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兄弟、ネイの家に行く

 リリア亭で夕食を食べた後、レオはユウトを連れ立って居住区に行き、家と家の間の細い路地に入った。その両脇は一見壁に見えるが、いくつもの隠れた扉がある。

 あまり治安の良いところではないものの、隠れ家にするにはもってこいの場所だ。


「……レオ兄さん、どこ行くの?」

「ネイの家だ。……あいつがザインで活動する時の拠点だな」

「ネイさんの? あ、そうか、これからランクS討伐クエストに行くから、迎えに来たんだね」

「違う、そこから転移魔石で街の外に飛ぶつもりだ。リリア亭で部屋からいきなり消えたら、万が一ダンたちが部屋に来た時困るだろう。かと言って城門をいちいち通っていると、ランクS討伐との関連を疑われる。その足跡を残さないようにするんだ」

「正体を隠すためってこと? あー、なるほど、街を出た履歴がなければ、僕たちとランクSSSパーティを関連づけるものはないもんね」


 納得したユウトの手を引いて、レオは路地の一番奥に足を踏み入れる。

 そこにある少しだけ開けたスペースには、小さな一軒の住宅が建っていた。窓はなく、正面は木の扉のみ。中は全く窺い知れない。


 しかし中からは監視用ののぞき穴などがあるのだろう、2人が扉に辿り着く前に家の玄関が開き、ネイが顔を出した。


「いらっしゃい、待ってましたよ」

「……何だ、その格好」

「俺もよく分かんないんですけど。『もえす』デザインだから」

「ネイさん、それ、体育の先生ですね」

「体育の先生?」


 ネイは濃い青に白のラインが2本入った、上下のジャージを着ていた。中には丸首の白いTシャツ。首には紐の付いた笛が下がっていて、手には出席簿らしき物を持っている。

 まあ、体育なんて言葉自体ネイには分からないだろうが、確かにその格好だ。


「……動きやすそうではあるな」

「ネイさん細いけど筋肉付いてるから、ジャージ似合いますね。普通でいいなあ。僕もそういうので良かった」

「俺としては『もえす』で微妙な扱い受けながらもらってきたんだけど」


 ネイはユウトの羨ましそうな視線に苦笑する。


「でもやっぱり着てみると違いますね。ステータスの上がりもいいけど、鎧なんかとは可動域が天と地の差ですよ。この笛も吹き矢の仕込みが入ってるし、出席簿? とかいうボードも、オリハルコンとアダマンタイトの合板で術式まで組み込んでありますし」

「防御術式か。ユウトを護るにはだいぶ心強いな。ミワはやはり良い腕だ、腹立たしいほど変態だが」

「俺には『無』ですけどね」


 ネイは肩を竦めるが、レオとしては常時あの変なテンションでいられるよりは余程いいと思う。

 完璧な品質を保持してくれるなら、このくらいシンプルで十分だ。


「おっと、とりあえず中に入って下さい。この間ルアンが片付けしてくれたんで、だいぶマシになってますし」

「あ、おじゃまします」


 ネイに招かれて、ユウトがぺこりとお辞儀をしてついていく。レオもその後ろに続いた。

 そうだ、今日は立ち話をしている場合ではない。ランクS魔物を討伐に行くのだ。


「依頼の受け付けはできたのか?」

「陛下を通じて、冒険者ギルドの別室で手続きさせてもらうことにしました。通常窓口だと外野がうるさいですから。あ、代理人エージェントとしては身分を隠して『ノシロ』という名前で通しますので、一応覚えておいて下さいね」

「ランクS以上のクエストを窓口で受けるのって、何か問題なんですか?」

「ランクSを超える依頼を受けると、すぐにギルドから冒険者に大々的に告知されるんだよ。窓口で受付直後に告知されたら注目浴びて面倒でしょ」

「告知? どうして? そんなことしたら、野次馬が集まってきそうだけど……」


 首を傾げるユウトに、ネイに代わってレオが答えた。


「逆だ。討伐依頼のあるエリアとその周辺への立ち入りを禁止するために告知するんだ。高ランクモンスターとの戦いは、広範囲に及ぶこともある。それに巻き込まれないためにな」

「ああ、そういうこと」

「と言っても罰則があるわけじゃないから、見に来る命知らずな奴はいるんだけどね。あわよくばと素材の剥ぎ残しを狙う奴とか」

「そういうのに見られてもいいように、変身装備にしていくわけだ。……一応、俺をレオと呼ばないように気を付けろよ、ユウト」


 そう告げると、ユウトがぱちりと目を瞬く。どうやらそんなこと考えてもいなかったようだ。


「そっか、レオって言うの聞かれたらバレちゃうね。『ソード』って呼ばないと駄目なんだ。……慌てた時とか自信ないなあ」

「まあ、『兄さん』でもいい。それくらいなら平気だろう」

「あ、うん、そうだね、そうする。ネイさんのことは何て呼べばいい?」

「『おい』とか『貴様』で十分だろ」

「レオさんは俺のこと大体それですよね。別にいいですけども」

「僕はやだよ、そんな呼び方。……じゃあ、ネイさんのこと『先生』って呼んでいいですか? 体育の先生の格好だし、呼びやすい」

「先生かあ~。良いねえ、可愛い子にそう呼ばれるの」

「……ニヤニヤすんな、腹立たしい」


 レオはイライラと吐き捨てた。ユウトからの『先生』呼びに、ちょっと羨望を感じてしまうのは何故だろう。

 今度魔法のレクチャーをした時、自分も呼んでもらおう。


「ところで、依頼の詳細は?」

「ああ、はい。『サモナーペリカン1匹の討伐』ですよね。場所はMエリアの+1。大きさは平均サイズのミドル級。討伐証拠素材はペリカンの尾羽。すでに召喚したモンスターを1体、側に置いてるみたいです」

「召喚したモンスター? どんな魔物か分かってるのか?」

電撃虎サンダータイガーです」

「こっちもランクSか。しかし、電撃虎ならいい素材が取れるな。ありがたい」


 今回の討伐は素材採取が目的だ。ランクSを同時に相手するのは少し面倒だが、ユウトの護りをネイに任せていれば手加減なしで相手できる。

 昔『剣聖』として戦っていた時にも何度か倒した魔物。遅れを取ることはないだろう。


「ユウト、炎の魔法は使わないようにな。ペリカンの弱点属性だが、欲しい素材まで燃えてしまうんだ。風魔法メインで戦ってくれ」

「うん、分かった。電撃虎の方は?」

「そっちは炎耐性があるから、やはり炎魔法は得策じゃない。特に効きやすいわけじゃないが、氷か土系の魔法で対応しろ」

「了解」

「レオさん、俺は手を出さない方がいいんですよね? 完全にユウトくんの護衛で」

「それでいい。今回は『もえす』製の剣もあるし、俺ひとりでも大して手間は掛からないはずだ」


 これは慢心ではなく、経験から来る推測だ。

 まだ十代前半の頃からひとりで死地に送り込まれ、剣一本で生き抜いてきたレオにとっては、ランクSでも関係ない。

 護るべきもの、上乗の剣、そしてある程度の装備があれば、レオはどんな敵とでも戦えるのだ。


「ランクSの夜狩りで、大して手間は掛からないとか言っちゃうのがバケモノだよねえ」


 そう言いながら、ネイは腰にナイフホルダーを巻いた。

 レオはその言いぐさに気を悪くするでもなく、鼻を鳴らす。


「ふん。バケモノで結構。貴様だって似たようなものだろう」

「それでもレオさんたちほどじゃありませんけど……」


 苦笑したネイは、そこで話を切った。


「さて、俺は一足先に転移します。Mエリアから離れたところにしか出られないんで、そこから歩いて行きますね。向こうで落ち合いましょう」

「俺たちもMエリアに着くまで30分は掛かる。手前のLエリアで合流するぞ」

「了解です。じゃあまた後でね、ユウトくん」

「はい。後で」


 最後にユウトに声を掛けて、ネイはどこかに転移していった。

 離れたところに出ると言っていたが、あいつの足ならすぐに目的地に辿り着くだろう。こちらも準備ができ次第向かわなくては。


「じゃあユウト、変身していくぞ。魔法のステッキを出せ」

「うん」


 2度目になると、少し慣れたのだろうか、ユウトはそれほど照れる様子もなく魔女っ子になった。

 相変わらずニーハイソックスが可愛い。

 レオも久しぶりのスーツだ。


「今日は暗いから、この格好あんまり見えないよね。早く済まそう」

「暗くてもまた雰囲気が違って可愛いぞ。ニーハイ似合うな」

「もう、そういうのいいから。やめてよ、恥ずかしい」


 兄の言葉に頬を赤くして、スカートの裾を押さえて絶対領域を隠そうとするのがまた可愛い。まあ、ユウトはいつも可愛いのだが。


「じゃあ、俺たちも街の外に飛ぶか。おいで」


 片手に転移魔石を握って、弟を呼ぶ。それに赤い顔のまま素直に寄ってきたユウトを、レオは抱え上げた。


「……あれ? そういえば一緒に転移できるなら、ネイさんも一緒に飛べば良かったんじゃ?」

「いや……ネイは一緒には飛べない。……ええと、だな、そう、重量オーバーだ。俺とユウトでぎりぎり」

「重量オーバー? そんなのあるんだ」

「ああ。それに、俺はユウトしか抱える気はない。だから無理」

「……じゃあ仕方ないか」


 レオの言に、ユウトが苦笑する。

 信じてくれたのか、誤魔化されてくれたのかは分からないが、兄は小さく安堵の息を吐いて、弟を抱え直した。


「とりあえず、まずはHエリアに飛ぶ。そこから歩いてMエリアに向かうぞ。歩いてて靴擦れしたら言え、おんぶしてやる」

「大丈夫、タイチさんの作った装備はぴったりで、そういう心配全然ないから」

「そうか……」


 何となくちょっとトーンダウンしたレオだったが、そのまま2人、街の外に転移をしていった。

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