兄、偽アレオンの厨二病を疑う
「……ユウトさんについていった双子のキイさんとクウさんは、どのような方かお聞きしても?」
「あの二人も半魔だ。一応俺の召喚魔になっている」
「……ということは、今ユウトさんが引き連れて行ったのは全員半魔の方なのですね。……同調……共有……どこまで無意識なのか、まだ分からないな」
ウィルは何か思うところがあるようで、瞳を伏せたままぶつぶつと独りごちる。
一体何を考えているのか。
彼が今どんな思考展開をしているのかまるで見当のつかないレオは、そのままウィルが何かしら答えを出すのを待っていた。
のだが。
「……ウィルくん、ユウトくんが戻ってくる前に、レオさんに報告を終わらせないとじゃない? 私も君の話には興味があるんだけど」
クリスがウィルの思考を遮って、ユウトに向かっていた彼の意識をこちらに引き戻した。
ウィルの視線がふっとクリスに向かい、そののほほんとした穏やかな視線と一瞬ぶつかる。
そのタイミングで、クリスがにこりと笑った。
「今は『それ』より、こちらの話の方が緊切じゃないかな?」
「……そうですね、今は、レオさんへの報告の方が先でした」
見つめ合う二人の間に、僅かに妙な空気が流れたが、しかしすぐにそれは霧散する。レオとネイがその違和感に突っ込む前に、二人はいつも通りの様子に戻ってしまっていた。
「失礼しました、レオさん。まず何からご報告しましょう?」
「……ああ、そうだな……」
さっきの彼の思案も気になるが、確かに喫緊で対応しなくてはいけないのは魔研の方だ。レオもすぐに思考を切り替える。
特に今回はクリスにも関わりのある内容かもしれないのだから、そちらを先に片付けてしまいたかった。
「じゃあ先に、俺の偽物の話をこいつらにも頼む」
「分かりました。では……」
レオに命じられ、ウィルが先ほどと同じ話をクリスとネイにする。
偽アレオンに会ったこと、それが半魔であったこと、それからその見た目。
それを聞いた二人は、それぞれ違う反応をした。
「殿下の偽物、ホントに用意してたんですね。居るとしたらてっきりジアレイスたちの方だと思ってたんですけど、領主宅か~。多分領主にも本物のアレオン殿下だって言ってるんでしょうね」
「黒髪、隻眼、鍛えられた身体で、相当な手練れのイヌ科の半魔……? うわあ、何か嫌な予感しかしないんだけど」
特段の驚きもないネイに対して、クリスは困惑した様子だ。
眉間に手を当てて、小さく唸る。
「うーん……まさか彼が……。でも、長いことラフィールの元にも現れていないらしいしなあ……」
その反応を見て、レオは先ほどの自分の予想が当たっているのだろうと思い至り、クリスに確認した。
「……ジラックにいる偽アレオンは、もしかしてあんたの昔の仲間じゃないのか?」
「え、そうなの!?」
「あの方が、クリスさんの昔の仲間?」
レオの言葉に、ネイとウィルもクリスを見る。
その視線に顔を上げたクリスは、困ったように頭を掻いた。
「んー、その特徴を聞くとそんな感じなんだよね……。ウィルくん、その偽レオくんはどちらの眼を隠してた?」
「隠していたのは右目です」
「右……? よりによって右かあ……だとするとどういう状態なんだろう。ちょっと面倒だな……」
「面倒とはどういうことだ? おそらくそいつは魔研に操られていると思うが、その支配を解除すればあんたの伝手でこっちに引き込むことができるだろう?」
以前同じパーティだったということは、命を預け合っていた仲だ。
ならば支配さえ解けば、後は戦わずに昔のよしみでその半魔を寝返らせることができるはず。……だと思っていたのだが、どうもクリスの様子がおかしい。
レオが眉を顰めたままのクリスにその気掛かりを確認すると、彼は困った顔のまま腕を組んで一つ息を吐いた。
「……とりあえず、その偽レオくんが私の昔のパーティメンバーだったと仮定して説明しようか。……彼の本当の名前はオルタルフ。ええと、一応私の仲間の方の名前ね」
「……仲間の方? 何だそれは? 相手はひとりだろうに」
妙な言い方をするクリスに突っ込む。
それに対して、彼は大仰に肩を竦めた。
「それがね、オルタくんは右目と左目で人格が違うらしいんだよね……。私の仲間は、左目を隠していた時のオルタくんなんだ」
「右目と左目で人格が違う……? 二重人格ってことか?」
「そうなるのかなあ。私の前では逆の目を出したことがなかったから、ちゃんと確認したことはないんだけど。まあ、まずはオルタくんの話をするね」
クリスはそう言うと、軽く居住まいを正した。
「彼は銀目大狼の半魔で、一流の剣使いだ。変化しても戦うが、魔法は得意ではないね。ウィルくんは目付きが鋭いと言っていたけれど、本来のオルタくんは温厚な良い子で目付きは悪くないし、青みがかったシルバーの綺麗な目をしているんだよ」
「……私が見たオルタルフさんの左目は、赤みがかったシルバーでした」
「当然、ただのオッドアイってわけじゃないんだろうな。右と左で人格が違う、か……」
魔研に囚われているオルタルフが、左目を隠した状態で操られているなら、支配さえ解けば何も問題はなかっただろう。
だが、クリスも接したことのない人格の方となると難しい。まさか魔研側につくことはないと思うが、それでも予想外の動きをされると厄介だ。
力があるのなら尚更。
それに、クリスの仲間の方のオルタルフが一度もそちらの人格を彼に見せなかったというのなら、それなりの理由があるはずで、それも加味するとレオの眉間にもしわが寄った。
「……そのオルタルフって奴は、もう一方の人格について何か言ってなかったのか?」
「んー、それが、ホントか冗談か分からないんだけど。彼は、『左目には邪神が宿っている』って言ってたんだよね」
「……邪神?」
「それからオルタくんは左手にいつも手袋してるんだけど、時々『あの時の傷が疼く』『くっ、鎮まれ!』とか言ってた」
「傷が疼く……」
何だか、向こうの世界にいた時に、そんな科白を雑誌か何かで見た記憶がある。
あれだ、厨二病。
それを聞いただけで、何となく深刻度が一気に下がった気がした。
「そのオルタくんとやらとクリスは長いこと一緒にやってたんでしょ? それで一度も見たことないんなら、ただの冗談か妄想の可能性もあるんじゃないの?」
「確かに、もし左目に邪神が宿っているとしたら、私はもろにその瞳を見てきたことになりますし、邪神側の人格が魔研ごときに支配されているというのも少しおかしな話ですね」
ネイとウィルの指摘はもっともだ。
しかしそれに対して、クリスは首を傾げた。
「私もそう思っていた時もあったんだけど。でも実際、オルタくんから異様な気配を感じることが稀にあったんだよね」
「……あんたは、邪神と言わないまでも、やはりそいつには別人格があると?」
「可能性はゼロじゃないって話。……まあどちらにしろ、彼を魔研から引き剥がさないといけないことには変わりないだろう? このことは一応ちょっと頭に入れておいて」
どの段階でオルタルフが駆り出されて来るか分からないが、どうやら思ったより面倒なことになりそうだ。
本当に困ったら、ユウトの半魔籠絡フェロモンに頼ることもできるが、それは最終手段。その前に片を付けよう。
「ま、いざとなったら力尽くで行けるだろ。動けなくしちまえば、敵だろうが味方だろうが影響はない」
「……レオくんて、面倒臭いことに対して時々脳筋になるよね」
「基本的にレオさんってユウトくん以外どうでもいいのよ」
「それを実行できる力があるので、問題はないと思われます」
「俺の分析はいい。……ウィル、次は魔研の話だ」
さて、本題はここからだ。
レオはオルタルフの話を切って、ウィルに次の報告を促した。
 




