弟、魔妖花のお守りと薬を手に入れる
翌朝、レオたちは王都に戻るための支度を済ませてから食堂に降りた。
何を言わずとも、すでにテーブルにはラフィールが作った朝食が置いてある。
その香りにつられるようにおのおのが椅子に座ると、カウンターの奥からすぐにスープが運ばれてきた。
「ラフィールさん、おはようございます。今日も朝早くからすみません」
「いえ、敬愛するユウト様のためならこのくらいどうということもございません。それどころか、一日の始まりにその可愛らしいご尊顔を拝することができて、欣幸の至りに存じます」
相変わらず、ラフィールはユウトにデレデレだ。
そのデレ方がちょっとヴァルドに似てきた気がするが、まあ指を舐めないだけ全然マシか。
レオは二人のやりとりを気にすることはせず、その向かいで勝手に食べ始めた。
それを見たユウトも、食事を始めるためにぱちんと手を合わせる。
「いただきます」
「アン」
「はい、どうぞお召し上がり下さい。……エルドワ、フォークとスプーンを用意してあるのだ。テーブルでの犬食いは許さぬ。ちゃんと人化して食べなさい」
「……分かった」
エルドワも子犬のまま椅子に座って前足を合わせる仕草をしたが、ラフィールに注意されて渋々人化した。
それを確認し、最後に彼も自分用のスープを準備して同じテーブルに着く。
そのままスープを飲みながら、ラフィールはやはりデレデレとした顔をしてユウトが朝食を食べるのを眺めていた。
……何だかどんどんユウト好きが加速している気がするが、弟の匂いがさらに強くなってきているのだろうか。
ユウトが可愛いくていい匂いなのは事実なので仕方がないけれど、あまりに他人を惹き付けるのも考えものだ。
レオはひとつため息を吐いて、ラフィールに視線だけを向けた。
「おい、ラフィール。例の魔妖花の実のお守り、できたんだろ? もうユウトに渡せ」
話しかけると、こちらに向いた視線は途端にスッと表情をなくす。
本当にユウトとそれ以外の差があからさまだ。まあ、分かっていることだから怒りも湧かないが。
ラフィールはレオの言葉にうむと頷くと、一旦席を立って管理室に入っていった。
それを見たユウトが眉を顰める。
「……わざわざ食事中に言うことないのに」
「飯を食うユウトを見るあいつの視線が鬱陶しすぎるんだよ」
「? ……そうだった?」
「めっちゃデレデレしながらお前を見てたろうが」
見られていた本人は気にしていなかったようだ。
しかしユウトがどうでも、レオが気になるのだから仕方がない。
とりあえず、魔妖花の実のお守りさえ手に入れば、多少はあのデレデレっぷりも収まるだろう。
……と思っていたのだが。
「ユウト様、お待たせ致しました。これが貴方様の魔力から作られた魔妖花の実のお守りです。最低限の加工しかする時間がなかったので、シルバーのロケットにお入れしました」
「わあ、素敵! 緻密な細工がされてて、とっても綺麗です」
「私が首に掛けて差し上げますね。……ああ! さすが、お似合いです! もちろんこの繊細で高貴なデザインなど、ユウト様の愛らしさの前ではかすんでしまいますけれども!」
何だかラフィールの様子があまり変わっていない気がする。
……もしかすると、効果が出るまで時間が掛かるんだろうか。しばらく待つしかあるまい。
レオはユウトの首に下がったロケットの方に意識を向けた。
「……魔妖花の実がずいぶん小さくなったな。そんなロケットに入る大きさじゃなかったと思うんだが」
「ああ、まあ使うのは魔妖花の実の中心にある種だけだからな。それを月光にさらすと雑成分が抜け、このくらい小さくなるのだ」
どうやら馬車にぶら下げる魔物除けとは製法が違うようだ。
ラフィールはそう説明すると、今度は一緒に持ってきた瓶をテーブルの上に置いた。
瓶の中には、見たことのないちいさな錠剤。
これは一体何なんだろう。
「ラフィールさん、この錠剤は?」
「はい、ユウト様。これは魔妖花の果肉を煮詰め、魔法によって加工した薬でございます」
ユウトが訊ねると、ラフィールは嬉々として答える。
「魔妖花の実には、ユウト様の魔力がたっぷり込められております。これを薬として加工することで、いつでもユウト様の魔力を摂取することができるのです」
「僕の魔力を摂取……?」
どういうことだろう。意味は分かるが意図が分からない。
何に使うのかピンとこなくて首を傾げたユウトの隣で、ハムエッグを頬張っていたエルドワが、突然ピンと耳を立てて手を上げた。
「エルドワ、それ欲しい!」
「うむ、そうであろう。だがこれはユウト様のものだ。後ほど直々に頂くがよい。……ではユウト様、これを」
「え? あ、ありがとうございます……? えと、これって何の役に立つものなんですか?」
ラフィールがその瓶をエルドワには渡さずにユウトに渡す。
それを流れで受け取ったものの、ユウトはその意図が把握できずに首を捻っていた。
一方で、それを見ていたレオは、不意に昨晩のことを思い出して眉間にしわを寄せる。
……ユウトの魔力の詰まった薬。
ユウト本人以外には軽はずみに渡せないもの。
となれば、その効能はこれしかあるまい。
「……この薬は、ユウトの血を飲むのと同等の効能があるんじゃないのか?」
「うむ、その通りだ」
やはりそうか。
そもそもユウトの血をエルドワたちが摂取するのは、そこに溶けた魔力を取り込むため。
ならば、ユウトの魔力を吸って育った魔妖花の果肉には、同じようにエルドワたちの能力値を跳ね上げる魔力がこもっているはず。
(半魔にとって、神薬ネクタルに相当する……)
クリスとの会話で出てきた神薬が、まさにここで生成されたと言える。
それが手元にあることは大きなアドバンテージとも言えるけれど。
(……危うい)
レオはそれ以上にユウトの神格化を危惧する。
弟がこんなものを生み出せると知れたら、さらにこの存在の世界に対する重要度が上がってしまう。
過去の数々の逸話のように、神薬を巡る争いもあり得るのだ。
敵から狙われることになるのはもとより、味方からも道具として利用されかねない。
「よろしいですか、ユウト様。この薬は本当に貴方様に近しい半魔にしか持たせてはいけません。できれば存在も知られないようにして下さいませ。……今はユウト様を護る強者が必要なので、今回だけのやむを得ぬ作成でございますゆえ」
「は、はい」
この危惧は、当然作ったラフィールも持っているようだった。
その効力を知るからこそ、ユウトに特別な薬であることを言い含める。
彼はことさら真剣な顔で、言葉を続けた。
「ユウト様ほどお可愛らしい方が、さらにこのような強力な薬を作り出せるなどと知れたら、自分のものとしたいなどと考える不届きな輩が出ぬとも限りませぬ。ああ、できることなら四六時中、寝ても覚めてもユウト様を見守っていて差し上げたいのですが……。ユウト様の寝顔はさぞかし愛らしくて見守りがいがあるのでしょうね」
……まだ魔妖花のお守りは効いていないようだ。
 




