新たな世界の創造主
魔研が拠点を置いているあの世界は、『聖なる犠牲』が破壊されたことで、その場所に新たに生まれた世界。
存在が不可思議だった第三の世界に、そんな成り立ちがあったなんて。
もちろんこんな事実をユウトに告げるわけにはいかない。
彼にしか出来ない究極の救済。それを伝え選択させることは、絶対に避けなければいけなかった。
ユウトは『聖なる犠牲』ではないのだから。
クリスは即座に動揺を隠すと、今ひとつ理解できていないらしいユウトには何も言わず、不自然でない程度に話を逸らした。
「ジードさん、そこに新しい世界が出来るに当たって、創造主が必要だったはずですよね? すでに『まだ神ではないもの』は倒されていたとしたら、代わりに誰が?」
少しだけ逸れたクリスの質問に、ジードは気付いただろう。
しかし彼がそこに言及することはない。ジードもまた、ユウトにその事実を告げることはしたくないと考えているのだ。
そんな男はまるで示し合わせたように、クリスの問いに頷いた。
「それに関しては、ルガルたちも考察したようだ。結局証明するだけの事実が見つからず、推測の域を出なかったせいで明確な答えは出なかったが」
「……それは逆を返せば、一応推測でなら当てはまる者がいたということですね?」
「まあ、そうだな。……というか、その時点で候補になれるのはそいつしかおるまい」
確かに、この少ない登場人物の中、新しい世界の創造主たる可能性があるのは一人だけ。クリスが考察したとしても、同じ候補を挙げるだろう。
それは、『聖なる犠牲』に同行していた魔界に属する『誰か』だ。
何もない空間に飛ばされた『聖なる犠牲』の最期を知り、『おぞましきもの』の恐怖を目の当たりにし、その呼称を魔界に伝えた者。
そう考えると様々な矛盾が生まれるけれど、ただ一人、その矛盾を解消できる者がいる。
もしもその『誰か』がクリスの思った通りの者だとしたら、そこに至った理由も、この逸話を『残す気がなかった』のも頷ける。
「……新しい世界の創造主は、『聖なる犠牲』の同行者だった者という解釈で合っていますか?」
とりあえず確認するように訊ねると、ジードはうむ、と頷いた。
「これに関しては他に考えようがない。無関係の誰かが巻き込まれるような状況ではないし、まず間違いないだろう」
「しかし創造主なんて、誰でも簡単になれるものなんですか?」
普通に考えれば、たまたまそこにいた者をつかまえて創造主にするなんて軽はずみもいいところだ。
けれどそんなクリスの突っ込みに、ジードは大きく首を振った。
「創造主になる者は、もちろんそれなりの力を有している必要がある。我々にその定義など知る由もないが、大精霊や魔王に匹敵する能力は必須だろう。そうなるために魔尖塔に力のある者が集められ、能力値の高い『まだ神ではないもの』が合成されると考えている」
「……それを前提とすると、『聖なる犠牲』の同行者は単体で相当な力を宿していたということになりますが」
「そうだな」
あっさりとクリスの言葉を肯定したジードは、おそらくこちらの頭の中に答えがあることが分かっているのだろう。
彼は手元の紙束をめくりながら言葉を続けた。
「基本的に、『まだ神ではないもの』もしくはそれに匹敵する能力を持った者は、おそらく『おぞましきもの』によって世界と共に破壊され再構成され、『神』……創造主に生まれ変わると考えられる」
「えっ、あれ……? 何かおかしくないですか?」
ジードの説明を黙って聞いていたユウトが、そこで首を傾げた。
「『聖なる犠牲』の同行者って、その時は生き延びて魔界に『おぞましきもの』と『聖なる犠牲』という呼称を伝えたのでは? ジードさんの今の話を聞くと、同行者は『聖なる犠牲』と一緒に『おぞましきもの』に破壊されて亡くなって、創造主に転生しているということになりますけど」
「うむ、うむ。私の話を良く聞いているな、もゆる。偉いぞ」
自分の話の矛盾を指摘されて、ジードは嬉しげに口端を上げる。そう、この矛盾に気付かなくては、話している意味がないのだ。
クリスとしては答え合わせのような心持ちで、二人の会話に任せることにした。
「僕はてっきり、同行者は世界が破壊される直前に魔界に逃れて、『聖なる犠牲』が創造主に生まれ変わったのかと思いました」
まあ、破壊された世界そのものが『聖なる犠牲』だと知らなければ、そういう答えに至るだろう。
しかしそこには触れず、ジードは『聖なる犠牲』を候補から外す。
「『聖なる犠牲』はその時点でほぼ力を使いきっていたからな。その後の経緯からしても、同行者が創造主に選ばれた可能性の方が高いのだ」
「その後の経緯、ですか?」
「そうだ。結論から言うと、『聖なる犠牲』の同行者は世界が破壊された時に死ななかった」
「……死ななかった? 世界がなくなっちゃったのに?」
「ああ。そして死ななかったから転生もせず、記憶も失っていない。そのままあの新しい世界の『神』になった。……とはいえ、『神』の自覚がないのか、今は魔界や人間界をぶらぶらしているようだがな」
「え、え、え? もしかして……」
ユウトが何かを思い当たったように目を丸くする。
彼はジードから答えをもらう前に、その名前を口にした。
「もしかして『聖なる犠牲』の同行者だったのって、不老不死の古竜だっていう、グラドニさん……? 確か、精霊さんと同じくらいの能力値があるって……」




