兄、仕方なく妥協する
ユウトの世界樹の木片は、主精霊がわざわざ用意してくれたもの。
確かにディアの持つ世界樹の杖の代わりになるかもしれないが。
「……ユウトを危険にさらしたくなかったのに」
「返術ができるなら別に危険じゃないでしょ。ていうか、もしも危険なら尚更他の人に任せるなんてできないよ」
まあ、ユウトにこの話をすればこうなるのは必然か。
弟は自分の代わりに誰かを危険な目に遭わせるなんてできない性分だ。そして、こういうことに関してはかなり強情。
それでもディアさえ来てくれれば丸く収まるかと思ったのだが。
「降魔術式を返術するなら、発動のために一度サーチに引っ掛からなくちゃ駄目でしょ。ディアさんには反応しないし、代わりにエルドワをおとりにするなんて絶対嫌だよ?」
「……俺はユウトがおとりになるのが嫌だ」
「返術ができるなら、僕はおとりじゃなくて罠だもん」
駄目だ、全く引く気配がない。
レオはどうしたものかとバリバリと頭を掻いた。
「あー……あ、そうだ。じゃあ、あれだ。ヴァルドを呼べ」
「……ヴァルドさん?」
唐突に出た名前に、ユウトが首を傾げる。
まあ、彼も半魔には変わりないのだけれど。
しかしレオは、ヴァルドがユウトを納得させた上でおとりになれる男だということを思い出したのだ。
「ヴァルドはお前と血の契約を結んでいるだろ。そのおかげで、他の者の召喚には応じなくて済むんだ」
初めて会った時、ヴァルドはユウトと契約を結べば降魔術式の強制召喚で呼び出されることはなくなると言っていたし、その後に彼の叔父のいるゲートを攻略した時、確かにヴァルドは魔手による黄泉への『魔喰い』召喚を受け付けなかった。
つまり、降魔術式に引っ掛かっても痛くもかゆくもないのだ。
「そっか、そういえばヴァルドさん、僕以外からの支配は受けないって言ってた」
「あいつもユウトを危険にさらすよりも、自分が呼び出された方が良いに決まっている。というか、呼ばない方が悲しむだろ」
「んー……そうかなあ……」
「エルドワも、ヴァルドは呼ばれないと悲しむと思う」
ずっと話を聞いていたエルドワがレオに加勢する。
この子犬もできればユウトに危険なことはさせたくないのだ。
「ヴァルドはいつもユウトを助けたいと思ってる。頼られると嬉しい。エルドワもそう」
「でもいつも助けてもらうばっかりで、僕は何もできないのに……」
「エルドワたちは、お返しが欲しくてユウトを護っているわけじゃない」
どこか申し訳なさそうに言うユウトに、エルドワはきっぱりと返した。
その言葉に、レオも同意をする。
そうだ、我々はユウトを護りたいから護っている。彼のためではなく、自分たちのために。
ユウトがいない世界なんて、受け入れられないから。
それを聞いたユウトは一度目を丸くして、しかしすぐにふにゃりと笑った。
「……あんまり甘やかすと、調子に乗っちゃうんだけど」
その笑顔を見るだけで、レオもエルドワも幸せな気分になる。
お返しが欲しいわけじゃないと断じておいて何だけれど、言うなればこの笑顔が報酬だ。
そしてやはり、この笑顔が見たい自分のために動いている。
「お前には、たくさん調子に乗ってもっと甘えて欲しいくらいだが」
「エルドワもそう思う」
「急にはちょっと、難しいかな……」
眉尻を下げて苦笑するユウトは、さすがにこれ以上頑なにはならなかった。
「……分かった。リインデルではヴァルドさんを呼んでお願いするよ」
「よし、それでいい。……じゃあ、とっとと飯を食いに行こう」
「賛成! エルドワおなか空いた!」
ここが皆にとっての妥協のしどころだろう。
ひとまず話がまとまると、三人はようやく階段を下りて一階の食堂に向かった。
「ごちそうさまでした」
だいぶ手の掛かった美味しい朝食をたいらげる。
そうして落ち着くと、ユウトは食後のカフェオレを飲みながら、向かいにいるラフィールに話しかけた。
「ラフィールさんって、降魔術式の返術の仕方を知ってるんですか?」
「ええ。昔リインデルの書物庫に、降魔術式やその対処法に関する文献がございましたので。おそらくクリスも知っているかと存じます」
……なるほど。彼がやけに降魔術式の形式などに詳しいと思ったら、その書物を読んでいたからか。
もしも魔研が降魔術式のやり方を同じ本から知ったと考えると、やはりリインデルの書庫を隠しているのは奴らの関係者。
ユウトの存在を知られぬよう、極力警戒せねばなるまい。
「世界樹の杖を借りてこられましたら、クリスに詠唱をさせるか、私がレクチャーしてレオ殿かエルドワに暗記をさせて……」
「あ、世界樹の杖は借りられないので、僕が持ってる世界樹の木片で代用するつもりなんです。やり方、僕に教えてもらっていいですか?」
「……え?」
部屋でのさっきの話を聞いていないラフィールは目を瞬いた。
昨晩のレオとのやりとりで、ユウトをリインデルに連れて行かないことはほぼ決定事項だと思っていたからだ。
次の瞬間、彼の刺々しい視線がレオに向く。説明しろということなのだろう。
レオはその視線を鬱陶しく思いながら口を開いた。
「……世界樹の杖の持ち主は、今国の中を歩き回ってて捕まんねえんだと。で、代わりにユウトが世界樹の木片で返術するってことだ」
「世界樹の木片は主精霊との契約の証だから僕にしか扱えませんし。最初にガントに来た時に地鎮ができたってことは、多分僕が一番そういうのが向いてると思うんですよね」
「た、確かにそれはそうなのですが……」
当然ながら、降魔術式を跳ね返すならユウトの聖属性が有効だ。
分かっているが、危険な場所に行かせたくない。ラフィールの表情からその葛藤が読み取れる。
しかし目の前のユウトはものすごくやる気で、その頼みを無下にすることもできないようだった。
そう、もはやここまで来たら、レオ同様に妥協するしかないのだ。
「……一応、降魔術式のおとりにはヴァルドという半吸血鬼を呼ぶつもりだ。ユウトが降魔術式には掛からないよう極力注意する。これで妥協しろ」
「ヴァルド……? それはもしかして、魔界の公爵家に生まれた吸血鬼殺しでは……?」
「ヴァルドさんは僕の召喚魔になってくれているんです」
「なんと!? ユウト様はそのような高位の者まで眷属に……さすがでございます! ……しかしながら、その者より先にユウト様が探知されればゆゆしきこと……。それだけでは安心できませぬ」
確かに、それはレオも気掛かりなところだ。
ここにユウトを置いてヴァルドだけ連れて行っても、五時間で召喚は切れてしまう。
つまりヴァルドを呼び出すにしても、ユウトはリインデルに連れて行かなくてはいけないのだ。
「……何か、いい手はねえのか? 白い浄魔華みたいに、一区画だけでも降魔術式を免れるような術式とか」
「術式を免れる……となると、聖域を作る術式くらいしかないが……」
「聖域? そんな便利な術式があるなら教えておけよ」
降魔術式を回避できる術式があるのなら、それを書いておけばいいではないか。
そう思って不満げに言うと、ラフィールは呆れたため息を吐いた。
「簡単に作れる術式ならとうにやっている。……聖域の術式については私もエルフの里にいた頃に文献で一度読んだことがあるだけだ。おまけに記述があるだけで、魔方陣の書き方などは載っていなかった。話によると、再現が不可能な特殊なものらしい」
「……それじゃ意味がないじゃないか」
「そうなのだが、過去に一度、最終戦争の際にアイテムとして登場しているのだ」
「アイテム?」
最終戦争自体がだいぶ昔だし、術式がアイテムになっているというのもよく分からない。
そもそも過去の文献は誇張や脚色も多いのだ。本当に存在しているのかも眉唾だ。
「全然アテになんねえな」
「まあ、そうだな。……ただ、以前の持ち主が聖属性の者だった。そのアイテムは聖遺物で、聖属性に引き寄せられると言われているのだ」
「聖属性に……?」
つまり、そのアイテムがユウトに引き寄せられてくるかもしれないということ。
「もしそれが本当に存在するなら、そのアイテムが手に入る可能性はあるってことか……。その聖遺物ってのは、どんなものなんだ?」
「竜の産毛で織られた布に、極めて特殊な魔方陣が描かれているものだ。そして、奇跡の魔石と言われる石がついている」
「魔方陣が描かれた布と石か。……ん?」
それ、どこかで見た気が。




