最終戦争と新たな考察
ユウトは魔界語を読めないが、それでもジードは二人に見えるように、机の上に書物を置いた。
クリスがそれを覗き込んで、ふむと頷く。
「これは私も知る考察ですね。『聖なる犠牲』が自分の命と引き替えに、魔尖塔とおぞましきものを消滅させたという話でしょう?」
「そうだ。そしてその聖なる力によって、攻め込んでいた魔族も同時に全滅したと考察されている」
「え? それって、つまり『聖なる犠牲』はエルダール初代王の手伝いをしたことになるんでしょうか?」
ユウトの問いは、先ほどクリスが『エルダール初代が、呼び寄せた魔族を裏切って全滅させた』と言ったからだ。
確かにこの考察からすれば、『聖なる犠牲』は人間側として介入したと思われる。
しかし、ジードはそれに明確な肯定を返さなかった。
「そう解釈している文献は多い。だが、魔尖塔やおぞましきものの発生理由を考えると、私にはその説が整合性がとれているとは思えないのだ」
それにクリスも同調する。
「確かに、そうなんですよね。私も引っ掛かりを感じました。さっきジードさんに聞いたように、最終戦争の時点ですでにエルダール初代に復讐霊が憑いていたとしたら、魔尖塔とおぞましきものを意図的に引き寄せたのは人間側……。それを消滅させた『聖なる犠牲』は、果たしてエルダール初代の側に付いていたと言えるのか……」
「……うーん、エルダール初代としては世界のバランスを崩す意図はなくて、エミナを攻めるために魔族を引き入れたら予想外に魔尖塔が現れちゃったとか……?」
「もゆるの意見は分からんでもないが、復讐霊が神になりかわるために必要な魔尖塔を、偶然にしろ必然にしろみすみす自分たちで消し去るとは考えづらい。私は、『聖なる犠牲』の存在は人間側にとってこそ想定外だったのではないかと思っている」
分かる。ジードの推論に同意見だ。
そもそも、『聖なる犠牲』を生み出したのは魔王と大精霊。復讐霊から世界を護る存在だ。それが、復讐霊に取り憑かれていたエルダール初代に手を貸すわけがないのだ。
ジードからの情報でこの考察の違和感が明確になり、クリスは再び頷いた。
「魔尖塔は神を合成・生成するもの、ですものね。せっかく出現した魔尖塔を、復讐霊は絶対に使おうとしたはず。『聖なる犠牲』はそれを阻止したんですね。おかげで首の皮一枚で世界は存続した、と」
「人間界が滅べば、遅かれ早かれ魔界も滅ぶ。『聖なる犠牲』は、結果的に二つの世界を護ったことになる」
「……そうですか、『聖なる犠牲』は二つの世界を……」
ユウトは感心したようにその言葉を繰り返す。……そこに自分自身を重ねていないと良いのだけれど。
ジードとクリスはユウトの反応を危ぶみながらも、話を進めた。
「……さて、これまでの考察があまり信憑性がないと分かったところで、こちらの新しい考察だ」
「魔界図書館管理人ルガルと、お爺さまがまとめた考察ですね」
「ルガルはもちろん最終戦争に参加していないが、当時も生きていた。出来事自体が人間界側だから魔界図書館にデータは少ないとはいえ、その点においては他者の考察より信憑性があるだろう」
確かにこれまでの情報を加味すると、あの時読んだ祖父たちの考察はかなり整合性があるように思える。
クリスは魔法研究機関で一度だけ触れた本の、その内容を思い起こした。
ジードも、先ほどめくっていた紙束を自分の前に置く。手書きのそれは、こちらに見せてくれないようだ。
まあ、もしも足りない情報があったら、そのメモから補足をしてくれるだろう。クリスは構わず話し出した。
「お爺さまたちの考察では、エミナがほぼ壊滅状態になった後に魔族を殲滅したのは、『聖なる犠牲』でなく魔尖塔から現れた魔物だったと書かれていたと思うんですが」
祖父たちの文献は、この段階から他のものと違っている。
確認するように訊ねると、ジードは内容に間違いはないと頷いた。
「そうだ。後に残った死骸を調べた結果も載っていたが、通常の魔物ではなく、魔界には存在しない合成種のドラゴンだったらしい」
「……それが神になる前段階の、『まだ神ではないもの』ですね」
少し前に聞いたウィルの話を思い出す。
魔尖塔で合成された魔物は世界を破滅させ、その後神に生まれ変わるというものだ。
つまりその時の魔物は、神になる前に『聖なる犠牲』に屠られたということ。
「それって、魔尖塔から出てきた魔物が、エルダール側に付いていたってことですか? それを『聖なる犠牲』が倒した……?」
「いや、合成種に自我は存在しないと言われている。おそらくエルダール初代は自分たちが狙われないように、術式か結界か何かを準備していたのだろう」
「……そんなことをして生き延びることって、可能なんですか? 最終的に世界が滅びるなら、世界ごと消えてしまう気がするのですが」
首を傾げるユウトに、ジードはきちんと解説する。
「そのまま行けば、世界は破壊し尽くされ、結局全員死滅する。世界は新たに創り直されるからな。ただ復讐霊は、自分さえ神になれればエルダール初代たちがどうなろうが気にもすまい。次の時代の王にしてやるとでも言って、そそのかしていたのだろう」
「はあ……エルダール初代もひどいと思ったけど、復讐霊もひどいですね……」
呆れたようにため息を零すユウトの隣で、クリスはふと気になったことをジードに訊ねた。
「……合成された『まだ神ではないもの』の中に、復讐霊が含まれてないのは何ででしょう? 神になりたいなら、そこに合成されなかったら意味がないのでは?」
「いや、神の生成法が分からないから定かではないが、おそらくはそこに合成されると自我が失われるのが問題なのではないかと思う。復讐霊はきっとそれを良しとしないだろう。……最後に神になったときひとつの自我が生まれるらしいから、最終的にそこを狙っていたのではないかと私は考えるが」
「なるほど……」
ウィルから聞いた話と摺り合わせると、他の説よりもずっと整合性がとれている。だとすれば、おぞましきものに関する内容も。
クリスは祖父の記した内容を、続けてジードにぶつけることにした。
 




