兄、弟のムキムキを阻止する
翌日、さっそくネイを呼び出したレオは、魔工爺様の身辺を探るように指示を出した。
特に隠されるような事情がなければ、数日で報告が来るだろう。
「魔工爺様かあ。王都にも足を伸ばした方がいいですかね。向こうでは老舗パーム工房を継いだ息子と、でっかい鍛冶屋に嫁いだ娘が以前からちょっとガチンコしてるんですよ」
「ガチンコ?」
「孫たちもアレだし……」
アレって何だ。
「何か知っているのか?」
「基礎的な情報なら一応。王都にいた時にちょっと泥沼っぷりが面白かったんで、趣味で観察してました」
「泥沼というのは……?」
「魔工爺様の息子と娘、すっごい仲悪いんですよ。2人とも制作には興味がなくて、販路拡大とか量産体制とかばかりに力を入れてて。それぞれに自身のやり方を主張するから、ガンガンに対立してたんです」
「販路拡大と量産……職人気質の魔工翁が一番嫌いそうな話だな」
もしかするとその状況に嫌気が差して、今はあんなこぢんまりした店にしているのだろうか。
「結局息子が家督を継いで、娘は大きな鍛冶屋に嫁いだんですけど、今度は店対店で利益与奪の競争が始まっちゃいましてね。互いの分野に進出して、完全競合店になって今も王都で戦ってます」
「……それは、魔工翁も逃げ出したくなるな」
「ふふふ、話はそれだけじゃないんですよ」
趣味で観察していたというだけあって、彼らの事情を語るネイは何だか楽しそうだ。やはり性格が悪い。
「息子と娘にはそれぞれ子どもがいましてね。つまりは魔工爺様の孫ですけど。この孫2人は親と違って職人気質で、さらにすごく意気投合しているんです」
「……だったら、親同士の争いは孫の代になれば自然と解消されるんじゃないのか?」
「ところがこの孫2人、親の店を継ぐ気が全くなくて。家を出てザインで一緒に店を始めてしまったんです」
「……ザインで? ……つまり、この街に魔工翁の孫がいると……?」
だとしたら、まだレオたちが知らない隠れた名店かもしれない。魔工爺様が職人気質の孫にクリエイションの基礎を教えないわけがないし、彼の血筋ならその創作センスを受け継いでいる可能性は十分にある。
ロバートから名前が出なくても、魔工爺様のように職人ギルドからの一見さんの紹介を嫌う頑固な店もあるし、とりあえず一度行ってみたい。
「色々複雑なお家事情のようだが、まずはその孫の店とやらに行ってみるか。その店はどこに隠れてるんだ?」
「『もえす』です」
あ、隠れてなかった。
「もえす……『もえす』!? あの2人が、魔工翁の孫だと……!?」
確かにその腕は一流、アイテム創作のセンスも抜群。しかし魔工爺様とは生物としてのジャンルが違いすぎて、思いつきもしなかった。
一見さんを嫌うどころか、一見さんに敬遠される店じゃないか。
「マジか……ロバートに紹介されなかったら、あんな怪物のいるとこ絶対行かなかったぞ。まさか、あそこが魔工翁の孫の店とは……。モロ出しなのに誰も入らない名店……残念すぎる……」
「俺もこの間初めて入って、度肝を抜かれましたけど。タイチが息子方、ミワが娘方の孫ですね」
「てことは、あの2人は本当の姉弟じゃなくて従姉弟同士か。意気投合した上に、役割分担ががっちり填まって『もえす』ができたわけだな……」
あの『もえす』の看板や外観を、おそらく見ているだろう魔工爺様はどう思っているのだろう。
何だか考えただけで彼の心労が窺える。
自分だったら、絶対他人のふりを決め込む。絶対だ。
「何とも問題の多い相関関係のようだ……。まあいい、とりあえず、魔工翁が魔法道具を作る上で障害になっていることを探ってくれ。まさか『もえす』との競合を心配してるわけでもないと思うが……」
「了解です。そのくらいなら王都まで行く必要ないですね。弟子を連れて探りを入れてきます」
「……ルアンを使うつもりか?」
昨日の今日で、意外なことを言う。できたばかりの弟子を諜報に使うとは。
「秘密を探るなら隠密スキルが必要ですが、情報を集めるならコミュ力の方が重要です。ルアンは物怖じしないし、敬語もそこそこ使えるし、子どもだから警戒もされにくい。誘導話術さえ覚えれば、俺よりも適任ですよ」
「……なるほど」
思いの外、ちゃんと考えているようだ。
「あんまりこき使うなよ」
「分かってますよ。そもそも、あの子に酷いことしたらユウトくんに嫌われちゃうし。……それにあの子、本気じゃなかったとはいえ俺の殺気を読み切って、攻撃を止めたんです。酷使して使い捨てにしたらもったいない。上手く育てればいい暗殺者になりますよ」
「……暗殺者はやめろ。ユウトの話では、彼女は大盗賊を目指してるらしいからな」
「方向性はあんまり変わんないんだけどなあ。……まあ、どちらにしろルアンは一流に育ててみせます」
ネイは自信ありげに笑った。
その日の午後、レオはユウトを連れて大通りのマジックショップへ向かった。とりあえず、現在のパーム工房で作られているアイテムを見ようと思ったのだ。
ここは魔法道具や魔法武器の量販店で、王都から仕入れた商品も多く扱っている。販路を拡大しているならきっと置かれているはずだ。
「わ、すごい大きいお店。何か日本の家電量販店を彷彿とさせるね」
「そうだな。ポップや値札が特にそれっぽい。……あっちが魔法道具か。行くぞ、ユウト」
魔法属性の付いた武器のコーナーを通り抜けて、道具の並んでいる売り場に行く。
そこには、様々な魔法道具が所狭しと置かれていた。
「魔法道具って色々あるんだね。あ、魔法のロープだ」
ユウトがワゴンに積まれた魔法のロープを手に取る。値札の上を見ると『パーム工房製』と書かれていた。
「……何か、ごわごわしてる。ナイロン紐みたい」
「ふむ、コストダウンして量産するために魔法素材と普通の素材を混ぜて作ってるんだな。これでは魔法の通りが悪くて上手く扱えない」
まあ、それでも戦闘に使ったりするのでなければ問題ないか。本来の魔法のロープの半額くらいで、値段相応の質と言えよう。
「消費アイテムもあるんだね。あ、ゲートから脱出するアイテムがある!」
「これもパーム工房だな。対応ランクC……。使っている魔石粉末が少ないのか。ランクB以上のゲートからは脱出できないアイテムだ。だがランクCのゲートをわざわざアイテムで出てくるなんて、非効率この上ないが……。いや、だからこそこの安さか。低ランクの冒険者に的を絞っているんだな」
なるほど、現在のパーム工房はこの路線か。正直なところ、レオたちには全く魅力を感じない店になっている。
しかし、悪いことだとは思わない。低ランク層はとても多いし、少し質が低くても手の届く価格のアイテムがあれば喜ばれるだろう。使っているうちにもっと良い物が欲しくなれば、どうせいずれ職人の店に流れていく。この売り方を否定する気はない。
ただこの変化を、魔工爺様がどう思っているのか。
「レオ兄さん、何か買うの?」
「いや、ちょっと品揃えを見に来ただけだ。特に必要なものはないし、店を出よう」
「あの、僕ひとつ欲しいもの見つけちゃったんだけど、買ってきていい?」
「……こんなところで、欲しいもの?」
正直、めぼしいものなんて何もないのだが。
しかしユウトはちょっとだけそわそわと魔法薬のコーナーを見ていた。
「構わないが、どれだ?」
「あのね、この薬」
ユウトが手に取った薬瓶は、魔法の筋肉増強剤だった。一時的に力を上げるものだ。
棚のポップには、『一瞬でムキムキの男らしいボディに! 村ネズミも拳で一撃!』と書いてある。
「却下」
「ええ、何で!?」
「村ネズミを拳で一撃とか全然弱いし、あいつら汚いから駄目だ」
「いや、メインは村ネズミじゃないよ! 一瞬でムキムキの男らしいボディ……一度なってみたいの!」
ユウトがムキムキ……。いかん、想像しただけで目眩がする。
「駄目に決まってるだろうが! 可愛い可愛い俺のユウトのマッチョ姿とか、見たら発狂する!」
「見なくていいよ、ひとりで飲むから!」
「やめてくれマジでお前がムキムキになったという事実だけで衝撃過ぎて俺の全ステータスが下がる!」
手にしている薬瓶を無理矢理奪うと、頬を膨らましたユウトはレオを睨んだ。こんな顔もめちゃくちゃ可愛い。なのにマッチョになりたいとか、何の冗談だ。
「いいよもう、今度ひとりで来て買うから」
「外出のたびにネイかルアンを護衛に付けて阻止する」
「……も~、兄さん嫌い!」
「ぐっ……!」
レオは思わずよろめいて片膝をついた。
本当に滅多にないことだが、弟からの不意打ちによる『兄さん嫌い』攻撃で、兄はどんな強敵と戦ったより大きなダメージを受ける。
「お前な、俺がその言葉で3日くらい悪夢にうなされることを知ってるだろう……」
「この薬買っていいなら撤回する。お詫びに今晩抱き枕になってもいい」
「くっ、ユウトがそんな小悪魔的な取引を持ちかけてくるとは……! し、仕方がない、買うだけなら……!」
つい折れた。
だってユウト抱き枕はもったいなくて辞しがたい。
「買ってもいい。だが、飲むのは俺の覚悟ができてからにしろ……!」
「えー……。まあ、仕方ないなあ」
とりあえずこちらからの譲歩に、ユウトも譲歩を見せた。
買ってしまえばどうせいつでも飲めると思っているのだろう。
だがレオは毎日飲んでないか薬を確認するつもりだ。そう簡単にムキムキは許さん。
そうしてようやく購入した筋肉増強剤を、ユウトはポーチに入れた。量販店で激安で売られている薬の真実も知らずに。




