弟、エルドワと一緒にキリッとする
「こんにちは~っと。お迎えに来ましたよ~」
程なくして、ネイがレオたちの自宅にやって来た。
「キイとクウは無事にクリスの家に到着しました。今ウィルくんを匿う部屋も用意してもらってるんで、さっそく移動しましょ」
「よし、行くか。ウィル、このマントを頭から被れ。馬車まで乗り込む間に誰かに見られたら面倒だからな」
「はい。ありがとうございます」
レオはウィルにマントを着せると、ユウトを伴って部屋を出る。
そして誰にも見つからないように注意を払いながら、アシュレイの引く馬車の荷台に乗り込んだ。
「……うん、周りには気付かれてないな。じゃあこのままクリスのアジトに向かいますか」
一緒に荷台に上がったネイが、そのまま荷台を通って、馬車を出発させるために御者席に出ようとする。
するとなぜか、心配顔のユウトがそれを呼び止めた。
「ネイさん」
「ん? 何、ユウトくん」
「昨晩、急遽ウィルさんを助けに向かってくれたって聞きました。てことは、ここまでずっと休まず来てくれたんですよね? だったら、クリスさんの家までは僕が御者するから少し休んでて下さい。アシュレイの引く馬車だったら、僕でも動かせるし」
「うっわ、ユウトくん優しい……! 某お兄さんとは大違い」
ユウトが優しいのは同意だが、この男はいちいち一言多い。
レオはひとつ舌打ちした。
「某お兄さんは優しくないので却下する。ユウト、御者なんかしてやる必要ないぞ」
「えー、ひどーい!」
「……ひどいと言いながら、ネイさんは嬉しそうに見えますが」
「放っといてやれ。こいつは変態なんだ」
ウィルの突っ込みにそう返して、無視を決め込む。
しかし、ここでその変態を放っておかないのが、某お兄さん最愛の弟だ。
レオの正面で腰に両手を当てて、低い位置から睨んでくる。
「駄目だよ、レオ兄さん。こんなに働いてくれてるんだから、ネイさんのこともっと大事にしなくちゃ」
「くっ、俺の弟は上目遣いの怒り顔も可愛いから困る……」
「レオさんは、そんな可愛いユウトくんの苦言を無視しちゃうんですかあ?」
こいつ、にやにやとユウトの言葉に乗っかりやがった。
どうも最近この男は、レオに無下にされることに加え、レオがユウトに叱られることも楽しんでいる節がある。
全くもって腹立たしい。
しかし、いつもならある程度のところでユウトを宥めて結局自分で仕事を請け負うネイが、今日はそうしないことに違和感を覚えた。
「馬車で移動って言ったって、どうせ王都内だよ? 別に、レオ兄さんはこっちにいていいよ。道はアシュレイが分かってるし、エルドワと見張ってれば問題なんてないし。それに郊外までなんて20分くらいで着くでしょ?」
「まあ、それはそうだが……」
「だったら20分程度の短い休息くらい、僕がネイさんにあげてもいいじゃん」
「いやいや全然短くない。20分も休めるのはありがたいよ。ユウトくんは良い子だねえ」
やはり、どう考えてもユウトに御者をさせようとしている。
それにいち早く勘付いていたらしいウィルが、補足を乗せた。
「現在は来る建国祭に向け、警備が強化されています。この時期、王都内を移動する道中で危険があるとは思えません。ユウトさんに御者をお任せして問題ないかと」
「ほら、ウィルさんもこう言ってるし、大丈夫だよ!」
「ちっ……分かった」
人の心の機微に敏いこの青年もユウトの御者行きを促したことで、レオも舌打ちしつつ観念する。
つまり、ネイにはユウトに席を外して欲しい理由があるのだ。そのために弟の御者の申し出に乗っかり、ウィルも後押しした。
(ユウトに聞かせたくない話があるのか……)
まあ、理由はそれ以外考えられない。
そして弟に話が行かないよう仕向けているのが他でもないレオなのだから、そこに文句を言うわけにもいかなかった。
「……ユウト、本当に大丈夫か? 俺も行くか?」
「僕だけで平気だってば。エルドワもアシュレイもいるし」
「……そうか。エルドワ、ユウトを頼む」
「アン!」
当然のようにユウトの足元に控えている子犬は、レオの言葉にキリッとした顔で応える。
アシュレイだってその辺の魔獣よりはずっと強いし、確かに問題はないだろう。
加えて、ジアレイスたちはまだ降魔術式の返術で呑まれているのだから、そちらの心配もない。
そこまで考えて、ようやくレオは肩の力を抜いて頷いた。
「じゃあ御者は任せたぞ、ユウト。何かあったらすぐに言え」
「うん、分かってる」
ユウトはいつも護られているせいで、みんなの役に立てることには気合いが入る。エルドワと並んで、妙にキリッとした顔をしている弟はマジで可愛い。
そのまま意気揚々と御者席に続く扉を開けたユウトは、元気に出て行った。
「ほんと、ユウトくんは可愛いですねえ」
それを見送ったネイが、ほのぼのと笑う。ウィルもその隣で首肯した。
「ユウトさんの素直な反応は、人を和ませる力があります。そこに裏がなく自然であるがゆえに、貴方がたのような心理的な駆け引き巧者は安心感を覚え、側にいたくなるのでしょう」
「あ~分かる。ユウトくんといるとほっとするんだよね。あの子がルアンやエルドワといるとめっちゃ和む」
「まあ、ユウトは天使だからな」
「うわあ、レオさん、顔が超ドヤってる。気持ちは分かるけど」
もちろんユウトの可愛さはその言葉だけでは表しきれないが、弟を褒められれば悪い気はしない。
ただそのユウトの特性が、想定外の奴まで引っかけてしまうのだけが問題か。
そんなことを考えていると、おもむろに馬車が動き出した。
揺れは少なく転けるほどではないが、だからと言ってこのまま立っている必要もない。三人はその場に座った。
「……さて、そろそろ本題に入るか」
クリスの家に着くまで、たいして時間はないのだ。ネイからの話とは別に、レオにも彼に告げておかなくてはならないことがある。
ついでにここで済ませてしまおう。
「ユウトを意図的に外したからには、相応の報告があるんだろうな?」
「それはもちろん」
「先ほどはユウトさんの御者行きを促すために差し出がましくも口を挟んでしまいましたが、大丈夫でしたか?」
「うん、助かったよウィルくん。ありがとね。……この内容、ユウトくんには言わないでって頼まれててさ」
「……ユウトに言わないように頼まれた? 何のことだ?」
てっきり魔研関係で何かあっての報告かと思ったら、ネイが妙なことを言う。
それに怪訝な顔をすると、彼は小さく肩を竦めた。
「俺、ジラックでウィルくんのところに行く途中に、会っちゃったんですよ。あのひとに」
「……あのひと?」
会っちゃった、ということは会う予定のなかった者と意図せず遭遇したということだ。それも、ウィルのところに行く途中。
その言葉に、レオは驚いて目を丸くした。
本来のネイならあり得ないことだ。
この男は一見おちゃらけて見えて、その実、仕事に関してはこの上なくストイック。
そんなネイが身を隠している最中に、他人に見つかるような失態をおかすとは思えない。
相手がレオ並みの相当の手練れだったか、それとも他に何か要因があったのか?
ネイの言い方だとレオも知っている相手のように聞こえるが、まるで見当がつかない。そんな知り合い、いただろうか。
困惑して眉根を寄せつつ、レオは単刀直入に訊ねる。
「誰のことだ?」
その問いに、ネイから返ってきた答えは、レオにとって予想外も良いところだった。
「大精霊です」




