弟、魔法のステッキを取り出す
魔妖花の枯れ葉を軽く片付けて、荷物を持ったレオとエルドワは再び一階へと戻る。
するとすでに返術のやり方を教わったユウトがメモを取り、その向かいでラフィールがにこにこと目尻を下げながらそれを見ていた。
このハーフエルフ、本当にクールとデレの落差がすごい。
「ユウト、返術のやり方は大丈夫そうか?」
「うん、平気。僕の場合、浄化した水晶の玉とか要らないみたいだし、ちゃんとやってみせるよ」
「ユウト様は清浄であり至高! その存在自体が全てを癒やし浄化して下さるのですから、補助アイテムなどは不要でございます!」
マルセンやディアが使っていた水晶などは、おそらく聖属性の魔力を代替するものなのだろう。
ユウトは自身で聖属性を持っているから必要ないということだ。
とりあえず弟は返術に自信ありげだし、問題はないか。
やる気満々でメモをポーチにしまったユウトに、隣にいたエルドワも少し肩の力を抜いたようだった。
「はい、ユウトの荷物」
「ん、ありがとエルドワ。……兄さん、もう行く?」
「いや、待て。その前に」
ユウトが犬耳ローブを着れば準備は万端。
後は出るだけという状況になって、しかしレオはそこに留まった。
出立前に、ラフィールに訊いておくべきことがあるからだ。
「ラフィール」
「何だ」
会話の相手がレオになった途端に、ラフィールの声音の熱量が分かりやすく一気に下がる。
あんなデレデレ顔を見せられた後だと何だかコントのようだ。まあ、どうでもいいが。
「魔妖花の実はどうなった? あれはユウト用のアイテムじゃないのか?」
「それはもちろんだ。しかし、多少の加工が必要なのだ」
「加工?」
「果肉を削いで種子を取り出し、さらにそこから仁を取り出して種皮と共に乾燥し、効能を固着させるのだ。その乾燥の案配によってアイテムの出来が左右されるから、そこまでは私が請け負うつもりでいる」
「……リインデルには持って行けないのか」
てっきりその実を持ち歩けば良いのかと思ったけれど、そう簡単なものではないらしい。
考えてみれば、馬車にぶら下げている魔物除けも魔妖花の実そのものではなく、乾燥したものだった。
ガントでしか作れないことを考えても、その加工までが彼の技術なのだろう。
「私が持つ魔法を駆使すれば、おぬしらがリインデルから戻るまでには出来上がる。用事が済んだら再びここを訪れるがいい」
「ってことは、それまでユウトは魔力の匂いをさせながら歩くということか……」
この辺りで魔物に匂いを嗅ぎつけられたとしても、まあレオとエルドワがいれば問題ないだろう。ユウト本人だって隙を突かれなければ負けはしない。
……ただ問題は、リインデルにいるかもしれない、ジアレイスと手を組んでいると思われる魔族か魔物。
そいつら経由で、万が一にもユウトの存在を魔研の奴らに知られるようなことになったら、一大事なのだ。
レオのことなら、言葉で説明したところで数多いる剣士の一人。すぐにアレオンだとバレることはないだろう。
だがユウトの場合、特殊すぎる。
小柄な男子で、聖属性と闇属性を併せ持つ半魔。その魔力の醸す匂いで、高位の魔族や魔物にならすぐに属性がバレてしまう。
昔この弟を執拗に手に入れようとしていた奴らがユウトの特異性を知っていたとするならば、そこから勘付かれるかもしれない。
それは絶対避けたいことだ。
レオは眉間を押さえて考え込んだ。
「……ユウト」
「なあに?」
こてんと小首を傾げる弟は、この上なく可愛らしい。
なれば、やはりこれしかあるまいと兄は決意する。
「ここからリインデルに行って戻ってくるまで、『もゆる』になれ」
「ふえ!? なな、なんで!?」
突然の指示にユウトは目を丸くし、わたわたと慌てた。
確かに、弟にとっては寝耳に水だろう。しかし、多少なりとも敵に伝わる情報を攪乱するには、その姿は打って付けなのだ。
「今、お前からは魔力のすごく良い匂いがしているらしい。それは半魔と魔物にしか分からんそうだが、それをリインデルの付近にいる敵に勘付かれると厄介なんだ」
「僕の匂い……? でもそれは、魔法少女の格好してたって同じじゃないの?」
「まあ、そうなんだが……」
ジアレイスたちにユウトが生きているとバレたら困るから、などとは言えない。
そんな些細なことを切っ掛けに、ユウトの封じた記憶を刺激したくないのだ。
「万が一、降魔術式を掛けている敵にその特徴を知られたら、ピンポイントで狙われることがあるかもしれん。その際に、サーチの条件が男か女かで選別されれば除外になるだろ」
「あ、そっか。そういう理由……」
レオのとっさの適当な説明に、それでもユウトは納得してくれる。
当然ながら、兄の言葉が弟のことを思っての発言なのだと分かってくれているからだ。
それはレオとしても間違いのないことで、どこまでも素直なユウトに内心でほっとする。
「心配しなくても、今回だけだ。ラフィールが魔妖花の実でその匂いを中和するアイテムを作ってくれている。それが手に入れば、後は普通に歩けるようになるからな」
「……魔妖花の実を生らせてどうするのかと思ったら、そういうことだったんだ。ラフィールさん、そのために先を見越してこの花を育てて下さってたんですね。ありがとうございます」
「いいえ、これは私がユウト様のために勝手にやったこと。礼には及びません。……ところで、『もゆる』というのは?」
話の中に出てきた固有名詞に、ラフィールが疑問を投げかけた。
まあ、会話を聞いただけでは何のことか分からないだろう。この世界で魔法少女と言って普通に通じるのはタイチたちくらいだ。
ラフィールからすれば何の思惑もない疑問だが、しかし訊ねられたユウトは困ったように眉尻を下げ、少し頬を赤らめた。
「ああ、ええと、『もゆる』っていうのはその、僕が変装する時の……」
どこかしどろもどろに言う弟に、兄が横から加勢する。
「正体をバラしたくない時に着る、別装備の時のユウトの仮の名前だ。可愛いだろう。ユウト、どうせだから着替えて見せてやれ」
「えええ、ここで!?」
「俺はもゆるも超可愛いから見せびらかしたい。……じゃなかった、ここから先はいつ敵に感知されるか分からないから、今から変身して行った方がいいと思ってたマジで」
「レオ、本音がダダ漏れてる」
隣から冷静なエルドワの突っ込みが入ったが気にしない。
リインデルの周辺は、侵入感知の術式が張られている可能性だって十分あるのだ。建前だけと言うわけじゃない、マジで。
そして別バージョンの可愛いユウトの装備があると知ったラフィールも、俄然テンションを上げた。
「ユウト様の超可愛い別装備……! それは是非とも脳裏に焼き付けたい! ……ではなくて、今のうちにお着替えになって、装備に不具合がないかどうか調べておいた方がよろしいのではないかと思う次第です嘘偽りなく」
「ラフィール、言い訳の取って付けた感すごい」
逸る大人二人に対し、突っ込む子犬。
だが子どもに冷めた目で見られようが、引く気はないのだ。
レオは可愛い弟を自慢したいし、ラフィールも可愛い別バージョンユウトを見たいのだから。
「まあ何でもいいから変身しろ、ユウト」
「……あの姿であんまり人前に出たくないんだけど……」
「ユウト様ならどのようなお姿でも可愛らしいから問題ございません!」
「そう言われても、恥ずかしいし……」
「は? 何を言っているんだ? 完璧な可愛さでどこからどう見ても恥ずかしい要素が皆無なんだが?」
「くうっ、レオ殿の話を聞くだに期待値は高まるばかり……! あっ、もちろんそうして恥じ入っているユウト様も大変お可愛らしいです!」
「えええ……」
ユウトは若干引いている。
そんな膠着状態がしばし続いていたけれど、やがて見かねたエルドワが大人な判断を下した。
「ユウト、話が進まないし出立が遅れるから、もう変身したら」
「あう……それしかないかなあ……?」
「多分ユウトが絶対嫌だと本気で怒れば、二人とも凹んでおとなしくなる。でもそこまで意固地になる気がないなら変身した方が早い」
「エルドワ、大人だね……」
ユウトは眉尻を下げたまま苦笑をすると、観念した様子でローブの下から魔法のステッキを取り出した。




