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兄、魔法を指南する

「……本当に俺が帰ってくるまでにゲートを潰しちまうとは、驚いたぜ……」


 隣街から戻ってきた若旦那は、積んできた荷物を下ろしながら同じ科白をすでに三回吐いている。

 ユウトはそれに苦笑をしながら、レオと一緒に自分たちのために買ってきてもらったアイテムを確かめていた。


「ユウトの装備は革の軽鎧とブーツ、それから素材採取用のナイフだ。着け方は後で教えてやる。他に、肩掛け鞄と水筒、これがマント」

「レオ兄さんも鎧着るんだね。僕のよりゴテゴテしてる」

「防御面を考えるとお前にもフル装備をさせたいが、そうすると重すぎて動けなくなるんだ。革と金具だけの鎧でもなかなかの重さだぞ」

「うわ、ほんと」


 自分のために買ってもらった軽鎧を持ち上げると、肩が凝りそうなほどずっしりと重い。これで軽い方なのか。


「これは当面の間に合わせだ。上級素材を手に入れたらフルオーダーでもっと軽くて可愛くてお前に似合う性能の良い防具を作る。それまで我慢してくれ」

「いや、全然いいけど……何で兄さん鎧の着け方とか知ってんの」

「チートだ」


 最近の兄は弟のこういう問いを全部これで終わらせる。まあ、異世界の知識があるのは助かるからいいんだけれども。チートの価値が値崩れしそうだ。


「さて、手に入れてきた武器は……鋼の剣か。斬絶属性+4、耐久+3。ふむ、さすが商家の息子、あの予算の中で良い物を選んでくる。砥石も、肌理が細かく質が良い」

「僕の武器は?」


 鞘から剣を引き抜いてその刀身を確認するレオに、横から訊ねてみる。きっと過保護な兄は危ないからと武器なんて与えてくれないだろうと思いつつ。


 しかし予想に反して、兄はユウトに一つの棒を差し出した。


「ユウトのはこれだ」

「……これ、何?」


 細くて短い。例えるなら、見た目はオーケストラの指揮に使うタクトのようなものだ。武器というにはかなり心許ない。

 それを渡してきたレオは、真面目な顔でこう言った。


「幼児用の魔法練習杖、リトルスティック・ベーシックだ」

「幼児用……」


(これが僕の持つ武器って、弱すぎじゃない?)

 ついそんな思いが顔に出たユウトに、レオは諭すように言う。


「馬鹿にするものではないぞ。子ども用のものは大人用以上に細心の注意を払って危険がないように作られているんだ。暴発による事故や怪我が起こると大変だからな。子どもが口に含まないように、舐めると苦い成分で表面コートもされている」

「いや、舐めないけどさ。これで魔法の練習しろってこと? 子どもが使う火力じゃ武器にはなんないでしょ」

「最初から火力に頼るようでは魔法なんて使わない方がいい」

「んー……まあ、そうだけど」


 レオは確認し終わった道具を抱えて立ち上がった。部屋に戻るようだ。ユウトも兄が持ちきれなかった少しの荷物を持ってそれに続く。


「部屋で着替えたらその杖の使い方を教えてやる」

「うん、ありがと」


 そもそも火力が強すぎることに恐れを感じて、魔法が使えなくなったのだ。それを自分のものにするには、揺るぎない土台となる基礎を作らないといけない。


 だったらこれは、ユウトにとって妥当な武器かもしれない。


 能力を持っているだけでは意味がない。それを実力とするために、一歩ずつ『成せる』ことを積み重ねていかなければ。





 部屋に戻るとユウトは服を着替え、ブーツを履いた。

 こちらの世界の人たちと同じ服装だ。これだけで少し村になじんだ気がする。

 ちなみに背広を脱いで着替えた兄をみたら、サラリーマンの生真面目な雰囲気が一変していた。


「レオ兄さん、ガテン系の人みたい」

「何だそれは」

「筋肉すごくて強そう」


 いつも背広で隠れているが、レオの身体には綺麗に筋肉が付いている。薄い布のシャツしか着ていないとそれがよく分かるのだ。

 先日村長が言った、戦い慣れた体つきというやつか。どこで鍛えてたんだろう。


「眼鏡は取らないの? どうせ度の入ってない伊達でしょ?」

「ああ、これは……いや、着けてる方が目立つか……」


 ユウトに言われて眼鏡も外す。

 するとレンズを通さない鋭い目つきがさらに兄を強面に見せた。でもこれはこれでカッコいい。


「いつもと違う格好だと別人だね」

「ユウトはいつも何を着ても可愛い」

「それはどうも」


 真顔で言うレオは思っていないことは口にしない。それを知っているからユウトも素直に笑って言葉を受ける。この小柄な身体も女顔も、こうして兄が褒めてくれるから嫌いじゃない。


 ユウトは今まで着ていた学校のブレザーとズボンをハンガーに掛けると、ようやくテーブルの上に置いていた小さな杖を手に取った。

 新たな実力を付けるための第一歩だ。


「じゃあ兄さん、着替えも済んだし、これの使い方教えて」

「そうだな、では基礎から教えてやろう。本当はお前に危ないことをして欲しくないが、勝手に間違った魔法練習をされるよりマシだ。向かいに座れ」


 言われた通りにテーブルの兄の対面に座る。


「この杖では何が練習できるの?」

「魔力のコントロールの基礎だ。子どもの魔力というのは安定しないからな。それを一定以上出力できないように制御して、魔力の動かし方を練習するんだ」

「出力を制御ってことは、魔力が入りすぎても暴発したりしないってことか」

「自分の魔力が大きすぎて怖いユウトにはちょうどいいだろう。コントロールを誤って誰かに当てても、痛みなんてせいぜいチクッと針に刺されたくらいだ」


 確かにそのくらいのリスクなら怖くない。

 幼児用あなどりがたし、今のユウトにはありがたい商品だ。


「どうやって魔力を動かすの?」

「杖の先に小さな魔石が填まっているだろう。まずは手元からそこに向かって魔力を流すイメージを作る」


 魔石ってこれか。何だかきらきらした石が填まってる。

 それを確認していると、レオが別のきらきらした石をテーブルの上に置いた。


「これも魔石だ。商店では扱わないようなクズ魔石だがな。こいつは魔力を通しやすく、初心者でも扱いやすい。その杖の先まで送った魔力をさらにこいつに流して、ゆっくり持ち上げてみろ」

「うん、やってみる」


 杖のおかげで先日のような恐怖心は出てこない。それよりも好奇心だけで目の前の石に集中すると、それはふわりと宙に浮いた。


「わ、浮いた!」

「よし、まずはそれでいい。そのまま自由に動かしてみろ」

「何だ、結構簡単」


 ユウトは杖を操って魔石を自在に宙に飛ばし、部屋のあちこちで思う通りに静止して見せる。さすが幼児向け、十八歳のユウトには楽勝だ。

 しばらくするとレオがそれをテーブルに戻すように言ったので、ユウトはすぐに魔石を呼び寄せて最初の位置に戻した。


「魔力のコントロールって思ったより簡単なんだね」

「……ちょっとばかり魔力を持つものはそう考えて、すぐに次の武器へと進んでしまう。だから基礎のできていないノーコンな魔法使いばかりになるんだ。教えてやるからには、俺はユウトをそんなアホに育てる気はない」

「ノーコンって……。でもコントロールできてたよ?」

「魔石を移動できることと魔力が動かせることは全く違う。魔石は魔力が作用していることをわかりやすく見せるためのただの目印だ」


 そう言って、兄はテーブルの上にあった魔石の上下を人差し指と親指だけでつまんで持ち上げた。


「ここからが本番だ。今度は俺の指の間にある魔石を、横方向に回転させてみろ」

「……回転?」


 さっき操っている時だって空中で回転させられたのに、何を今更。

 そう思って杖を構える。

 ユウトはレオの指の間にある魔石を回すイメージを作り、魔力を送った。


「うーん……あれ?」


 兄に上下をつままれているだけなのに、魔石は何故か回転しない。


「レオ兄さん、回らないように力入れてる?」

「入れてない。指で直接回してみろ」

「……あれ、ほんとだ」


 手を伸ばして魔石の横を擦るようにはじくと、軽い力でそれは回転した。

 そこではたと気付く。


「そうか、魔石全体をどうにかするんじゃなくて、今みたいに横を擦るように魔力ではじけばいいんだ」


 ユウトは杖の先に魔力を集中し、その力を魔石の右横を狙って放った。

 するとキン、と甲高い音がして、レオの持つ魔石が僅かだが回転する。幼児用だから、打ち出される魔力が小さいのだ。

 それでも兄は満足げに頷いた。


「さすがユウトは察しがいいな。これだけで気付くとはやはり賢くてセンスがある。でも、もう一歩だな」

「もう一歩?」

「もっと効率や成功率を考えるんだ。そして、それに合わせて自在に魔力を動かす。……たとえば、さっき魔石を浮かせていた時はこうだった」


 そう言ったレオはつまんでいた魔石を手のひらに乗せ、握りこむ。


「俺の手が魔力だとすると、ほら、これでは魔石を持って移動しているだけだろう。手の中の魔石は回転したり、作用したりしない。魔石には何の力も加わらないんだ。しかし魔力を動かすというのは、この握っている手を開き、指先を使うということだ。そうすると魔石には相応の力が加わる」


 今度は再び魔石を指でつまみ、指先ではじいて器用にくるくると回転させる。


「魔力の作用しない静止した魔石と、作用した回転する魔石では含有するエネルギーが違う。俺の手の中では微々たる違いだが、これは使い方次第で大きな違いになる。幼児用の小さな魔力しか出力しない杖で、その効果をどこまで最大化できるか。それを考えるんだ」

「つまり、メインは魔石自体を動かすことじゃなく、少ない魔力でも効率よく魔石に作用する方法を見つけて、その通りに魔力を動かせる力をつけるってことか」


 まさしく、魔力をコントロールする基礎用の杖だ。

 おまけに超省エネ。この考え方に慣れれば、次の武器に変わってもいくらでも応用が利く。


「魔力の形は思考によって変幻自在だ。これからしばらくその杖を使って頑張ってみろ」

「うん、そうする」


 返事をしながら、ユウトは兄のつまんでいる魔石を見つめた。

 助言をもらった今ならリベンジできるかも。

 もう一歩と言われた回転。もっと確実に効率よく回すためにはどうすればいいだろう?


 ユウトは小さく唸りながら、杖と思考で魔力を操る。

 たとえばひものように細く長い魔力を編んで、魔石に糸巻きのように絡めたらどうだろう。

 そしてその魔力の端を、一気に引く。


「あ、回った」


 想像したよりゆっくりと、レオの持つ魔石がコマのようにくるくると回った。この思考と現実の誤差はまだ魔力が上手く言うことを聞かないからだ。

 しかしそれでも兄にとっては及第点であったらしい。満足げに頷くと、レオは弟の頭を撫でた。


「やはりお前は飲み込みが早い。これなら、すぐにでも出立できるかもしれん」

「……出立?」

「ユウトがその杖を使いこなせるようになったら、隣街へ行こうと考えている。この村も悪くないが、武器屋や鍛冶屋、ギルドがないからな。装備も手に入れたし、他に行っても問題ないだろう」

「あ、これって、そのための装備だったんだ」


 着替えたばかりの服を見る。

 たまたまテムの村では受け入れてもらえたけれど、確かに大きな街に背広とブレザー姿で行ったら怪しまれるだろう。


「もしかして、冒険者ギルドに登録するの?」

「一応な。ギルドカードが発行されれば、街を移動するときの身分証明書になるから。他にもいろいろ特典があるしな。持ってるだけで役に立つ」

「……それはちょっと、楽しみかも」


 ファンタジー系の物語を読めば、頻繁に目にする冒険者ギルド。その響きにはちょっとだけあこがれがある。


 もちろんテムの村を離れるのは少し残念だけど、どうせまた来る機会もあるだろう。

 ユウトは隣街の冒険者ギルドに思いを馳せながら、期待を胸に小さな杖を握った。


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