古の国エミナの消えた歴史
「エルダールの呪いの主……!?」
ジードの口から出た言葉に、クリスは目を丸くした。
その一方で隣にいたユウトが、こてんとツインテールを揺らして首を傾げる。
「エルダールの呪いの主とは……? クリスさんもご存じなんですか?」
「ああ、うん、ええと……」
クリスはどう答えたものかと少し逡巡した。
さすがに昔レオが使っていた『対価の宝箱』の元凶だとは言えない。確か当時のレオは、ユウトにその存在をひた隠しにしていたと言っていたはずだ。
となると、クリスが彼に与えられるのは、ふんわりとした答えだけだった。
「私も詳しいことは知らないんだけど、エルダール王家に取り憑いている正体不明のものらしいよ」
「エルダール王家に……? え、でも今はライネル陛下でなく魔研の後ろに付いているんですよね? どういうことでしょう」
「ん~、多分ライネル陛下が有能すぎて付け入る隙がないからかなと思っているんだけど……」
実際、このことに関しての知識が希薄なクリスには正確な答えは出せない。
クリスはその正体を知っているらしいジードに質問を投げた。
「ジードさんは今これを復讐霊と言っていましたが、呪いの主が何者か知っているのですか?」
復讐と言うからには何かに恨みを持ち、目的があって行動しているのは確かなのだろう。だがそれが何者なのかなんて、クリスには想像も付かない。
そして分からないものは考えても仕方がない。
あっさりと素直に回答を求めたクリスに、ジードはうむと頷いた。
「復讐霊というのは、大精霊から転げ落ちた存在のなれの果てだ」
「えっ? 大精霊……?」
「有り体に言えば、この世界の前の創造主”だったもの”だ」
「えええ!?」
思いも掛けない答えに、クリスとユウトは思わず身を乗り出した。
「それってつまり、前の世界の創造主が、今の世界を破壊しようとしてるってことですか……!?」
「破壊自体が目的と言うよりは、おそらく再び創造主として君臨することが目的だと思うがな。だからこそ当初は成り代わりを目指して、エルダール王家に寄生していたのだし」
そう言うと、ジードは椅子の背もたれに身体を預けて腕を組む。
そのまま少し中空を見て、数多の知識の中から関連する情報を探っているようだった。
クリスがそれに気付いて黙って待っていると、やがて彼は再び視線をこちらに下ろした。
「前代世界の創造主が現代世界に存在するというのが普通なのか異常なのかは知らんが、そこに大きな恨みがあるらしいというのは分かっている。この復讐霊はすでに何度か歴史上の大きな災害や戦争を引き起こしているからな」
「大きな災害や戦争……」
「直近で最大のものと言えば最終戦争だ。あれによって、エルダールの前の王国はほとんどあくたも遺さず消え去った」
「最終戦争……! エルダール王家初代の英雄譚以前の記録が残っていないのは、その復讐霊の意図的なものだったんですか?」
もちろん本人ではないのだから、これをジードに聞くのはお門違いだと理解している。しかしそれでも、ジードは確信したように答えをくれた。
「私はそうだと考える。そもそも魔界に人間界の関連書物は少ないが、魔界の記録はそちらの都合で処分されたりしていないからな。おぬしらよりは多少確信を持って話せるだろう」
「それはありがたいです」
ここに来てクリスは、この博識の研究オタクを引き込めたのは大きな収穫だったと再認識する。元危険思考の持ち主で、禁を冒して知識を集めてきた彼だからこそ持つ情報。
正規のルート……たとえば魔界図書館を管理するルガルや、世界の理を司る大精霊ならば絶対に教えてくれない禁忌に触れられることは、とてもありがたい。
クリスはこう見えて全く清廉潔白ではないし、目的のために良かれと思ったリスクには平気で突っ込むし規範も無視する。その手段はどうあれ、結果が全てなのだ。
これはおそらくレオもネイも同じで、だからこそ動きやすい。
きっとジードも馴染むだろう。
その中心に清廉潔白なユウトがいれば、道を間違うこともないのだから。
「前時代の記録は、なぜ人間界の歴史から消されたのでしょう?」
「そんなものは考えるまでもない。都合の悪いことだったからだろう」
「やはり、そうですよね」
こういうクリスが簡単に出せそうな答えには、きっちり答える気はないらしい。それに、問いが少々漠然としすぎていたかもしれない。
クリスは自分の疑問を脳内でまとめつつ、隣で首を傾げるユウトに情報の確認をした。
「もゆるちゃんはエルダール初代の英雄譚は読んだことある?」
「はい。昔レオ兄さんが読み書きを教えてくれた時に、子ども向けの物語を読んだことがあります。確か、古の国が魔界からの侵攻を受け壊滅しかけたのを一人の英雄が撃退して、エルダール王国を興したというお話ですよね」
「そう、それ。最終戦争の話ね。でもその物語って、九割くらい事実と違うんだよ」
「きゅ、九割……?」
「これは魔界の書物か、エルダール王家にある伝書にしか書かれていないことなんだけど。実際は、エルダール初代が魔界から魔物を呼び出して、世界を蹂躙しようとしたんだ」
「えええ!? それって全くの真逆では……?」
ああいう物語がかなり脚色されていることは分かっていたようだが、さすがにそこまで事実と齟齬があるとは思っていなかったようだ。
ユウトが目を丸くしている。
「……ということは、今クリスさんたちが言ってた『前時代の歴史の記録が消された理由』って……」
「権威を護るために、エルダールに都合の悪い記録は全て作為的に消したってことだろうね。ジードさんの話からして、その時すでに復讐霊も憑いていたようだし……。もちろん理由はそれだけじゃないと思うけど」
クリスがそう言ってジードに視線を送ると、ユウト相手になら説明を惜しまない男は、話の続きを引き受けた。
「……エルダールに滅ぼされた国……古の国エミナは、世界の癌たる復讐霊を排斥するための研究をしていたのだ。その研究資料を焼き払う意味もあったのだと思う」
「復讐霊を排斥!? そんなことできるんですか?」
「それは分からん。エミナに関する記述は魔界でもほとんど見つからないからな。未だ、完成したという内容は見たことがないが」
「でも復讐霊がわざわざ資料を焼き払ったということは、不可能ではないってことを示してるよね。出来ないんならそもそも復讐霊がそれを消す必要はないんだし」
「なるほど、確かにそうですね……」
そこまで話を聞いたユウトは、不意に何かを思案するように目線を伏せる。そしてしばしの逡巡の後、言葉を発しようと口を開き掛けては閉じるを、数度繰り返した。
「もゆるちゃん? 何か言いたいことがあるなら言って良いよ。疑問ならジードさんが答えてくれるし」
「うむ、もゆるがどうしてもと言うなら答えぬでもない。言ってみろ」
何か言いづらいことがあるのだろうか。
二人でそう促すと、ユウトは一度唇を湿らせてから、意を決したように疑問を口にした。
「その……最終戦争では世界を護るために『聖なる犠牲』になった者がいると聞きました。……その方は、最終戦争においてどういう存在だったんですか?」




