表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

567/766

弟、クリスとジードの橋渡しをする

 ひとしきり書斎の本棚と引き出しの書類を漁ったクリスとジードは、見付けた文献などを一所にまとめた。

 そこに下からやって来たヴァルドも加わって、とりあえず持ち出すべきものが全て揃う。


 ……さて、ここからが問題だ。


「書物リストはあったが、やはり私の欲しい本はガラシュによって持ち出されているようだ。……だが、それ以外にも興味深い本があった。命の恩人たる私に、それを献上するくらいの常識はあろうな?」


 並んだ本を前に、さも当たり前のようにジードが所有の権利を主張する。

 それに対してレオとヴァルドがあからさまに嫌そうに眉を顰め、クリスは苦笑した。


「厚かましい……言っとくがもゆるがいなきゃ、貴様はすでに魔研の奴隷だったんだからな?」

「私の取ってきた本も、クリスさんに頼まれて選んできたものです。ジード叔父に渡すためのものではありません」

「うーん、私としても一応お爺さまの残した書物には全部目を通したいからなあ……」


 正直何を目的としているか分からないこの男に、ここにある本を検めもせず渡すのは危険だ。

 そう考える三人が三様に拒絶すると、ジードは不愉快げに顔を顰めた。


「もゆるには助けられたが、貴様らからは何の恩も受けておらん。ぐだぐだ言わずに多少の感謝の念は表すべきではないか?」

「もっともそうな事を言っていますが、私たちを助けたのなんて、もゆるさんの可愛らしさにやられたからでしょう。その可憐なお願いを無下にできなかっただけです。まあ、私を『吸血鬼殺し』でガラシュと当たらせるためでもあったでしょうが」

「なっ……!?」


 ヴァルドに即座に返されて、男は動揺に肩を大きく揺らす。

 どうやら……というか、当然、図星だったらしい。

 それを覚られたくないジードが、これ見よがしにふんぞり返って見せた。


「も、もゆるは関係ない! 可愛いし良い匂いもするし癒やされそうになるが、やられてなどおらん! そう、私が貴様らを助けてやったのはヴァルドを利用するためよ! 小娘の愛くるしいお願い程度で動く私ではない!」

「……ジードって本音の比重がおかしい」

「天邪鬼なんだねえ」


 ぼそりと突っ込んだエルドワに、クリスが苦笑する。


 本来こちらに恩を着せたいなら、ヴァルドを利用しようとしている方に本音の比重を持たせたては意味がないだろうに。

 ジードは本当に、ユウトのような心惹かれる存在に遭遇したのが初めてで戸惑っているのだ。


(レオくんたちは嫌ってるけど……彼は、もしかすると化けるかもしれないな)


 ジードだって、一族の中で能力は低いと言っても高位の男爵だ。

 知識欲が旺盛で向上心があり、禁忌術式にさえ手を出している。


 その気になれば、不意を突いてここの本を丸ごと手に入れることもできないことはない。

 ……まあ、直後にレオとヴァルドに殺される確率も高いけれど。


 しかしその暴挙に出ず、こうして話し合いに応じているのは、ひとえにユウトの存在があるからだ。

 おそらくジードは、ユウトから悪感情を持たれたくないし、彼のことも傷つけたくないという思いが強いのだろう。


 大事にしている仲間たちに手を出せばユウトに嫌われる。

 仲間の大切な本をかすめ取ったらユウトに嫌われる。

 ここで事を起こすとユウトを傷つけてしまう。

 そうやってこの少年の存在が、ジードにとって大きな抑止力となっている。


(……ま、ユウトくんが男の子だって分かったら、どうなるか分かんないけど)


 それでも、味方を間違えないユウトが彼をそれとして受け入れているし、クリスの直感もジードに対して悪感情を覚えない。


 ならばいい、とクリスは思う。

 ここでのリスクは、躊躇わない。


「ジードさん、今本をお渡しすることはできませんが、後日私が目を通し終わったらお貸しするという形ではいかがですか?」


 レオやヴァルドと嫌みの応酬を繰り返しているジードに、クリスは声を掛けた。

 するとそこにいる全員の視線がクリスに向く。

 それを一身に受けたまま穏やかに微笑むクリスに、ジードは軽く片眉を上げた。


「……後日、だと?」

「ええ。一応本を読むのは速い方なので、それほどお待たせすることはないと思います」

「私の読みたい本を勝手に省いたりするのではないか?」

「それなら、今のうちに読みたい本を指定しておいて下さい。先に読んでお渡しします。……よろしかったら、今まで私が集めてきた本で面白いものも多々ありますし、ジードさんの所有する本と貸し借りしませんか?」

「おっ、おい、クリス! あんた正気か!?」


 そのやりとりを聞いていたレオが信じられないといった顔で突っ込むが、クリスはにこりと笑って受ける。


「もちろん正気だよ。私は、ジードさんの持つ知識にとても興味があるんだ。それに色々話もしてみたい。このままお別れになってしまうのは、もったいないじゃないか」

「いや、相手を選べよ! 物好きにもほどがあるぞ……!」

「……お前は、何を企んでいる?」

「別に、何も。私はジードさんと仲良くなりたいだけですよ」


 当のジードにも疑わしげな視線を投げかけられたが、クリスは気にしない。

 多少別の思惑もあるものの、嘘は言っていないのだからと堂々と言い放つ。


 天然と言われるクリスだけれど、本人はその裏にいくらかのしたたかさも内包している自覚はある。しかしそこに嘘がないのならば、どちらでもいいだろう。そう割り切れば、負い目など生まれもしない。

 まあこの自己完結する頓着の無さこそが、天然と言われるところなのかもしれないが。


 クリスはジードに向かって、思惑を感じさせない無害な笑顔で微笑んだ。


「ジードさんとしても、私と繋がっている方が色々良いことがあると思いますけど」

「む……」


 ジードの視線がちらりとユウトに向く。

 クリスの意図が正しく伝わった証だ。


 このまま話がここで完結すると、ジードとユウトの接点はなくなる。けれど、クリスと繋がっていれば少なくとも接点は残る。

 ジードにとってはそれほど悪くない選択肢のはずだ。


(それに、少なくとも私に対してジードの敵意は向いていない。おそらく彼の研究に興味を持って話を聞いてくれるような者も、周囲にいなかったんだ。自己顕示欲の強いタイプのようだし、狡猾だという一面にさえ気を付けて話し相手になれれば、上手く扱えそうだ)


 そもそも信用しあおうとは思っていないし、信用しあえるとも思っていない。ただ歩み寄って、互いを上手い具合に利用しあおうという提案だ。

 クリスは仲良くなりたいと言ったものの、それが友情の意味であるとはその場の誰も……いや、ユウト以外は誰も思っていない。


 当然ジードもクリスの利用価値について吟味していて、しばし顎をさすりながら考え込んだ。

 その視線はしばらく定まることなく中空を漂う。

 しかし、やがてはたと何かを思い出したように、ユウトを捉えた。


「……もゆる」

「? はい、何ですか?」


 今はクリスとジードでの話し合いだったはず。なのに、唐突に名を呼ばれて、ユウトが目を瞬く。

 それだけで悪い予感が過ぎったのか、側にいたレオとヴァルドが顔を顰めた。


「お前、さっき私に『罠を解除してくれたら何でもする』と言ったな?」

「はい。言いました」

「……くっ、ここで持ち出してきたか……解釈次第でどこまでも広がる究極の呪文『何でもする』……! 俺の可愛いもゆるに何をさせる気だ!?」

「……我が主に不埒な命令などしようものなら、事と次第によっては生きては返さぬ」

「やかましい、部外者は黙っていろ」


 ジードは邪魔だというようにレオとヴァルドをしっしっと払って見せてから、再びユウトを見た。

 そしてこほん、とひとつ咳払いをする。


「ではもゆる、お前はこの男と私が書物の受け渡しをする際、必ず同行しろ。このクリスとやらを信用する気はないが、お前ならまあ、いくらか信用してやらんでもない」

「もゆるちゃんを私に同行させる……」


 なるほど、これは上手いやり方だ。クリスは内心で賞賛した。

 ユウトが間に入ることは、双方にとって利がある。


 ジードはこれを口実にユウトに会えるし、取引に信用を持てる。

 クリスにとってはユウトがいることでジードの悪意を探る必要がなくなるし、かなり扱いやすくなる。


 ……まあ、もちろんレオは反対するだろうけれど。


「そんなことで良いんですか? 分かりました、クリスさんとジードさんが仲良くなる橋渡しができるなら嬉しいな」

「全然良くない!」


 クリスが思った通り、にこにこと請け合ったユウトに反して、レオが声を荒げた。

 ユウトとジードの接点をこの場でぶった切りたい彼は、そんなこと許容できないのだろう。額に青筋が浮かんでいる。


「お前たちの個人的な集まりに、もゆるを巻き込むな! そもそももゆるに降魔術式から救われた分際でおこがましい……!」


 しかしその言は、すぐにユウトによって窘められる。


「もう、駄目だよレオ兄さん。僕が兄さんたちを助けて欲しいってお願いしたんだし。『何でもいい』って言ったのに、こんな簡単なことで済ませてくれるなんて、ジードさんはすごくいいひとじゃない」

「い、いや、だが、俺はお前のことが心配で……」

「クリスさんが一緒なんだから心配なんてないでしょ。エルドワも付いてきてくれるだろうし、何よりジードさんが僕に酷いことするわけないもん。ね、ジードさん」

「も、もちろんだ」


 ユウトはレオを封殺しつつ、無自覚にジードのことも信頼という縄で絡め取る。

 これこそ生粋の天然が為せる技。


 おそらくジードは、もうこの信頼の縄から抜け出せないだろう。

 彼にとっては酷く窮屈でありつつ、しかし失いたくない束縛。

 この信頼はジードを縛りはするが、一方で悪い場所へ進まないための大きく優しいガードロープでもあるのだ。


(ジードの存在はまだ、目的不明の気ままなトリックスター。だけど少なくともユウトくんの味方でいてくれるなら、今後大いなる助けになるかもしれない)


 レオたちほど先入観のないクリスは、冷静にジードの存在価値を計る。


(……何にせよ、まずはその真の目的を知るところから、かな)


 すぐに聞き出せる話ではないが、一度繋がりを作れれば、後はどうにかなるだろう。

 クリスはそんなことを考えながら、同行を渋るレオとヴァルドに対して、ユウトが説得し終わるのを待った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ