついて行くから平気!」
「キイもクウもユウト様にお供致します」
「頼む」
半魔たちは意気揚々としている。何だか気合いが入りすぎな気がするが、まあ問題はないだろう。
グラドニは老獪な雰囲気を漂わせているものの理屈が通らない男ではなかったし、扱いに慣れたキイとクウもいる。それに何よりあの古竜の側にいれば、どんな魔物が現れようが危険がないのだ。
安全面だけは保証されていると言っていい。
「行ってきます!」
「なるべく早く帰って来いよ」
それでも、過保護な兄は未練がましく一言添える。
変化したキイの背中に乗せられたユウトが手を振るのを、レオは軽く手を上げて見送った。




