兄、偽アレオンの正体を推察する
ウィルの言葉に、即座に反応したのはユウトだった。
「アレオン殿下……って、偽物の!?」
「そうです。もちろん、彼らは私に『本物だ』と言っていましたが」
「俺の偽物ねえ……。そいつは今どこにいるんだ?」
「領主の館の地下です。誰にも会わぬよう、魔法障壁のある部屋で過ごしています」
「本当にいたんだ……」
兄の偽物の存在に、弟は酷く嫌そうな顔をする。
レオはその頭を宥めるように撫でながら、ウィルに訊ねた。
「んで、お前はそのアレオン殿下に会えたのか?」
「はい。一応ご挨拶をさせて頂きました。……まあ、私の挨拶が彼に届いていたかどうかは不明ですが」
「何だ、そいつは5年前の戦いで満身創痍にでもなってる設定か?」
「いいえ。片眼を包帯で覆われていましたが、それ以外身体的な外傷は特に何も。……ただ瞳孔が常に閉じていて反応が薄く、精神が何かに冒されているようでした」
精神が冒されている……ということは、奴らと結託しているわけではなく、操られていると考えるのが妥当か。
おそらくどこかで捕まって、そのまま利用されているのだろう。
一体どこの誰か知らないが、運の悪い奴だ。
「そいつは、どんな奴だ?」
「レオさんと背格好が似ていましたね。黒髪で、目付きが鋭くて、鍛えられた身体をしていました」
ジアレイスたちは当然アレオンの姿形を知っている。つまり、それに寄せてきたということか。
ただ、選ばれた基準はそこなのか、それともまた別の理由があるのかは分からないが。
「そいつ、戦えそうだったか?」
「冒険者ギルドで様々なランクの人間を見てきた私の目には、相当の手練れに見えました。正気の状態でないとしても、最低でもランクAを超えるかと」
「へえ、奴らずいぶん良いモン拾ってきたな」
レオに似ている、そして当然同じくらいの年代、かなりの手練れ。
ランクA相当の強さなら現役の冒険者か騎士の可能性が高いが、ウィルが知らないのだからそれはないはずだ。
さて、どこから連れてきたのか。
「ウィルさんが見たことないなら、王都の人じゃないですよね」
「はい、少なくとも私は一度も見たことがない方でした。しかし、おそらくどこかの冒険者だったと思われます。訓練された騎士のような筋肉の付き方ではなく、我流の剣士のような癖が見える筋肉でしたので」
「……冒険者? お前が知らないのにか?」
ウィルの言葉に、レオは怪訝な顔をした。
レオと同じくらいの歳でそれだけの手練れなら、どこの街の冒険者ギルト所属だとしてもウィルが知らないわけがない。
万が一顔を知らないとしても、それが失踪したとなればギルドの中で情報共有くらいされているはずだ。
そこに思い至らない彼ではないだろうに。
そう訝しむレオに、ウィルは自身の私見を述べた。
「冒険者なのではなく、冒険者『だった』ということです。少なくとも、私が冒険者ギルドに勤める以前。もしかするともっと前かもしれません」
「は? もっと前って、それじゃ俺と年代が違……」
そこまで言って、はたと思い当たる。
そうだ、ウィルが会ってきたのが人間だとは限らない。
「……もしかして、そいつ半魔か!?」
「はい、おそらくは」
レオの問いに、ウィルは迷いなく頷いた。
確かに半魔なら成長が遅く、数年経っても見た目が変わらない。そのせいで、半魔とバレないようにある程度の期間冒険者をしたら引退し、またほとぼりが冷めた頃に再開するのだとラダで聞いていた。
となると、その男はちょうど冒険者をやっていない時期だったということか。
……しかし、そうだとしても。
レオにはまだ腑に落ちないことがある。
「……お前、どうやって相手が半魔だと知った? 半魔の見分けが付けられるのか?」
「今回は付けられた、という感じです。ユウトさんのような方は分かりません」
「え、一部でも分かるのすごい……。僕なんて、同じ半魔なのに全然分からないですけど」
「見た目で分かる判別法があるんです。条件は色々あるのですが、今回の偽殿下は歯で分かりました」
そう言うと、ウィルはイーと歯をむいて見せた。
「我々の歯は、四本の前歯があって、その両脇に犬歯が生えているのが分かると思います」
「……うん、僕も同じですね」
「ですが一部の半魔……特に魔獣系の半魔の方はその数や付き方が違うのです。偽殿下は前歯が六本、その両脇に鋭い犬歯が生えていました。歯の総数もよく見ると人間より多かったので、イヌ科の半魔ではないかと」
「そ、そんな見分け方が……! エルドワ、口開けて見せて。……あ、ホントだ! 前歯の数六本ある!」
思わぬ知識を手に入れて、ユウトが盛り上がっている。
これは、アシュレイやキイクウも後でやられそうだ。まあいいが。
「……よくそんな判別方法知ってたな。半魔に関する書物なんて巷じゃほとんど手に入らないだろうに」
「本で読んだわけではありません。ギルドで受付をしている時に何度か違和感を覚えることがありまして、秘匿と融通を条件に、こっそりと本人に確認して知りました。ただ、魔力が強く人化が完璧な方は判別できません。つまり、偽殿下は魔力に限って言えば、それほど強力ではないと思われます」
「なるほど……」
まあ、レオだって魔力がゼロなのだから、その偽物が魔力が弱くても関係ないだろう。
何にせよ、物理的なガチンコ勝負なら、レオは負ける気がしない。
「しかし、今は引退してる冒険者か……。誰か知ってる奴いないかな。昔高ランクで活動していた、冒険者パーティ……ん?」
「レオ兄さん、それならクリスさんに訊いてみたら?」
「……そういや、クリスは一度引退してパーティ解散して……。仲間に、半魔が一人いたって言って……」
そいつはガントのラフィールのところに時々顔を出していたが、浄魔華が黒化して以降来ていないと言っていた。
……ちょっと待て、これは、もしや。来ていないのではなく来れなかった……?
「まじか……」
とりあえずその半魔のことに関しては、クリスに話を聞く必要がありそうだ。
レオは思い至った推論に、眉間を押さえてため息を吐いた。




