兄、ウィルから魔尖塔の話を聞く
「クリスさんは、魔尖塔に関することでご存じなのは?」
「魔尖塔が現れるのは世界の滅びの予兆ってことくらいかな。諸説あるけど、魔尖塔の最上階には凶悪な魔物がいて、それが外に出てきたら世界が破壊されて終わる、っていうのが一応スタンダードだね」
「確かに、教訓的に絵本などに載せられているのはそういう話が主です。……しかし、魔界の文献を読み解くあなたが、それしか知らないとは思えませんが」
ウィルにまっすぐな視線で指摘されて、クリスは少し困ったように笑った。
「まあ魔尖塔に関しては他にも色々読んでるけど、どれも正しいことを書いているかどうかは分からないからね」
「それを言ったら、絵本に載っている内容だって信憑性などありません。……流布されているお話が、使い勝手がいいように都合良く歪曲されているというのはよくある話です」
「まあねえ」
そう言ったクリスが椅子の背もたれに身体を預け、何かを思い出すように軽く上を向く。
そして小さく唸った。
「んー……魔尖塔に関しては、今回私がリインデルで見付けたかった本に書いてあったと思うんだけど……お爺さまが管理していたから、だいぶ信憑性もありそうだし。でも残念ながら、その文献はどこかに持ち出されてしまっていたんだ」
「あんたが昔見て爺さんに叱られたってやつか」
「そう、それ。『おぞましきもの』に関する記述もあったはずなんだよ」
「……どこかに持ち出された文献……。確かリインデルの書庫はガラシュが封じ、書物は魔研に渡っていたのですよね」
クリスの言葉にウィルが顎に手を当て、ふむと頷く。
「ではもしかすると、私がジアレイスのところで読んだ書物が、クリスさんの言う文献だったのかもしれません。魔界語の本でしたが、きちんとまとめられた訳書が付いていました」
「訳書……もしやお爺さまの……? ウィルくん、その字体は覚えてる? こんな字だったかな」
クリスはポーチを漁ると、ウィルの前に一冊の書物を置いた。
羊皮紙にページ番号と文章が綴られている別の訳書だ。おそらく彼の祖父の直筆だろう。
ウィルはそれに目を通すと、また一つ頷いた。
「間違いありません、この字体でした。私が読んだのは、確かにクリスさんのお爺さまの訳書です」
「……そうか。やはり魔研の人間が持っていっていたんだね。……ウィルくん、悪いが私はその本をちゃんと読めていないんだ。内容を教えてもらってもいいかい?」
「わかりました」
リインデルの長が訳書も付け、厳重に管理していた文献。それも魔界図書館の管理人であるルガルと交流のあった人間の残した書物となれば、信憑性はぐっと増す。
レオたちもウィルが語ろうとする書物の内容に意識を向けた。
「魔尖塔については、創世の時代からの話になります」
「何……? 創世の頃から魔尖塔は存在したのか……」
「それって、魔尖塔が世界の理とか創世のルールとかに則った存在ってことなのかなあ? 魔尖塔自体、大精霊が作ったものだとしたらびっくりだけど」
「大精霊は関与してないよ。魔尖塔は世界樹のもたらすものだったはずだもの」
「はい。魔尖塔は創造主の管轄外の存在です。書物によると、生成と滅びは表裏一体で、創世の際に必ず最初に世界樹によって対で置かれるということでした」
世界に生み出されたものは、その瞬間から滅びに向かう。
それは大精霊にすら適用されるということだろう。魔尖塔と大精霊はつまり対の存在なのだ。
「世界が衰えマナが枯渇してしまうと、母体である世界樹から枯れた世界だと認識されてしまうそうです。その時、滅びを担う魔尖塔が現れます」
「枯れた枝はさっさと落とすってことか。……なるほど、以前大精霊が祠に封じられていて、さらにユウトも世界から消えた時に魔尖塔が現れたのは、やはりこの世界のマナが涸れたと世界樹に認識されたからだったんだな」
とりあえず魔尖塔が現れると世界は滅ぶという、概要自体は間違っていないようだ。
……だがしかし、魔尖塔が滅びをもたらすのなら、『おぞましきもの』は何のための存在なのだろう。
「……『おぞましきもの』は結局、魔尖塔に呼び出される何かというわけじゃないんだろう? キイとクウの話では世界の外から来る、死者を操る者という話だが、滅びを担うのが魔尖塔だとしたら、『おぞましきもの』は何のために現れるんだ?」
「『おぞましきもの』は呼び出すというより、魔尖塔に引き寄せられてくるというのが正しいようです。……その役割は少し後回しにして、まずは魔尖塔について補足を」
ウィルは『おぞましきもの』のことは一旦横に置いて、魔尖塔についての説明を始めた。
「滅びをもたらす魔尖塔ですが、役割はそれだけではないようです」
「……どういうことだ?」
「実は魔研の作った魔尖塔もどき同様、実際の魔尖塔も次代の神を作る場所なんです」
「次代の神……?」
つまりは、この世界が滅びた後、別の世界を生成する創造主だ。
生成→滅び→再生と、世界自体もサイクルが回っているということか。
「次代の神になる者が魔尖塔に召喚され、そこから生まれた『まだ神ではないもの』が世界を滅ぼす。そして滅ぼした後に『神』……創造主に生まれ変わるわけです」
「ふむ……次代の神に選ばれるのは、やっぱりグラドニのような古竜なのかな。創世の頃からいるってことは、やっぱり来たる滅びを見越して最初から置いているのかもしれないし」
「ぶっ壊れチートステータスで、大精霊にも匹敵する力の持ち主だもんね……。となれば他に考えられないよなあ」
クリスとネイが、次代の神候補として先ほど話に出ていたグラドニの名を上げる。
しかしそれに対して、ウィルが軽く首を振った。
「……魔尖塔に召喚されるのはひとりではないようです」
「ひとりではないって……ん? 創造主になり得るのはひとりだよな。……となると、おい待て、それは」
「おそらく複数人が融合されて、能力を掛け合わせつつひとつの存在になるかと」
「それは、キメラのようなものじゃないか……。まるで魔研の融合実験みたいな……。いや、ていうか、そもそも魔研は神を作ろうとして実験をしていたのか……!?」
ここに来て魔研の思惑が繋がってくる。
しかしその身の程知らずの計画は何のためのものなのか。
未だ、レオにとってジアレイスたちの行動は不可解なことばかりだった。




