兄、想像だけで死にそう
昨日で連載2年になりました。
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世界樹の杖を借りてきたらラフィールが強制返術をするのだろうと思っていたが、彼はリインデルに向かうレオたちにさせるつもりらしい。
しかしリインデルはここ三十年もの間無人だ。
万が一何者かがいるとしても、それはそこに隠されているかもしれない書物庫を護る魔族だろう。だとすれば、いるのはおそらく魔研に関わりのある者。
それをわざわざ降魔術式のサーチに引っかけるとは思えない。
「いや、奴らがリインデルをサーチすることはないと思うぞ。……確実ではないが高い確率で、術者とリインデルの書庫を隠している者は繋がっている。仲間を降魔術式で引っ張るようなことはしないだろう」
「何だと? 魔族と繋がっている……!? ……ではその術者たちが、リインデルの書庫を手に入れるために魔族と組んで村を焼いたのか……!?」
「えっ? ……それは、どうだろうな」
確かに、その可能性もある。
だが三十年前といえば、当然ながら魔研は存在しない。ジアレイスはレオの父と同年代だから、その頃は魔法学校の生徒だったはずだ。
ジアレイスの魔法学校時代……。
レオの父とつるみ、マルセンの能力に劣等感を覚え、権力にものを言わせて学校から追い出した頃だ。
……しかし権力があったとはいえ、さすがに当時はただの学生だった男が、村を焼くほどの魔族使役ができたとは思えない。
「ずっとガントにいたあんたが知っているか分からないが、今降魔術式を行使しているのは、五年前に潰れた魔法生物研究所の残党、所長のジアレイスどもだ。三十年前当時まだ十代だった奴らに、村一つを焼き払う力があったとは思えん」
「……魔法生物研究所……魔研か。ここに来ていた半魔から悪評は聞いている。そうか、あそこの所長が……。ううむ、そうなると嫌な感じで話が繋がってくるな……」
レオの話を聞いたラフィールは、小さく唸った。
「どういういきさつで魔研とその魔族が手を組んだのかは分からぬが、ここ数年の話でないことは確かだな。……当時から人工的に半魔を造り、今や降魔術式も習得しているとなると、これはだいぶ前から……」
彼は独り言のように呟いて瞳を伏せ、そのまま黙ってしまう。
何か思うところがあるのだろうか。
しかし、続きの言葉を待ってもラフィールは結局それを口にせず、一つだけ頷いてレオに向き直った。
「それでも私は、やはりリインデルには降魔術式のサーチが来ると思う」
「は? 何でだよ」
「万が一仲間の魔族が引っ掛かっても、すでに用なしだからだ。降魔術式には魔物や魔族も使い道がある。そこに使った方が得だと考えるだろう」
魔研は魔族や魔物、半魔を物のように扱っていた。
ラフィールはその話も知っていて、そう判断したようだ。
……確かに、ジアレイスたちが手を組んでいる仲間だったからと言って、利用価値のなくなった魔族を丁重に扱うなどということは考えられないけれど。
「何であんたはリインデルにいる仲間が用なしだと思うんだ?」
「これまでの話を鑑みて、あやつらは目的の本をもう書庫から手に入れていると判断したのだ」
「奴らの目的の本……?」
「私の推論だがな。だからもう他の本や、それを護っている者は必要ないのだ。……まあ今は時間もないし、その辺りの話はクリスに聞け。同じ情報を持っているなら、おそらく私と同じようなことを考えているはずだ」
確かに、明日の起床が早いことを考えるとあまり時間はない。
続く話を全てクリスに丸投げして、ラフィールは勝手に話を進めてしまう。
「ところで降魔術式の強制返術のやり方だが、レオ殿は一度見たことがあるのだな?」
「ああ。だが詠唱なんて分からんし、清められた水晶の数珠も持ってねえぞ。……つうか、そもそも世界樹の杖が借りられるかも分からん」
「借りられないのなら、持ち主本人が来てくれると一番ありがたいのだがな。ユウト様はガントに残るとして、おぬしらの中でどうにか杖を使えそうなのはクリスくらいだし」
「……ん?」
何だか今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「……ユウトがガントに残る?」
「当然だろう。降魔術式が巡る危険なリインデルに、大事なユウト様を連れて行くつもりか? 罠を見破ったり悪魔の水晶を見付けたりするのはエルドワで十分事足りる。ユウト様はここで私がお護りしているから安心するが良い」
「はあ!? ふざけるな! ユウトは俺が護るんだ! つうか、あんた魔法使い系だろ。強制返術に最適じゃねえか。世界樹の杖借りてきてやるから、あんたがリインデル行って降魔術式跳ね返してこい。それまで俺たちはここでユウトと待ってる」
ユウトを危険な目に遭わせたくないという見解は一致しているが、ここは双方譲れない。
「言っておくが、俺がリインデルに行くと言ったら兄思いの可愛いユウトは絶対ついてくる。そんな危険を冒させるより、あんたが一人で行って返術して来る方が安全だろ。リインデルまでの転移魔石は貸すぞ」
「あのお優しいユウト様が、私を一人でリインデルに行かせようとするレオ殿をお叱りにならないわけがない」
「……向こうにはクリスもいるだろうが。あいつに護ってもらえ」
「クリスが居る方が心配になる可能性もある。あやつは勝手に危ない橋を渡り出すからな」
「くっ、否定できない……」
クリスはこちらが安全策を取ろうとしても、あえて一人で危険に飛び込む困った男だ。
本来はかなりの猛者らしいラフィールだが、ユウトはそれを線の細い上品な男だと思い込んでいる。そんな優男をクリスだけに預けるのは心許ないと感じるだろう。
レオが無理にこの男を一人でリインデルに行かせようとすれば、絶対ユウトは怒るし、彼に付いていくと言い出す。そして引かない。
最愛の弟に本気で叱られるのが何よりも苦手で死にそうになるレオは、それを想像しただけで心臓が痛くなって、常にない苦悶の表情で眉間に手を当てた。
普段の怒るユウトは可愛いが、それは本気じゃないからだ。弟に本気で叱られると、兄は肝が冷えて凍え死ぬ。
特に『兄さんなんか嫌い』と言われたら立ち直れない。
……駄目だ、考えただけで死にそうだ。このままでは心が折れる。
「……まあ待て。もしかするとディア……世界樹の杖の持ち主を連れてこれるかもしれんし、この話は明日にしないか」
「ふむ、そうだな。これに関してはユウト様を含めないと話にならぬ。それに、レオ殿にはこの後魔妖花の施肥をしてもらわねば」
「あー……」
そうだ、レオにはまだ一仕事残っているのだった。
これもまた重要な作業。ユウトのためにも手は抜けない。
「失敗は許されぬ。慎重に頼むぞ、レオ殿」
「……ああ」
目の前のグラスの水を飲み干すと、レオはポケットの中の骨粉を取り出し、おもむろに立ち上がった。




