ユウト、ジードとヴァルドの仲立ちをする
知っている転移座標を教える。
クリスがそう言うと、ジードは怪訝そうに眉を顰めた。
「……人間のお前が、転移座標を知っていると?」
「とあるミッション中に、たまたま知ったのです。一度転移魔石で飛んでみて、座標が間違っていないことは確認しています。……おそらく、ジードさんがこれから対ガラシュの術式構築をする上で、お役に立てるのではないかと思うのですが」
「ほう」
ガラシュの名前を出すと、男は分かりやすく反応を変える。
クリスの持つ座標の情報に俄然興味を示したジードの瞳は、途端に好戦的に輝き、軽く細められた。
「間違いのない座標データならいただこう。どこの転移座標だ?」
「……ジラックの貴族居住区。地下の物資搬入倉庫です」
「ふむ、なるほど」
こちらの言葉ですでに見当を付けていたのか、ジードからあまり驚きは感じられなかった。しかし表情を見るに、我が意を得たりという反応だ。
ジードはユウトに向けるのとは違うどこか意地の悪い顔で、口端をつり上げた。
「よくぞその座標を手に入れたな。褒めてやろう。……それはガラシュがどうしても私に寄越さなかったデータ……。逆に言えば、私がどうしても欲しかった座標データでもある」
「それは良かったです。……部屋に入るには、本人確認のサインが必要ですが、大丈夫でしょうか?」
「問題ない。私は彼奴の持つ性格も筆跡も術式構文も知り尽くしている。……くくく、これは楽しくなりそうだ」
「……ジードさん、ジラックに行くんですか?」
悪い笑みを浮かべているジードに、横で聞いていたユウトが可愛らしくこてんと首を傾げた。
それだけで目の前の男から毒気が抜けるのが面白い。
「む、まあ、な。正直、今までジラックに入る手立てが無かったせいで、術式に詰まっていたところがあったのだが……おそらくこれで突破口が見つかるだろう」
「そうなんですか? ……でも、ひとりで行くのは危ないんじゃ……?」
「要らぬ心配だ、もゆる。私は彼奴らの行動パターンを完全に把握している。その隙を縫うことなど造作も無い。……何、任せておけ。私に掛かれば、ジラックを覆う結界術式も内側から破壊することだって可能だ」
「ジードさん……すごいです!」
ジードが少々自慢げに語ると、ユウトは素直に感心する。
それを微笑ましく思いつつも、しかし男が胸を張って語った言葉に、クリスはつい前のめりになってしまった。
「ジラックの結界を、破壊できるって? 本当ですか、ジードさん!?」
「もちろんだ。……まあ、私だけでというのは難しいがな」
「お手伝いが必要なんですか? 僕で出来ることなら、何でもしますから言って下さい」
「なっ……!?」
少しトーンを落としたジード相手に、ユウトがまたレオに注意された禁句を口にする。だが本人はその重大さに無自覚なようで、結局言われたジードの方が狼狽えた。
「も、もゆる! 何でもするなど、軽はずみに言うものではない……! 先日は私だから良かったものの、言った相手によっては何をされるか分からんのだぞ!」
何だか、レオみたいなことを言っている。
それにユウトはきょとんとした眼差しを返した。
「僕は先日も言ったと思いますが、こんなことを言うのはジードさんを信用しているからですよ? 信用していないひとにはそもそも言いません」
「うぐぅ、か、可愛っ……!」
上目遣いで小首を傾げて告げられて、ジードが心臓を押さえてよろめく。どうやらハートを打ち抜かれたらしい。
しかし男はどうにか体勢を立て直してユウトに向き合うと、気を静めるように大きくひとつ深呼吸をした。
「……もゆるが私を信用しているなら仕方あるまい。では、手伝いを頼もう」
「はい、頑張ります」
「ちょ、ちょっと待って、ジードさん。もゆるちゃんに何をさせる気? 私に出来ることなら、こちらに依頼して欲しいんですけど」
そのまま話を進めようとするジードに、クリスが待ったを掛ける。
さすがに内容を知らない状態でユウトを彼に従わせるのは、大問題に発展しそうだ。当然だがレオが黙っていまい。
ならば自分がと手を上げると、ジードは首を横に振った。
「これはもゆるでないと無理だ。ジラックの結界術式を解除するのには、魔眼が必要だからな」
「魔眼……? もゆるちゃんは魔眼持ってないですよ? それならヴァルドさんに……」
確かに術式を解除しようとすれば、魔眼を使っての操作が必要になる。しかしそれがどうしてユウトの手伝いに繋がるのか。
それを訊ねようと魔眼を持つヴァルドの名前を口に出したところで、不意にクリスはその理由に思い当たった。
そういえば、ジードとヴァルドは互いに全く信用していないのだった。
ジードがヴァルドの魔眼を借りたいと言ったところで、ヴァルドは絶対素直に応じてはくれないだろう。それこそ罠か何かが仕掛けられていると考えそうだ。二人の間にはそれほどに深い溝がある。
そこで、二人から絶対的に信用されているユウトの存在が重要になるのだ。
ジードはユウト相手に悪意を伝えることは出来ないし、ヴァルドはユウトに与えられた言葉から悪意を受け取ることができない。それはユウトという存在に泥を塗ることであり、彼からの信用問題に関わるからだ。
ユウトからの信用を失い落胆させることは、彼らにとって耐えがたいこと。互いにそれだけは確信している。だからこそ、嘘偽りが介在しないユウトの仲介は必須だった。
「……そうか、魔眼を使うにしてもヴァルドさんとの間にもゆるちゃんを挟まないと、きちんと機能しないということですね」
「あの男は信用ならんが、もゆるの言うことなら何でも聞くからな」
自分のことは棚に上げて、ジードがふふんと鼻で笑う。
そこに突っ込むと面倒なことになりそうだ。内心で苦笑しつつ、クリスは流すことにした。
「えっと、結局僕は何をすれば?」
「私はジラックに転移した際、封印術式も確認してくるつもりだ。書き換えや解除は魔眼がないとできんが、構文さえ分かれば事前に解除コードを組んでおけるからな。もゆるは、そのコードをヴァルドに渡して、封印を解かせれば良い」
「……それだけですか?」
「もゆるちゃん、それが一番重要なんだよ」
自分の重要性が未だによく分かっていないユウトは、少々拍子抜けしたようだ。もう少し役に立つことがしたいと言いたげな魔女っ子の頭をぽんぽんと撫でながら、クリスはジードを見た。
「ジードさん、ジラックにはいつ行かれますか?」
「おぬしらが向こうに戻ったら、すぐに支度をして出るつもりだ。それほど長居する気はないから、明日の昼頃にはここに戻る」
「そうですか。ではこちらにはそれ以降に、頃合いを見てまた書簡を送りますね」
「……気を付けて行ってきて下さいね、ジードさん」
「うむ」
ユウトに純粋に心配をされて、まんざらでもなさそうだ。
クリスたちはそんなジードに挨拶をすると、今度こそ部屋の奥にあった扉から人間界へと戻っていった。




