兄、デレすぎるラフィールに魔妖花のお守りの効果を疑う
「……ユウト、その薬はエルドワとヴァルド、アシュレイ、それからキイとクウ以外には渡すな。持っていることも他にクリスとネイ以外には漏らしては駄目だ」
ラフィールに続き、レオも具体的な名前を上げてユウトに注意を促す。これが最低限、秘密を共有してもいい相手だ。
味方にとって、この薬はあれば有利なものに間違いはない。それでも、ライネルにも話すことはできない。
ライネルはユウトをとても可愛がっているが、国王という立場上、弟よりも国を護らなくてはならない存在だ。状況によっては、やむなくユウトを利用する事もありえる。
だったらそんな魔力の薬やユウトの血のことなんて、はじめから知らせない方が互いに悩むこともないだろう。
「……この薬って、そんなに貴重なものなんですか?」
真剣な顔で言い含める兄とラフィールに、自分の稀少性をあまり自覚していないユウトは首を傾げる。
それに対し、ラフィールはことさら大きく頷いた。
「もちろんでございます。これほど可愛らしいユウト様の甘く馨しい魔力が込められた薬なんて、唯一無二の天下の至宝……! 私なら一粒お守りとして肌身離さず持ち歩き、家宝として受け継いで行きたいところです!」
「えええ……」
本来の薬の価値にラフィールの私情が乗っかって、逆に胡散臭くなってる。
さすがにユウトも戸惑っているようだ。
つうか、この男のユウトラブが止まらないんだが、魔妖花のお守り仕事しろ。
「僕の魔力の薬なんて、そこまで稀少だと思えないんですけど……。これって、また僕の魔力を吸った魔妖花の実が採れれば作れるんでしょう?」
「いいえ、『ユウト様専用』の魔妖花はもう作れません。『専用』の魔妖花を作る際、生育の術式にそういう決まり事がございますので」
「……それは、一人に対して専用の魔妖花を複数本作ることはできないということですか?」
「そうです。つまり薬はユウト様の手元にあるそれだけで終わり、ということでございます」
……なるほど、確かにそれは貴重だ。
だとすれば、尚更おいそれとは口外できない。
外部にその効能と有用さを知られたら、必ずあてにされる。
薬があるうちはまだいいが、それがなくなった時に次に搾取されるのは、ユウト自身だ。それは看過できない。
だったらこんな厄介なもの、処分してなかったことにすればいいのだが、しかしラフィールが言うように、ユウトを護る強者が必要なのも事実。
ならば受け入れて、しっかりと管理するしかあるまい。
「ユウト、とりあえず今のうちに、エルドワに薬を数粒渡しておけ」
「ん」
この薬は、特にエルドワには必携だ。
強さ云々以前に、この子犬はユウトの魔力無しに半日瘴気にさらされていると、魔獣化して理性が薄れるのだと聞いている。
ほぼ必ずユウトと行動を共にしてはいるけれど、万が一ということもあるだろう。数粒は渡していていい。
「じゃあ、3粒くらい渡すね。エルドワ、手を出して」
「うん」
ユウトが瓶の蓋を開けてエルドワに錠剤を渡すと、子どもは首輪にそれを収納した。
まあ、肌身離さず身に着けているものだから、問題はないか。
それを見届けたユウトが、瓶の蓋を開けたまま、今度はラフィールを見て小首を傾げた。
「……これ、ラフィールさんも要ります?」
彼がこの薬を『家宝にする』などと言ったからか、単に仲間だと認めているからかは分からないが、ユウトはこのハーフエルフにも渡そうかと錠剤を一粒取り出す。
それにラフィールは、いたく感激したように打ち震えた。
「ユ、ユウト様……! 私にもこの稀少な薬を……!? 分かりました、家宝にしろとおっしゃるのですね! ありがとうございます!」
「えっ? いや、そうじゃなくて、ラフィールさんの役に立ててもらえれば……。今、ラフィールさんすごく魔力量が減ってますよね。僕でも分かるくらい……。もしこれで補充できるなら、使ってもらおうかなって」
「ああ! 私を気遣って下さるのですか、何とお優しい……! そのお気持ちと愛らしさと醸される香りだけで大回復できそうです! 頭撫でてよろしいですか!」
うん。これ魔妖花のお守り効いてないわ。
「ユウト、魔妖花のお守りの入ったロケット、密閉されてるか?」
「え? 何、突然? ……すごく繊細な細工がしてあって、透かし彫りみたいになってるから密閉はされてないと思うけど」
「……だったら、魔妖花のお守り自体が不良品か? 全然ユウトの匂いが消えてないみたいだが……」
ラフィールの萌えっぷりにレオが眉間を押さえて呟く。
すると彼はデレデレ顔のままその問いに答えた。
「心配は不要だ、レオ殿。ユウト様の魔妖花のお守りはすこぶる良く効いておる。……言っておくが、魔妖花のお守りはユウト様の匂いを相殺するだけのアイテムではないからな?」
「……ん?」
そう言われて、以前のラフィールの説明を思い出す。
確か魔妖花の実は、ユウトの魔力の香りを相殺できる匂いを放つことができる、それから感情や体調に見合った調香をする……。
その内容を反芻していると、横から匂いの分かるエルドワが説明を入れてくれた。
「レオ、今のユウトからはただ魔力がダダ漏れてるわけじゃない。多分ラフィールの魔力が減ってるのを気にしてるせいで、無意識にラフィールを癒やすための匂いを出してる」
「……あ! ユウトの感情に見合った調香ってやつか!」
つまり、ユウトの感情に反応した魔妖花のお守りが、匂いを相殺するどころかラフィールのために匂いを調香しているということ。
「その通り! ああ、このようなご褒美がいただけるとは、昨晩魔力を削って実の加工と薬の調合を頑張って良かった……!」
「今のユウト、ラフィールにとって今まで以上にいい匂いがしてるはず」
「マジか……」
とろけそうなデレデレ顔が鬱陶しい。
どうりでユウト好きが加速するはずだ。これはとっとと回復させねば。
「……ユウト、そいつは他人の魔力を飲み込むことができない種族だから、その薬じゃなく魔力回復薬をくれてやれ」
「あ、そっか」
「いえいえユウト様、そのようなものを消費しなくても貴方様の癒やしだけで十分でございます。もう一生嗅いでいたい。……ただ、そのユウト様の魔力の薬も、やはり一粒だけ頂いてもよろしいでしょうか」
魔力回復薬を辞退しつつ、ラフィールはなぜか飲めないはずのユウトの薬を要求した。
それをレオが訝しむ。
「あんた、それを本気で家宝にする気じゃあるまいな」
「まあ、実際肌身離さず持ち歩くお守りにはするつもりだ。……が、これは本当に何かあった時のための、最後の頼みの一粒として私が持っておくことにしようと思っておる」
「ふむ……最後の頼みの一粒か……」
言われてみれば、一緒に行動する仲間内だけで持っていると、何かあった時にユウトの力を与えることができなくなる。
この輪の外に一粒の薬があることで、変わる局面もあるかもしれない。
「じゃあ、ラフィールさんにも一粒差し上げます」
「ありがとうございます、ユウト様! さっそく携帯するための特別な入れ物をあつらえなくては! よし、これからハート型のピルケースをクラフト致します!」
「魔力量が足りないわりに、めちゃくちゃ元気じゃねえか……」
まあとりあえず、魔妖花のお守りもちゃんと効果があることは確認できた。
次は一旦王都に戻り、クリスたちと合流しよう。




