兄、グラドニから対価を引き出す
「はああああ~!?」
グラドニからの要望に、レオは何言ってんだコイツとばかりに顔を顰めた。
今まで誰も完遂したことのないランクSSSのゲート攻略を、ただの口止めの対価として依頼してくるなんて信じられない。
あまりに釣り合わない取引。
レオはすぐさま反論した。
「おい、口止め料としてはあまりにぼりすぎだろう! 全然内容が見合わないんだが!?」
「はて、おかしなことを言う。うぬの所業を愛し子に知られることは、『死活問題』……生き死にに関わるくらい重要じゃと言っておらんかったか? 命を掛けるほどの事案であることに違いあるまい」
易々と言い返されて、思わずうぐと言葉が詰まる。
実際、ユウトの記憶を奪ったことがバレることと、ランクSSSを攻略すること、どちらを取るかと言われれば、後者ではあるのだ。
ただ、グラドニにとってほとんど痛みのない一方的な対価は、あまりに理不尽。
先ほどの反応を見た限り、どうやらここから移動してはいけない制約を誰かから受けているようだし、そのまま飲み込んでやるものかとレオは言い返した。
「ならば結構だ! ユウトをあんたに絶対会わせないようにすれば、必要のない約束だしな! あんたはここで魔物を食っていればいい!」
「……む、いや、ちょっと待て。……あれがなくならんことには、わしはどこにも行けぬ……」
こちらが強気に出ると、今度はグラドニがたじろいで語気を弱めた。
あれ、というのはもちろんゲートのことだろう。彼自身では消すことのできない、厄介な存在。どうやらこれを盾にすれば交渉の余地があるようだと、レオは慎重に古竜を観察した。
「元々しばらくはここで魔物を食っている予定だったんだろ? 何も問題ないじゃないか」
「くっ……それは、かの世界のことを聞く前の話じゃ。……わしとて望んでここに張り付いておるわけではないし、できることなら一刻も早く動きたい」
少々イライラとしているようだが、癇癪を起こす様子はない。
おそらく、あのランクSSSゲートを攻略できる可能性のある人間など、レオたち以外にいないからだ。つまりこの古竜は、こちらと交渉するしかないのだ。
状況は変わらないが、その見方を変えれば立場は逆転する。
レオはふむ、と顎に手を当てた。
この分なら、目の前の男との取引は優位に進められそうだ。
そして後々のことを考えれば、ここでゲートを潰してグラドニに恩を売っておきたい。
ただ、ランクSSSにもなるとゲートの深さは未知数だ。魔研やガラシュとの決戦が間近な今、ゲートに入って最下層を攻略するだけの余裕があるのかは難しいところだった。
……だがそれでも、古竜が持つ時流を変えるほどの力をあてにできるのなら。それだけの時間と引き替えにする価値は、あるかもしれない。
「……ランクSSSほどの難関ゲートの攻略は命の保障がない。リスクの方が高すぎる。……が、『相応の』対価があれば、挑んでもいい」
そう、『相応の』対価だ。
そこを強調すると、グラドニは逡巡したようだった。
レオの言は、つまりこの古竜に『自分たちと同程度のリスクを負え』と言っているからだ。
まあ、このバカ強い不老不死の男が命の危機にさらされる状況などないけれど、そのくらいの覚悟を寄越せということだ。
それを正確に理解したグラドニは、一度天井を仰いでから、大きなため息を吐いた。
「……分かった。うぬらがあのゲートを攻略してくれたあかつきには、一度だけ禁を取っ払った願いを叶えてやろう」
「願いを叶える……?」
漠然とした提案に、レオは首を傾げる。
それに対し、男は端的に言った。
「一度だけ、世界の理に反する力を貸してやると言っておるのじゃ」
世界の理に反する力を貸す。その言葉に、レオは目を瞠った。
それは命を落とす事のないグラドニが、世界からのペナルティを食らうリスクを負うということだ。
これは、永劫だからこそ終わりのない責め苦に遭う可能性も秘めていて、それだけ例の別世界が彼にとって大事なのだという証だった。
「……いいのか?」
「よくはないが、命を掛けられぬわしが提示する相応のリスクとなると、こうなる。まあ、負うことになるリスクの大きさはうぬらの望み次第じゃが」
別にグラドニに大きなリスクを被せることが目的ではない。それよりもただ単純に、何かあった時の切り札として古竜という手札を持っていたかっただけ。そう考えれば、これは最高の対価だった。
レオは大きく頷き、了承する。
「交渉成立だ。俺たちは準備でき次第、あのゲートを攻略に向かおう」
「そうか! ではよろしく頼むぞ」
「ああ。……それから、できればユウトにあのことを黙っているのも……」
「分かっておる。ひっくるめて請け合ってやるわい」
自分が動ける算段ができたことで、グラドニはいくらか鷹揚さを取り戻したようだった。
扉に向かっていた足を再び上座にとって返す。
そしてどかりと腰を下ろすと、探るように口を開いた。
「ところで、あのゲートには世界の愛し子も連れて行くのか?」
「……一応な。危険だから置いていきたい気持ちもあるが、おそらく一緒に行きたがるだろうし、その強力な魔法もあてにしているからな」
「ならば、その前に一度子どもをわしのところに来させよ」
「ユウトを、ここに?」
唐突なグラドニの言葉に、レオは難色を示す。
とりあえず口止めしたとはいえ、できればユウトとグラドニを会わせたくないのだ。もちろん、ユウトは過去の古竜との関わりなど知りもしないのだから、会ったからといって何を思い出すわけでもないだろうけれど。
「……ユウトに何か用事があるのか? それなら別に、俺がここで聞くが」
「いや、今の愛し子の魔力を検分したいだけじゃから、本人が来ないと意味がない。それに心配しなくとも、5年前の話はせぬ」
「それは、分かっているが……」
対価のこともあるから、グラドニが約束を破るとは思わない。だが、ただそれでも心のどこかに恐れがあるのだ。
レオは、ユウトのことになるとひどく臆病になる。
そんなレオに、古竜は含みのある笑みを向けた。
「あまりかたくなに遮断をすると、本人がこっそりとわしに会おうとするかもしれぬぞ? キイとクウは子どもにわしの話をするじゃろうし、うぬがここに来る前にあの二人と先触れで訪れた子犬が、報告もするじゃろうからの」
「……ユウトがこっそりあんたに会って、何をするっていうんだ。ゲートさえ攻略すれば助力がもらえることを告げれば、会う必要なんてないだろ」
「さて、それはどうかのう。……しかし考えてもみると良い。こそこそと会われては問いただすこともできまいが、うぬの許可で会いに来るのなら、わしらの話の内容を子どもに直接訊ねることもできると思うぞ?」
「むう……」
そう言われて、レオは考え込んだ。
確かに、最近はユウトを魔研の情報から遠ざけようとして、逆に隠れて行動されるようになっている。
レオが密談をしている間に、ユウトは別の誰かと何事か話を進めているようだった。
そして自分が色々隠して事を進めている負い目から、弟の行動を問い詰めることもできなくて、どうも最近は兄弟間で情報の乖離が起きている気がしていた。
一応間にクリスが入ってくれているけれど、それは二人の間に距離が生じていることに他ならないわけで、さらにレオが臆病になっている原因でもあったのだ。
(そういえば最近ユウトを遠ざけてばかりで、別行動が多くなっている……。重要な話も、ほとんどしていない……)
そうして考え込むレオに、グラドニはもう一度声を掛ける。
「愛し子を、わしに会わせよ」
この古竜に会わせ、その内容を訊ねることで、ユウトの秘密ごとの一端を見ることができるかもしれない。
レオはグラドニの言葉に目線を上げると、躊躇いつつもひとつ頷いた。




