兄、書庫に積まれた本を見付ける
「魔界図書館の管理人ルガル……! そんな位の高い魔族とお爺さまに関わりが……!?」
ルガルの爵位は侯爵。魔界を統べる四公爵十二侯爵のうちの一人だ。
それが辺境の村の長と連絡を取っていたというのだから、クリスの驚きも当然か。
さらに、魔界図書館は魔界の最重要機密のデータベース。その管理を任されているルガルは、侯爵の中でも筆頭。
なぜそんな魔族が、リインデルと繋がっていたのだろう。
「……その話は確かなのか?」
レオが訊ねると、ジードは不愉快げにこちらを見た。
「私はその通信をたまたま何度か傍受したことがあるからな。まあ別に信じなくても構わん」
「僕は信じます。ジードさんが嘘を吐く理由がないもん」
「……もゆるが信じるならそれで良い」
ユウトの信用を得ると、途端に機嫌が良くなる。
普段はどうあれ、とりあえず弟の前ではだいぶ扱いやすい男だ。
おそらく『たまたま』というのは嘘だろうが、そこは特に重要ではない。
クリスも現時点でのジードの話は信用できると踏んだようで、横から訊ねた。
「ジードさん、その通信を傍受した時の内容とは?」
「私が聞いた時は最終戦争の解釈とその残留情報の収集についての会話だったな。まあ、本人に聞くのが早いだろう。……クク、私に通信を傍受されていたなんて、ルガルにとっては屈辱だろうがな」
……男はすごく悪い顔で笑っている。うん、これは間違いなく故意の傍受だ。
そう確信したレオだったが、やはり素知らぬ顔でスルーする。
同じように気付いたはずのクリスに至っては、そんなことよりすでに別のことに思考が行っているようだった。
「最終戦争の解釈……魔法研究機関にあった著書の編纂前かな……。そこにお爺さまが関わった……?」
「このリインデルは昔の魔界からの侵攻の時に、魔族の居城があったところだと言っていたよな。その関係で、当時の伝承が残っているとかじゃないのか?」
「どうだろう。お爺さまは魔界に関係する機密情報を全て一人で抱えていたから。……村には魔界語が読める住民が結構いたけど、その本質を知る者は他にいなかったんだ」
「あんたも?」
魔界と通信していたという祖父。
その知識等々を考えれば、その後継にはクリスが打って付けだったと思うのだが、そんな話はなかったのだろうか。
そう思って訊ねると、クリスは首を竦めて見せた。
「多分他の住民たちよりは多くの本を読ませてもらったけど、お爺さまは重要な本のある個人の書斎には絶対に入れてくれなかったんだ。だから私もよく分からない。この村の存在理由や、成り立ちも」
「村の存在理由……?」
「普通に考えてさ、人間がこんな瘴気だらけの場所に村を作るなんて不自然だろう? 絶対何か退っ引きならない理由があったはずなんだ。それなのに、お爺さま以外の村の誰もそれを知らなかった」
確かに、この村は消失も謎だが存在自体も謎だ。
それが明らかに隠されていたと考えると、何か大きな理由がありそうだった。
「そのあんたの爺さんの書斎は、この書庫の中に?」
「うん、二階にある。……私で書斎の扉が開けられるかは分からないけど。ガラシュが興味を示さなかったのなら、そのまま残っているはずだよ」
どこか安堵と期待の乗った声音。もしかすると、この村のルーツを知ることもクリスの目的のひとつだったのかもしれない。
……と、そんな話をしていると、痺れを切らしたらしいジードが空気など読まずにこちらを促した。
「私に関係のない余計な話は後にしろ。とっとと中に入って本を探すぞ」
「ああ、そうでした。めぼしい本は全部回収して行きたいし、すぐに中に入りましょう」
それにクリスは気分を損ねることなく応じる。
実際、時間はそれほどないのだ。必要な本をピックアップするのが先決だった。
「ヴァルドさん、貴方にも手伝ってもらっていいかな。私はジードさんの本を先に探すので、重要そうな本を片っ端から引っ張り出してもらえる? ほとんど魔界語だからレオくんたちには頼めないし」
「構いませんよ。では私は一階の端から良さげな本を抜き出していきます」
クリスの依頼に応えて、ヴァルドも書庫の中に入る。
それを見ていたレオも、続いてユウトに声を掛けた。
「俺たちも行くぞ」
「え? 僕たちも?」
魔界語の読めない自分たちが行っても足手まといだろうと考えていたらしいユウトが首を傾げる。
しかし、この書庫の中にあるのはそれだけではないのだ。
「おそらくだが、ここには長いことネイに探させていた、魔法研究機関の元所長の家にあった書類や文献が運び込まれているはずなんだ。それを探す」
「あ、魔界語じゃないなら僕でも探せるかな」
「エルドワも匂いで探す」
結局全員で書庫に入り、中であちこちに分かれる。
ジードがユウトを呼びたそうにちらちらとこっちを見ているが無視だ。
レオは弟の後ろに立ってジードの視線を遮りながら、まずエルドワに声を掛けた。
「エルドワ、匂いで分かるなら頼む」
「うん、任せて。魔界語と違って魔力の匂いがしない本だ。……あっち!」
民家ほどの大きさの二階建ての書庫は、所狭しと背の高い本棚が置いてある。闇雲に探したらだいぶ手間取りそうだ。
しかしそこでくんくんと鼻をひくつかせたエルドワは、すぐに二人を誘導した。
相変わらず役に立つ子犬である。
エルドワはいくつかの本棚の間をすり抜けると、棚にある本ではなく隅に積み上がった本や文献を指差した。
「ここの一角がそう」
「うわっ、横積みかよ……骨が折れるな……」
そこにあったのは、乱雑に積まれた数十冊の本や書類。
これをひとつずつ確認することを考えたら、やる前からげんなりするのだが。
「預かったけど興味がないから隅っこに放置したって感じかな? ガラシュっていうひと、本当に人間の知識には興味ないんだね」
「そうだな。……となると昔はどうあれ、やはり今は魔研のためにこの書庫を隠していたのか……? 出し入れがガラシュしかできない時点で、だいぶ使い勝手は悪そうだが……。まあ、逆におかげで綺麗に残っていたとも言えるな」
「レオ兄さん、この本、ここで確認するより全部ポーチで持ち帰っちゃった方が楽じゃない?」
「そうだな。そうするか」
ここにはキイとクウの過去にまつわるものもあるかもしれない。
レオとユウトは、分担しながらその本をポーチに詰めていった。




