兄、ジアレイスの裏に潜む存在を知る
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「それにしても……創造主と世界の創世がその書物の通りだとすると、今いる大精霊ってどこかの世界を滅ぼして今代の神となったってことだよね。……彼は自分が昔何者だったか覚えているのだろうか」
クリスが独り言のように呟くと、すぐにウィルが見解を述べる。
「前世の記憶があるかという話でしたら、おそらく個々人の記憶はないと思います。思想の違う複数の精神体を融合したとして、次代の神になり得る力を持つ者を、ひとつの人格としてまとめるのは難しいのではないでしょうか。それよりも一度まっさらにしてしまって、新たな人格を与える方が効率がいいはずです」
「まあ、確かにそうか。滅んだ世界の記憶なんて新世界の枷にしかならないだろうし、融合前の彼らがどんな関係性だったかも覚えていない方がいいかもしれないものね」
それでも、当然大精霊は自分という存在がどうやって生まれたかは知っているだろう。
この世界が衰えれば、彼が前代にそうしたように、今代は大精霊が滅ぼされるのだ。
「何にしろ、魔尖塔の出現は大精霊にとっても死活問題ってことか。あいつが俺たちに手を貸すのも納得だな」
「でも魔研の魔尖塔もどきで、世界を変革するような滅びを招くことができるんですかね? 結局偽物だし、こう言っちゃなんだけど、ジアレイスたちに神が作れるとは到底思えないんですが」
確かにネイの言う通り、魔研の連中は飛び抜けて優秀というわけではない。奴らが作る偽物魔尖塔が、その思惑通りに機能するかは怪しいところだ。
だがウィルは、そこで新たな事実を付け足した。
「……彼らだけでは、そうかもしれません。しかし、ジアレイスにはもう一人裏で繋がるものがいるようなのです」
「裏で繋がるものだと? ガラシュやジラック領主以外にか?」
「はい。……どんな者かは分からないのですが、かなり力を持った存在のようで……ジアレイスは明らかにその者の指示を仰いでいる様子でした」
その言葉に、レオとクリス、ネイも目を丸くする。
第三者の存在は、それほど突然で予想外だったということだ。
「指示を仰いでいる? 指示をしているんじゃなくてかい? ……それってつまり、立場的にはジアレイスよりも上ってことだよね」
「は!? 待て待て、どういうことだ? そうなると、ここまでの奴らの行動は、ジアレイス主体ではないってことか……?」
「あのジアレイスが誰かの指示におとなしく従ってるとか、想像がつかないんですけど……」
困惑するレオたちに、ウィルがさらに付け足した。
「もちろん私は直接その話を聞いたわけではないのですが、彼らの会話を聞いた感じでは、どうもその相手は人ではないようでした」
「人ではない……? まあ、あの選民主義の塊のジアレイスが、他の人間に従うなんて考えられないしな……。かえって人外の方があり得るか」
プライドが高く、自分が誰よりも優秀だと考えるジアレイスは、自分以外の人間、魔族、魔物諸々を見下している。
それらに素直に従うとは考えづらかった。
……となれば、存在自体が人間より格上のものだろうか。
たとえば、従うことそのものがステータスになるような。
「ジアレイスはその者のことを、『我を導く者』と言っていました。どうも盲目的に心酔しているようで……。その存在は大精霊と同等かそれ以上だと」
「それって、人を超越した存在ってことかな。ジアレイスはグラドニですら下に見ているんだから、それよりさらに力のある者だよね」
「グラドニ以上って……あいつ自体とんでもない力の持ち主だぞ。それ以外に奇跡を起こせるような奴なんて……」
そこまで言って、はたとレオとネイとクリスは顔を見合わせた。
その存在に、心当たりがあったからだ。
突然現れた第三者なんてとんでもない。それは、ずっと前からそこにいた。
ジアレイスを操る、奇跡のような特異な力を持った者。
合致する存在は、他に考えられない。
「もしや、奴らの裏にいるのはエルダール王家に憑いてた『呪いの主』か……!」
「昔、対価の宝箱を使って王家を自分の意のままに動かそうとしていた奴ですよね? うわあ、まだいたんだ……」
「レオくんを取り込み損ねたから、その後は王家も離れてジアレイスに憑いていたんだろうね。おそらく対価の宝箱による支配対象の選別は終わっていて、ジアレイスを使って何か事を起こす算段なのだろう」
「……皆さんは、この者をご存じなので?」
「ああ……まあ、ちょっと昔係わってな」
嫌な記憶を思い出し、レオは顔を顰めて頭を掻いた。
当時、ユウトが命を賭して放ったホーリィの魔法に巻き込まれたはずのジアレイスが生きていたのは、間違いなく対価の宝箱……『呪いの主』の助けによるものだ。
その奇跡の力で望みを叶え、その命まで救った『呪いの主』。それをジアレイスが崇めているとしても不思議はない。
……しかしそこまで分かったとしても、その正体は全く見当も付かなかった。
「結局奇跡の力を行使できる『呪いの主』って何者なのだろうね? 同等かそれ以上というなら、大精霊が作った存在じゃないだろうとは思うけど」
「世界の外から来た者なのか……? だがおそらく、世界樹が絡むものでもないだろうな。世界樹のもたらしたアイテムなんかは、その効果を世界の理に縛られないらしいが、対価の宝箱は世界の理に制限を掛けられていた。大精霊より上とは考えづらい」
「でも世界の理に縛られるのは大精霊も同じじゃないですか? 俺の身体を使おうとした時も、世界の理に抵触しかけたせいでペナルティ食らったんだし」
「そう考えると、その者は大精霊と同等、と考えて良いのかもしれませんね」
ウィルはそう仮定すると、ふむと一つ頷いた。
それから一瞬間を置いて、レオを見る。
「……ここからは魔研に潜り込んだ上で感じた私の見解なのですが」
「構わん、話せ」
すでに彼の中では情報が処理されてまとまっているようだ。
こちらに視線で軽く了解を取る青年を端的に促す。
するとウィルは、いきなり核心に入った。
「ジアレイスはその者……レオさんたちの言う『呪いの主』を『新たな世界の神』にしようと画策しているのだと思います」
内心で、てっきりジアレイスが自ら神になりたがっているのだろうと踏んでいた他の三人は、予想外の見解に目を瞬く。
あの男が奇跡の力を持つ者に導かれて自分が新世界の神になる、そんな構想かと思っていたのだが。
レオは改めてウィルに確認した。
「……ジアレイスが『呪いの主』を神に? 自分がなるのではなくてか? 権威を誇りたがるあの男が?」
「それって、そうするように『呪いの主』がジアレイスを操ってるんじゃないのかい?」
クリスも疑問を投げ掛けると、彼はそれを受けて軽く首を振った。
「もちろん洗脳自体はかなりされていると思われますが、『呪いの主』を神にすることに関しては、ジアレイス本人の意思によるものと考えます」
人間観察に長けた青年は、私見だとしつつも確信したように言い切る。
「ジアレイスにとって『呪いの主』は、『最悪に相性が良い相手』だった。だからこそ彼は、ためらいなく世界を破滅させようとしているのです」




