兄弟、本当のリインデルを見る
少し離れたところにユウトとエルドワを残して、レオとクリスは術式があるという木に近付いた。
「……村の中に生えてる木はさすがに襲ってこないか」
「それは大丈夫。襲ってくるのは村の裏にあるさっきの森の一部だけだから。過去の魔界侵攻があった時に、このあたりに魔族の居城があったらしくて。その名残らしいんだ」
「……ずいぶん物騒なところに村を作ったもんだな」
レオは半ば呆れたように肩を竦めて木に触れる。
木肌は真っ黒に焦げており、見た目だけではどこに術式があるのか分からない。
隣では、クリスが小さいルーペでその表面を観察していた。
「大体の場所を特定できても、そのルーペの小ささだと時間が掛かるな」
「それは仕方がないよ。ていうか、言っておくけどここまで短時間で特定に至れることの方がすごいことだからね」
「まあ、それはそうなんだが」
エルドワがここまで来れればもっと早いのに、と思ってしまうのは、あの子犬の有能さに慣れてしまったせいだろうか。
ルーペを覗くクリスをよそに、レオはユウトとエルドワを振り返った。
……ユウトがエルドワの筋肉に目を輝かせて、腕にぶら下がったり抱きついたりとわちゃわちゃしている。
少々イラッとくるが、まあ、あの大男の中身が子どもだと思えば怒るのも大人げがないのでぐっと我慢だ。
後で自分もユウトと思う存分いちゃいちゃしてやろうと考えつつ、レオはエルドワに声を掛けた。
「エルドワ、その場所からこの木のどのあたりが怪しいかくらいは分かるか?」
「んー……匂いが鈍いから、もしかすると土の中かも。木の根元を少し掘ってみて」
「なるほど、木の根元か」
エルドワはユウトに尻尾を振りつつも、きちんと答えをくれる。
クリスがそれを受けてすぐにシャベルを取り出し、根元の土を掻き出した。思ったより土が軟らかいようで、ざくざくと掘っていく。
そして彼は、10センチほど下に掘り進めたところでルーペを覗き、レオを振り返った。
「ああ、さすがエルドワ! 見て、レオくん。術式の刻印が見えてきたよ。普通に探してたら絶対見つからなかった」
言われてレオもそのレンズを覗くと、確かに術式の一部が見える。
これが目当てだった視覚誤認の術式だ。
クリスは術式全体が見えるように土を払い、その内容をルーペで確認した。
「うん……うん。やはり簡易な視覚誤認だ。過去の景色を空間に定着させただけだから、それを剥離すれば……」
ぶつぶつと言いながら、ポーチから鋭利な鑿のようなものを取り出す。どうやら術式に干渉するための魔道具のようだ。
「レオくん、悪いけどこの角度でルーペを持っててくれる? 私に見えるように……うん、そのまま動かないで」
クリスは両手で魔道具を持つと、刻印された術式の一部を慎重に削った。
途端に周囲の景色が揺れる。
「……魔力の導線を断ち切って、と。過去の映像を削除……よし」
さらに別の部分を削ると、周囲の景色がノイズが掛かったように崩れ、そして次の瞬間には今まで見ていた映像が消え去った。
とうとう目の前に、ごまかしのない景色が広がる。
「……これが、本当のリインデル……」
レオは辺りを見回して閉口した。
ぼうぼうと生えた草むらのあちこちに、家があった名残の石やレンガがあるくらいで、もはや村だった面影はほとんどない。木の柱などはすでに朽ち、見る影もなかった。
(……ある意味、こっちの方がキツいな)
さっきまでの焼け落ちた村の光景も酷かったけれど、そのまま放置されて廃墟と化し、荒れ果てて消えゆく村は、レオですらどこか酷く寂寥感をかき立てられる。喪失感と言ってもいい。
こんなものを見て、ここで生まれ育ったクリスの衝撃はいかほどだろうと思って彼を見ると、寂しげながらどこか気が抜けたような顔をしていた。
想像したより取り乱さないのは、当然こうなっていることを覚悟していたからだろう。
クリスは少しの間身動ぎせずにいたけれど、やがて一つ大きく深呼吸をすると、ゆっくりと立ち上がった。
「……ただいま」
誰にともなく小さく呟く。
その声音に滲む愛情は、ここに消えた村人たちへの鎮魂か。
この村でただ一人生き残った彼は、長い間こうしてこの場所で彼らを弔うことを願っていたのかもしれない。
さっきの光景の方がマシに見えても、クリスにとってはこの景色がやはり愛すべき故郷なのだ。
「……よし、これで視覚誤認は解除できたね」
ルーペと鑿をしまってこちらを振り返った彼は、もういつもの調子だ。当然年下のレオたちに心配を掛けるような男ではない。
……それに、クリスもまだこれで満足できているはずがなかった。
未だに村は完全に本来の姿には戻っていないのだ。こんなところで感傷的になっている場合ではない。
「次はようやく本題の書庫調査だな」
「うん。……絶対に取り戻すよ」
レオの言葉にそう決意を返したクリスは、ユウトたちと合流するために歩き出す。
余計な言葉は告げず、レオも一緒にその場を後にした。
「お待たせ。エルドワのおかげで無事術式が見付けられたよ。ありがとうね」
「うん。でもまだ終わってない。……視覚誤認が消えたら、向こうから悪魔の水晶の魔力の匂いがしてきた」
「……そう。やはり空間転移か認識変位かな」
「それより、クリスさん……大丈夫ですか?」
常と変わらぬ表情を作るクリスに、ユウトが首を傾げた。
いつもは他人の思惑に鈍感な弟だが、こういう時の親しい人間の機微には敏い。
心配げに眉尻を下げたユウトに、クリスは苦笑をした。
「平気だよ。……まあ、多少の動揺はあるけど、それ以上に今はやる気満々だから」
「……無理しないで下さいね?」
「大丈夫。もゆるちゃんは優しい子だねえ」
ユウトの頭を撫でたクリスが、不意に口角を上げる。
「どちらかというと、今からリインデルを襲ったかもしれない魔族を出し抜けると思うとわくわくしてるんだよ。さすがに直接相対するにはまだ情報が足りないから無理だけど、せめて一矢報いたいだろう?」
「……無茶しないで下さいね?」
「善処するよ」
また危険なことに突っ込んでいきそうな気配のクリスに、ユウトが釘をさした。けれどその返事は全くアテにならない。
やる気を出すのはいいけれど、その分リスクも冒す気満々になるのは困ったものだ。
「心配だなあ……」
「大丈夫だよ、多分」
「多分が信用ならないなあ……」
眉間を押さえてため息を吐くユウトと、魔族スイッチが入ってちょっと悪い笑みを浮かべるクリスに、レオはやれやれと声を掛けた。
「今は放っとけ、もゆる。俺たちと一緒にいる間は大した無茶はできないだろ。……クリス、とりあえず書庫のあった場所を案内しろ」
「うん、じゃあ行こうか。ついてきて」
躊躇いのない返事。
三十年経っていても、忘れることはないのだろう。
レオたちが見てももうどこが道だったのかすら分からないけれど、クリスは迷うことなく歩き出した。




