兄、グラドニがバラン鉱山にいる理由を訊ねる
グラドニの言う帰還というのは、もちろん日本からのことだ。
今思い返せば彼はレオたちをあちらに送る時に、『運命が許せばまた会おう』と言っていた。
もしかするとあの時から、レオたちが引き戻される可能性があることを知っていたのかもしれない。
「……久しぶりだな、グラドニ。五年前は世話になった」
「あれはこの肉体を取り戻した礼じゃ。わしの方こそ助かったぞ。うぬらの不在の間に力も蓄えられたし、久しぶりに不老不死の残骸をひとところに集めることもできたしのう」
「……不老不死の残骸?」
「ああ、うぬらには関係のないことじゃ。気にするな」
グラドニはカラカラと笑うと、指で示してレオを自分の正面にある円形の絨毯の上に座らせた。
どうやら機嫌は悪くないらしい。
そのままこちらの話を聞く姿勢を取る様子を確認して、レオはさっそく気掛かりを解消することにした。
「あんたはどうしてここに?」
「ん? 竜の谷はうるさい頑固ジジイばかりでつまらんでな、現状を確認しただけで、あそこは早々に出た。その後、良き場所を探してあちこち巡っていたところ、つい先日縁あってここに居を構えたのじゃ」
「……こんな何もないとこにか?」
「はは、人間にとっては何もないところかもしれんが、わしにとっては中々面白いところじゃ。ここは王都の北東にあたり、いわゆる鬼門と呼ばれるところでな」
「鬼門……」
その言葉は、日本にいた時に聞いたことがある。確か陰陽道でいう丑寅の方角のことだ。あの頃たまたま組んで仕事をした同僚が説明してくれたことがあった。
鬼門は『悪いもの』が入ってくる方角だと。
こちらの世界にもそんな方術が存在するのかは知らないが、まあグラドニは向こうの竜神と知り合いのようだったし、知識の共有があるのかもしれない。
「てことは、ここにグラドニが居を構えることで、『悪いもの』が入ってこないように王都の鎮守をしているってことか?」
日本で得た知識に照らし合わせれば、そう考えられる。あちらでは都の鬼門となるところに、鎮守の神社があったはずだ。
グラドニがわざわざ鬼門に作ったというのなら、それを倣って拠点を置いたということなのだろう。
そういえば南西が裏鬼門に当たるが、あそこにはラフィールのいるガントがあった。
あそこも浄魔華が黒化していた時は効果はなかっただろうが、花が復活した今はその方角からの『悪いもの』の侵入を防ぐに十分な場所だ。
もしかすると、以前は何かを意図して村が配置されていたのかもしれない。
「いや、わしは別に王都の鎮守をしているわけではない」
しかしそう納得しかけたレオの言葉を、グラドニはあっけらかんと否定した。
「鎮守が目的ではない? ……では何でわざわざ鬼門に居を構えたんだ?」
「ここには美味い食い物が豊富に集まってくるからじゃ」
「……美味い食い物?」
想像以上に利己的で単純な理由に、レオが目を瞬く。
「基本的に我ら……古竜と呼ばれる者のことじゃが、我らは眠っていれば数年、起きていても数ヶ月に一度くらいの食事しかせぬ。が、わしは本来の力を取り戻すために、もっと食らわねばならなかったのじゃ」
なんと、グラドニがここにいるのは食事をするためだった。その役割を深読みして、損した気分だ。思わず力が抜ける。
……だが、彼は一体何を食うというのだろう?
レオの知るドラゴンは人畜の肉を食らうものだったが、古竜はそれとは違うのだろうか。
「この鬼門に、何が集まってくるというんだ? てっきりあんたも、腹が減れば人や魔物を食らうんだと思っていたが」
「選択肢が無ければ時には人も食らう。が、摂取効率を考えると主に食らうのは魔物じゃな。それも、高ランクで体内に含まれる瘴気が強ければ強いほど良い。その点で、この鬼門には美味い瘴気たっぷりの魔物が現れやすいのじゃ」
「……魔物、いるか? 俺が見た限り、近くに魔物の気配は一切しないが。そもそもここは精霊の祠があるし、マナが満ちているから強い魔物なんて出ないだろ」
レオは怪訝に思い突っ込んだ。
そう、祠開放前ならいざ知らず、今やマナは溢れ、子精霊もだいぶ増えてバラン鉱山とラダの地は潤っているのだ。
グラドニがここに居を構えたのは当然祠開放後であり、ここに瘴気の強い魔物が発生するとは到底思えなかった。
「今の話からして、いわゆる鬼門から来る『悪いもの』ってのは瘴気を蓄えた魔物のことなんだろ? だが、だとすれば精霊の祠が鎮守の役割を担っているわけだし、あんたがここにいても意味がないじゃないか。もっと高ランクの魔物のいる魔界に行ったらどうだ?」
「……なんじゃ、わしがここにいるのが不服か?」
彼がここにいる意味を否定するレオの物言いに、別の思惑を感じ取ったらしいグラドニが片眉を上げた。
それに対し、自身の失言をはたと覚ったレオがしまったという顔をする。
迂闊だった。彼の言う通り、つい、内心に秘めていた小さな苛立ちを言葉の裏側に乗せてしまったのだ。これは明らかな失態。
もしやグラドニの機嫌を損ねてしまっただろうかと、レオは警戒してその態度の変化を待った。
しかしこちらの心配をよそに、古竜は不機嫌になることなくレオを見たままニヤニヤと笑っている。
……これは、何かを見透かしている顔だ。
余裕綽々としたその顔を見て、自分の苛立ちがバレていると知ったレオの方が逆に不機嫌な顔になってしまった。
「もっともらしいことを言っておるが、わしがここにいるのを気に食わんのは、うぬの大事な子どもがわしと顔を合わせてしまうかもしれないのが怖いからじゃろう。術者たるわしが、うぬの指示でその記憶を封じたのだから」
「チッ……!」
婉曲することもなく図星を突いてきたグラドニの言葉に、レオは大きな舌打ちをする。
その反応だけで確信をした彼は、「うぬほどの力の持ち主が、そんな些細なことを恐れるとは」と肩を竦めた。
そのどこか楽しそうな声音に、レオはクソ、と小さく悪態を吐く。面白がっているのが丸わかりだ。
こちらの顔を見てニヤニヤを深めるグラドニを、レオは開き直って睨み付けた。
「……分かってんならあんたみたいな激レアな存在が、こんな誰でも来れる山の頂上なんかにいるんじゃねえよ」
「問題ない。バラン鉱山を有するラダは半魔の村、普段は閉じられているし、住民の口も硬い。身を隠すにはびったりじゃ」
「そんなことはどうでもいい! それよりユウトが魔石一つで飛んで来れるところにあんたがいるのが問題なんだ!」
「ふふふ、いい歳した男が愛し子を腕の中に匿っておきたくて、ギャンギャン吠えおるのう」
楽しげな古竜はしかし、レオの言い分を認めることは無かった。
「じゃが、わしがここにいることに意味がないと考えるのは早計じゃ。うぬの個人的な都合で場所を変えることもせぬ。……ここは、わしが捕食するに足るレベルの魔物が現れる……いや、落ちてくる場所じゃぞ」
「……落ちてくる?」
グラドニが言い直した言葉に、レオは意味が分からないと眉根を寄せ首を傾げる。
だが問い返した途端に、不意にレオはぞわりと不快な感覚に見舞われ、反射的に答えが来るより前に立ち上がった。
「……っこれは、いきなり何だ!?」
魔物の気配だ。それもかなり大きい。
当然それにはグラドニも気付いていて、何事かと警戒するレオの向かいで、彼も鷹揚に立ち上がった。
「ちょうどよい、わしの食事が現れたようじゃ。うぬもわしがここにいる意味を確認していくと良い」
グラドニはそう言うと、大股で出口へと向かった。




