兄弟、リインデルに向けて出発する
「ええと……、魔女っ子!」
魔法のステッキを取り出したユウトが、登録してある装備を呼び出す。
すると一瞬で、目の前にツインテールに魔女っ子装備の美少女が現れた。
レオ自体もこの姿を見るのは久しぶりだが、やはりいつ見ても可愛い。
慣れないスカートにもじもじする様子も大変萌ゆる。『もゆる』だけに。
そしてもゆるを初めて見たラフィールも、いたく感激した様子だった。
「こっ、これは……何とも可愛らしい! 見たことのないお召し物ですが、よくお似合いです! まさしく眼福……!」
「そうだろう。いつものユウトとはまた違うベクトルで激可愛いんだ。見ろ、細身の身体にこのふんわりとしたラインのパフスリーブとスカートが……」
「レオ兄さん、恥ずかしいからやめて……」
その姿をマジマジと見られることに、ユウトは恥じらってレオの後ろに隠れる。
そういう仕草がさらに可愛らしさを際立たせてしまうのだが、本人は気付いていないのだろう。
しかしそんなユウトを見たラフィールは、さらにデレることはせずに、かえって真顔になった。
「ううむ……これほど可愛らしい上に良い匂いをふりまいていては、悪い魔物に狙われてしまう……! ユウト様……いや、もゆる様! 急ぎ魔妖花のお守りを作っておきますので、リインデルから一刻も早くお戻り下さいませ!」
「え、は、はい。よろしくお願いします、ラフィールさん」
「くっ……、揺れるツインテ、可愛いが過ぎる……!」
予想したのとちょっと違う反応だが、ユウトがとにかく可愛いという点では一致しているから問題ない。
レオとしても弟を見せびらかして満足した。
これで心置きなくリインデルに向かえる。
「じゃあ、そろそろ出立するか。もゆる、一応上にマントを羽織っておけ」
「うん。……エルドワも準備いい?」
「アン」
出立の段になると、エルドワがいつものように子犬の姿に戻った。
長い距離を歩くには、四足歩行の方が楽らしい。
待ちくたびれたとでも言うように、エルドワが先に宿の外に飛び出す。そんな子犬を追って、三人も外に出た。
まあ、エルドワの行き先は分かっている。急ぐこともない。
ゆったりと村の出口に向かうと、その道中でユウトがラフィールを振り返った。
「ラフィールさん、この度は本当にお世話になりました。……わざわざ見送っていただかなくても大丈夫ですよ?」
「いえ、私が好きで参っているだけですので、お気になさらず」
「そうだ、気にするな。どうせ村の出入り口の魔法鍵の掛かったかんぬきはそいつじゃないと開かないんだ。来て当然だろ」
「……だから、その場合の『気にするな』はレオ兄さんが言う言葉じゃないんだってば……」
だが、気にする必要がないのは本当だ。
なぜなら半魔たちは、ユウトのために何かしたいという欲求が強いらしいからだ。さっきの二階でのエルドワの話が象徴している。
『頼られると嬉しい。見返りは求めていない』
それはおそらくこのハーフエルフも同様。
これがユウトの持つ何か特別な能力なのかは分からないけれど、半魔がこぞって尽くしたがっているのは間違いない。
それならば、便利に使える者は使ってやればいいというのがレオの見解だ。
しかし、それを手放しで歓迎しているわけでもなかった。
(……ヴァルドやラフィールがユウトを『救済者』と呼ぶのも、何かその能力に関係あるのだろうか)
弟の特異性が見つかるたびに、レオは心がそわそわと落ち着かなくなる。それが彼にとってプラスなことでもだ。
大精霊と魔王の意図によって生まれたユウト。
一体彼には何の役目を与えられてしまっているのだろう。
「……レオ兄さん、どうかした?」
難しい顔をして黙り込んだ兄に気付いた弟が、首を傾げて顔を覗き込んでくる。
レオはその問いには答えずにユウトの頭を撫で、努めてそこから思考を逸らした。
「……ここを出た後はほとんど休み無しでリインデルまで歩く羽目になるが、平気か?」
「え? うん、問題ないと思うけど……」
「もゆる様、そんなこともあろうかと、疲労回復のハーブのお茶と、手早く食べられるサンドウィッチを作っておきました。道中よろしかったら召し上がって下さいませ」
「わあ、何から何まですみません、ラフィールさん。ありがたくいただきますね」
ユウトの気もこちらから逸れたことに安心して、レオは前を向く。
「おい、エルドワがもう出口の前で待ってる。ラフィール、かんぬきを開けてくれ」
「すぐに行く。ちょっと待っておれ」
ラフィールはユウトにひとつひとつ丁寧に飲み物と弁当を渡すと、最後に感謝の言葉と微笑みをもらって、満足げにかんぬきのある扉に向かった。
がっちりと魔法鍵の掛かった扉は、おそらくその辺の魔物では簡単に破れない強固なものだ。
それをラフィールは聞き慣れない呪文で、いとも容易く解除する。
……レオも聞いたことがない響きの言語。もしかしてこれはエルフ語か。
防衛、植物学、薬学に長けたエルフが、独自に編み出した言語。
この世界ではほぼ解読できる者がいない呪文。
類い希な知識を持つ彼もまた、ユウトの役に立つべく必然的に引き寄せられてきたのだろうか。
「開いたぞ、レオ殿。……この明け方の時間帯はまだ魔物たちがおとなしいが、油断は禁物だ。エルドワ、もゆる様をしっかりお護りするのだぞ」
「アンアン!」
「ありがとうございます、ラフィールさん」
「もゆる様、リインデルではどうかお気を付けて」
扉が開くとエルドワが勇んで飛び出し、それを追ってユウトもツインテールをふわふわと揺らしながら外に出た。
一足遅れてレオも扉を潜る。
それを見送ったラフィールが、レオの背後で再び扉のかんぬきを閉めた。
「ここの浄魔華もすっかりきれいになったね」
「ああ」
村の周囲を囲む浄魔華は、月光を浴びたばかりでまだ白い。
その中をエルドワが歩くと色づき、ユウトが歩くと逆に白く浄化されていく。同じく半魔というくくりでも、本質が違うのだ。
「……エルドワ、浄魔華に魔性を吸い取られているみたいだな」
「あっ、ほんとだ。僕が抱っこした方がいいかな?」
「クゥン」
ユウトが抱き上げると、エルドワのさっきまでの勇ましい表情がなりを潜め、無垢な子犬のようにきゅるるんとしている。
おそらく彼の闘争心や弥猛心が花に吸われてしまったのだろう。
黒かった以前の浄魔華は危険極まりなかったが、本来はこうして花で魔物の攻撃性を奪うことで、ガントは護られているのだ。
「大丈夫? エルドワ」
「アン?」
「何が? みたいな顔してるな。……まあ、一時的に攻撃性が消えただけだ。どうせこの先は瘴気の多い地域だし、すぐに魔性は戻ってくるだろ」
どうせ夜明けから朝八時頃までは、魔物の行動は鈍くなる。
この時間帯はレオがいれば、何の魔物が出たところで特に問題はない。
レオは気にせず歩き出した。
しかし少し歩いたところで、すぐに弟を振り返る。
「……花畑を抜けたらエルドワは下ろせ。そのまま抱えて歩いてるとお前が疲れてしまうぞ」
「あ、うん。分かった」
エルドワを下ろせ。
レオがそう言った本当の理由は、実はそれだけはない。ユウトの周囲の瘴気が、浄化されて薄くなっていると思われるからだ。
つまり弟がエルドワを抱いていると、おそらくその分子犬の魔性の戻りが遅くなるということ。
(……こんなこと、言えるわけがない)
そこにいるだけで影響のある、あまりにも強力な聖属性。
それをレオが言葉にしないのは、ユウトの特異性をあまり本人に知らせたくないから。
自分が世界にとって特別な存在だなどと、気付かないで欲しいからだった。




